「…で、どこをどうしてこういう展開になったんだ?」
至極不機嫌そうにぼやいた懐かしい人は、変わらない、表情に富んだ声音でそう言った。
「だって!絶対師匠似合う!」
「バカ言えお前、黒髪のシュラとか和顔の老師とか女顔のカミュとかならいざ知れず、なーにをまかり間違って俺がこんなめんどっちーモン着なきゃならんのかっつー。…何この民族衣装。めちゃめちゃ動きにくい」
「イタリアのカルナバルよりずっとマシですよ。せっかくアテナがご用意してくださったんですから…」
「……どうせ着なけりゃ、あとあと痛い目見るんだよな…まったく、久しぶりだと思ったらこれかよ」
ふ、と軽めのため息を吐くと、慣れた手つきで布を持ち上げる。
盟はその仕草に驚いて瞬きをした。
「着れるんですか?」
「まーな」
「…どうして」
「さーな」
言っている間にもさっさと浴衣を身に纏うと、音をたてて帯を絞める。
肩越しにふりかえったデスマスクが、不機嫌そうに眉を上げた。
「これでいいんだな?」
「…よくお似合いで」
ほれぼれするほど長身によく調和する。銀色が深い藍色にあでやかに映えた。
自分の作り物の銀では、きっとこうはなれない。
「……お前もな」
にやりとそのままかすかに笑って、甘い声で囁かれた。
その裏側の意図を悟って、かっと頬が熱くなる。
(確信犯…!)
同じような色の丈が少しばかり短い盟の浴衣は、日に焼けて引き締まった足を過剰に印象づける。
一種危うい男の色香が出てしまうのは、やはり盟ならではのいらぬ特権だった。
「おう、盟。行かないのか?」
「行きますっ!」
珍しく機嫌よくリクエストに答えてくれた師の、見えない優しさに直に触れたようで、嬉しさに自然にやける頬に、やっぱり自分で苦笑する。
(ああ、)
やっぱりこの人が好きなんだよなぁ、と。

すでに人でごった返しになっている、鳥居に続く道沿いは、熱気と活気にあふれ、海に続く川の岸にも露店がずらりと並んでいる。
赤い光を灯す提灯が、淡く暗い足元を照らしていた。かしゃんと土を弾いた。
「…すごい人だかりだな。ギリシャの感謝祭でもこうはならねぇぞ」
「向こうと違ってアゴラがありませんから、市場とは違うんだと思いますけど…。あ、紫龍だ」
「げ」
一瞬その影を認め、デスマスクはそのまま喉の奥でうめいた。
彼の隣にいるみつあみの少女は、デスマスクにとってこの世で苦手な人間ランキング上位を絞める強者。
「…会いたくねぇ。心底会いたくねぇ。」
「そんなん師匠の日頃の行いが原因の、自業自得でしょうに…。紫龍!」
声を張り上げれば、高く髪を結いあげた美丈夫は軽やかに振り向く。
ぱちぱちと瞬きをした紫龍は、そのまま軽い笑みを浮かべて手を振った。
「や、春麗ちゃんひさしぶり」
「こんばんは、盟さん。お久しぶりです」
「相変わらずカワイイ!紫龍はホントイイ嫁さんもらったなあ、老師も心おきなくアッチに旅立てるだろーよ」
「め、盟…」
「むしろ確信犯的に育ててたもんな。自分の理想の純愛カップルでも作りたかったんじゃねーの、あの脱皮人間」
「デスマスク!」
「あっはっはっはっは、」
『じょーだんじょーだん』
息の合いまくった師弟にからかわれていたことに気がつき、赤くなっていた頬をさらに赤く染めて、紫龍はなんとか言葉を飲み込んだ。
「いい加減にしてくれ、盟…。老師にもいろいろ言われてテンパってるんだ」
「いろいろかよ。すごいな老師、いろいろ言うんだ。ナニ言うんだ?…てゆーか紫龍って、星矢と春麗ちゃんとどっちが本命なのさ」
「は?!」
「照れんなよぅ、オレはそーゆうトコにはめちゃめちゃ心広いからだーいじょーぶ!ほらお兄ちゃんに言ってみなさい」
「どうして選択肢に星矢が混ざるんだ!心が広いって全然関係ないだろう?!」
「えー、だって紫龍、ことあるごとに星矢星矢ってー」
「言ってないっ!」
延々紫龍をからかうことに信念を燃やし出した盟を眺めながら、デスマスクは春麗に一言。
「あんだけ純だとまだ手も繋いでないだろ」
「…え?!」
警戒心丸出しでこちらを睨んでいた少女の横に立ち、腕を組んで兄弟のやり取りを見つめる。
見る間に頬を赤らめた少女に、柔らかく苦笑。まだまだ子どもだ。
苦手だがからかえないほどのものでもない。
「教えてやれよ。ああやって切り出されたときは、間違いなく自分を選べばいいんだって」
「え、あ、っと」
「食うか?」
「あ、いただきます」
ひょいと差し出した、中がカスタードクリームの大判焼き。
反射的に出されたそれを受け取ってしまった春麗を見て、盟が指をさして声をあげた。
もちろんこうなることはデスマスクも計算済みで、盟は喜んでそれに乗ったのである。
「師匠ナンパー!」
「んだとぅっ!」
いきりたって振り返った紫龍を指差して笑い飛ばし、盟は師の手からつぶあんの大判焼きを取った。
「ホント純ー!わーらーうー!」
「っ…!盟っ!」
ひらひらとつかみかかる紫龍をかわす弟子の姿を見ていたら、ふと春麗が持っている大きな白いモノに気がつく。
興味を引かれる、蜘蛛の糸を束ねたような。
「…そいつぁなんだ?」
「…え?これ?」
春麗はふと微笑んで、その白いものを引きちぎる。
どうやらカスタードクリームの大判焼きはお気に召したようだ。
「わたあめよ」
「……わたあめ?」
受け取って口にいれると、中途半端にとけて口の中にまとわりのこる。
不思議な感触と、思わず引くほどの甘さ。
指に残る砂糖の感覚に、固まってしまった蜂蜜を思い出す。
「…ふぅん?」
軽やかに笑う盟の肢体を眺めながら、思いついた悪戯にほくそ笑む。