部屋の中にもどるなり、歩き回ったせいで痺れた足を休ませるべく、荷物をおいてベッドに座り込む。
楽しすぎて全部を吸い取られてしまった感じがするのに、心臓がまだ高鳴っていた。楽しかった。
散らばった荷物を見返してみる。
一気に三つ取ったヨーヨー、くじの外れでもらった笛、小宇宙いり射的で取ったおそろいのジッポーが二つ。
わたあめの袋が二つに、杏飴が二つ。あとは腹が減ったから、と言って、買った焼きそばとお好み焼きが一パックずつ、帰りにコンビニで買って飲んだビールとチューハイの空き缶。
「お金で買えない幸せはプライスレス、と…」
「盟?」
「や、なんでもないです」
足を伸ばせば下駄の跡が赤くついている。
あっという間だった。楽しい時間が短すぎて、今が寂しくなってしまう。
(明日になれば、また会えない日々が続く)
ぎしり、と、ベッドのスプリングが軋んだ。顔にかかった影をゆっくりと見上げる。
まっすぐに、強い色の瞳を見返した。
その静かに艶めき、見つめ返してくる大きな瞳に、デスマスクは苦笑した。
「さすがに昔のように騒ぎはしないか」
「…でも、あの頃と、脈拍の種類が……だいぶ違います」
やぶって出てきそうなほど高鳴った鼓動に、腹の奥がうずいた。強く香る雄のにおい。
…食われる快感を覚えたのは、何年前だったか。
笑った唇が、額に押しつけられる。
耳元で囁かれる、低く命令する甘美な声音。
「シャワー浴びてきな」

隣にいる誰かにばれなければいいと、不安定な恥辱に期待と焦燥を感じながら、もう一度自室の部屋の扉をくぐった。肩にかけてあったタオルが、ぱさりと落ちる。
バルコニーで、慣れたタバコのくゆんだ匂いがする。不自然な月明かり。
濡れた髪そのままで窓を空ければ、ゆっくりと視線が動く。
かち、と、全身のスイッチがオンになった。痛いくらいの視姦が始まった。
見られていると意識するたびに、鋭利なほど冷たく覚悟が決まっていく。あの目にいつも貫かれて、透かされる。
初めての日のように心臓が不整脈をうち、早鐘は加速していく。きっとこれも見えている。
ただ違うのは、経験による安堵と、それに伴って産まれた記憶がもたらす、果てしない愉悦…その恐怖だった。
あんなにも溺れるものが空恐ろしいのに、躊躇なく踏みいる自身に、まるで抵抗がない。
デスマスクが動いた。肌に一度も触れずに部屋の中へ入る。
期待に震えそうな腕を押さえてそのあとに続けば、突然引き倒されるようにベッドに崩れ落ちた。
(久しぶりだ)
どれくらいぶりだろう、懐かしいくせのない直接的なキス。背徳に身をさいなまれることさえ、禁忌の快楽に変わることもこの人から教わった。
何度も何度も、重ねてすごした体。
どういう意図かは未だにわからないけれど、交わるたびに何かが変わる。
ゆるりと顎が引かれて舌が侵入してくる。ぬめった柔らかい感触は、まだタバコの匂いを残していた。
ぐ、と奥に入ってくる長い舌。随分とスローペースで嬲る舌先は、上顎をくるくると泳いでいる。
じれったい。
「…ふ、」
吐息が漏れた。滑らかにはがされた衣類が、ぱさぱさと音をたてて床に落ちる。
火照った体が夜に晒されるまで、そう時間はかからなかった。
「…久しぶりだ。お前とするのは」
唇が離れると、心底楽しげな声が聞こえる。
「愉しませろよ」
舐めるような視線さえ、皮膚の上をはいまわって虜にする。逃げたくても逃げられない。どんどんそれだけで逃亡の意思をそがれていく。
(本当の誘惑は、)
こうやって不謹慎な罪悪からやってくる。
体温が上昇する音が聞こえそうなほど、自分が期待しすぎていることに頬を染めた。
再び口づけられた。今度は明確に襲ってくる。
「ん、うぅ…ん、」
肌の上を泳ぐ手が体の中心を辿って降りていくスピードには、まるで容赦がない。
爪がまだおとなしい欲望を弾いた。指が、手のひらが、じんわりと絡んでいく。
しゅ、と勢いよく動いた指のせいで、かっと一気に体の熱が燃え上がった。ひくりと切なげに眉が動いた。
キスは終わらない。盟のくぐもった声だけが、しんとした部屋に響いていく。
「ふ、」
拷問のような舌が離れるころには、すでに体の熱は行き場のないものとなっていた。
まだ動き続ける指の中で、淫らに勃ちあがっている自分を自覚させられて、気が遠くなる。
眼を閉じて歯を食いしばると、動いていた指が唐突に退いた。
「っぁ…」
名残惜しげな声を自分で聞いて、盟は恥辱に唇をかむ。
「口開けろ」
「……え…なんで、すか…ソレ……」
デスマスクの右指に絡まるようにして浮かぶ白は、ローションにしては随分軽い。
くい、と下唇を押さえられたのでしかたなく口を開けば、指に押しつけられたものがふわりと溶けていった。
(…甘い……)
わたあめだ。
しきりに口の中で指が動くから、うまく唾液が飲み込めない。つと顎を滴った砂糖水をぺろりと長い舌がさらっていく。くちゅくちゅと無理に音をたてられて、やはり頭に血がのぼった。
引き抜かれる時には、指は隙間なくてらてらと光っている。
「…乾きにくくていいな」
「…っん、」
「オモシロそうだと思ってな。買ってみた」
つと指先から落ちた雫が、胸に当たってとろりと流れていく。ぬるりと生暖かい感触に背筋が震えた。
その雫を舐め取るように、胸の上を舌が這う。硬くなった突起に舌先が触れた時、知らずに食いしばった歯の間から、風のような音が漏れる。
硬くなった舌先でこねるように遊ばれれば、それだけで頭の中に何か麻薬のようなものが蔓延した。盟は首を仰け反らせて喘ぐ。
やや無理矢理押し進められた指は、奥に行くことはかなわずに中途半端に出入りを繰り返している。
「…硬くなってんな。他のやつとしなかったのか?」
「…そん、なわけ…」
「は、貞操概念か?」
あざ笑うように指が離れた。ため息が漏れる。
男を抱くような器用なことができる人間は、自分の周りでは今のところこの男だけだった。他にいたとしても、それは一瞬にして殺す相手になっていく。
(そうだ)
こういうことを教わったのは、確か仕事の一環ではなかったか。
慣れておいたほうがいいだろうとこの身を抱いた師にも、もしかしたら抱かれる側になったことがあるのかも知れない。
(……でも、)
いつも傷つけられるような激しさを残しながら、決して痛めつけはしなかった優しさを知っている。
そのことが少しでも嬉しいなどと口にしたら、わずかにでも微笑んでくれるだろうか。
さり、と音がした。
感じたことのない感触に眼をやれば、わたあめが自身に絡みつけられている。
ぎょっとした。
「し、しょっ…!」
「半端にとけかけたやつって意外とざらざらしてるのな」
「…あっ!」
こすりつけられる感触に意識が危うげに傾いた。熱でゆっくりと溶けていくわたあめは、ねっとりとした透明なゲル状の物質になってシーツを汚していく。
跳ねる体を無理矢理押さえつけられたら、それだけで心身ともに過剰反応した。
溺れるような苦楽の中で、支配されていく快感。
「うっ…ん、あ、あぁっ…!」
長い指が肉をかき分けて侵入してくる感触にのけぞった。内側にとどまった指先が、慣れたようにさまよって、すぐ緩慢に一番敏感なところをなでまわす。
「まだ硬いな」
「……は、ぁ…ぁッ、」
「一回出しとくか」
ぐ、と喉元まで何かがこみ上げた。する方は随分慣れているはずなのに、される側になると途端に言いようのない感覚に陥る。
音をたてて先端に口づけられた。砂糖でべたべたになったそこは、唾液で濡れた舌に驚くほどしっとりとなじんでいく。
(溶かされる…)
たちくらむような快感は、下半身から駆け上がって脳髄をゆらした。
舌先の動きが薄皮一枚下にある真皮の細胞一つ一つに丁寧に火をつけていく。
「っ…!」
息を詰まらせれば、罰と言わんばかりに甘く噛まれる。
いつもなら自分にされる側だろうにどうしてこんなにうまいのか。
「あ、あぁ…ん、んぅ…!く、はっ…し、しょ…、も、だめっ…!」
反射的にデスマスクの銀髪に指を差し入れた盟は、卑劣なほど知りつくされている体をなおも開かされる。つぅ、と、生理的な涙が落ちた。強すぎた。
それなのに残酷にも、きゅ、と、根元がきつめに握られる。
「…?!」
そのままわたあめが絡められた指も一緒に動き出す。塗りつけるようにこすりつけられて、優しい舌の柔らかさに慰められて、気が遠くなる。
涙がにじんで、体がいよいよ言うことを聞かなくなる。がくがくと震える身体が、快楽に粟だつ皮膚を強調した。
くちゅ、と、先端に舌先が侵入した。
「いあぁっ!」
かん高い悲鳴をあげてのけぞった盟を追い立てるように、舌はくちゅくちゅと集中的に激しく動く。
デスマスクは強めに口内を吸い上げてから唇を放した。跳ね上がった盟の体を力で押さえつけて、溶けかけたわたあめを指に絡ませる。
まだふわふわと風に飛びそうな白を、そっと優しく今まで舌で苛め倒していた部分にあてがった。触れるか触れないかの瀬戸際で、やはり緩慢に動かす。
肘と体を使って押さえつけた盟の長い足が、びくびくと派手に痙攣を始めた。
腕が小刻みに震えながらさまよって、デスマスクの悪戯な両腕に辿り着くが、過敏になった体にそこまでの力は入らない。わかった上での凌辱だ。
綿は、ほんの少しだけ残った唾液と体液を吸い取り、水分を全体にまわしながら、時間をかけて固まっていく。
「あっ、あ、あぅ、…ん、」
じりじりとくすぶり続ける感触に、ぞくりと背中がわきだった。にじみ出た涙が、とめどなく頬をつたっていく。
異議をあげる暇さえ与えられない。やがて溶けた飴が本格的に固まりだすと、いよいよそれは耐え難い苦楽になる。
べたり、と指先が押しつけられた。唐突にふさがれた熱に、がくんと体が跳ね上がった。
ずるずると何かが持って行かれる。
「ししょぉ…も、イキた……、あ、ああぁっ!」
必死の懇願に満足げな笑みを返したデスマスクは、そのまま戒めを解いて、指で全体をさすりあげる。
背中に走る甘美な震えが、意識を真っ白に染めていく。
何度か強くしごかれて、盟は呼吸もままならないまま呑まれた。
「っ、あ、あああーっ!…ぁ、」
どくどく、と脈拍にあわせて痙攣すると、砂糖独特のべたつきにかぶさる白濁。
間をおかずに、デスマスクは指を液体に絡めてその下に再び鋭く指をうがつ。
「…っひ、」
余韻に浸ることさえ許されず、内部をいたぶる長い指に翻弄される。上がった息を整えることさえできない。
溶けたわたあめに絡められた体液のせいで、滑りはかなりよくなっていた。
「…っぅ、うぅ…。うぁぁ…」
力の入らない全身に、くまなく恥辱が流される。
久しぶりだからなのか、自分の体がいつもよりずっと深く開かされるのがわかる。
甘い香りが脳を完全に犯していた。砂糖の優しい匂いだった。
「…盟」
呼び方でわかる、命令にも等しい甘え方。
止まらない涙をこぼし続ける目元に、キスを落とす。
ゆっくりと引き抜かれる指を、歯を食いしばってやり過ごすと、ふわりと目の前に差し出されたわたあめ。
「…ん、」
無骨な長い指に絡まった白を、口で食み千切った。舌で溶かし、また千切る。
三度目で唇を離して、さまよいながらも何とか手をついて身を起こす。はだけたデスマスクの下半身に手を伸ばす。
口の中に溢れる甘ったるい液体を、舌でこすりつけるようにして流した。
そのままたちあがっているそれを、口一杯に含む。
流れた液体は、温まってぬるりとよくすべり、甘かった。
飴でべたべたになっているデスマスクの指が、盟の長めの髪をゆっくりとすいていく。
時々引っかかるたびに、丁寧に丁寧にほどいていく。
飴が糸を引いて、月明かりに淡く光った。純粋に綺麗だと思った。
「んん…は、はぁ…ふ、………」
ちゅぷちゅぷと甘さに酔ったように舌を使う盟の、隷属的な卑猥さに何かがうずく。
しばらくそうして細い背中の色が変わっていくのを愉しんだけれど、限界は音を立てて走ってくるもので。
追い立てるような盟の吐息が、デスマスクは一等お気に入りだった。
「盟」
呼べば素直に顔をあげて、口の端にべったりと張り付く砂糖を舐める。その仕草が気に入った。
軽く押し倒して、のしかかる。
盟が息をあらげた。
「…いれる前から興奮してるのか?」
耳元で囁けば、熱いため息をつめる音。
下に伸ばした指で、もう一度かき回す。固まりかけていた砂糖は、熱で再び独特の粘着を取り戻した。
「…息吐けよ」
肩に足をひっかけると、ゆっくりと身を沈める。のけぞった喉がなめらかに動く。
慣れた体は、快楽への順応が早かった。どくどくと、脈打つ音が中から聞こえる。肉から直接肉へと伝わる。
一瞬の気持ち悪さをこらえれば、あとはただ落ちていくだけだと知っているのに、中に侵入してきた男の感触はそれさえもかき消す。
ただ、熱い。
「ふ…」
柔らかに眉根をひそめた盟の唇から、甘い声が落ちた。
完全に受け入れてしまえば、体のどこかが震えを起こして脈打つのをやめない。
動かないデスマスクを確かに内側に感じながら、盟はまた甘く鳴いた。
「動けるか」
髪をすかれたら否とは言えない。導かれるようにして体を起こせば、ぐわんと走った快楽に細い悲鳴があがる。
デスマスクの上に跨った盟は、さらにより深く自分が彼を受け入れたのを自覚した。
瞳に促されるように、痙攣する足腰に力を込める。
砂糖で戒められた内部の肉は、収縮が驚くほど緩慢だった。
「っあぁ…はっ、あ、…んぅ…」
じくじくと溢れる、生ぬるくべとついた液体で内股が濡れる。
ゆるやかに腰を揺らせば、硬いものが強くこすられて、遠ざかる意識。
無意識に快楽を求めて体を動かした。べたついて鈍く光る髪が、重たげに落ちては音を立てる。
ぐ、と、足をさらに開かされて、再び奥を貫かれる。口のはたを汚しながら、盟はすりつけるようにして腰を振った。
ゆっくりと自分のペースでのぼりつめていく。喘ぎ声が余裕をなくして高くなる。
「…あぁっ!」
じれたように下にいた男が動いた。弾みで一番過敏なところをえぐった先端が、なお押しつけるようにして動く。
「うぁ、ああっ!あっ!あ、はあぁっ…!」
上に逃げれば逃げるほど強く足をとどめられて、なお深くうがたれる。
浮き上がる体に愛想なく、快楽を感じ蠢く内部は、ねたつく液体で縛られ開放感がない。
ようやく開かれたと思ったら、逆にその収縮の緩慢さが得体の知れない甘い罠のように体中を痺れさせていく。
痙攣する。何度目かに貫かれた衝撃で、ガクンとついていた手が離れた。
バランスを崩した盟は、そのまま崩れるように鍛えられた上半身の上に倒れ込む。
「…いつもよりそうなるのが早いな」
にやついた声のトーンに、また眉が切なくひそまる。
肩を抱えられて、逆に押し倒された。ぎちぎちになっている結合部分をゆるやかに指が撫でる。
そうして唐突に強く押し込まれた男根に、盟はまた細い悲鳴をあげた。
喘ぎ声が満ちてゆく中で途切れ途切れに水音が響く。体を弓なりにのけぞらせ、息もできないほどに追い詰められた盟が強くシーツを握り締めた。
全身をたぎらせてやまない熱が、不意に全てをかすませる。涙が止まらない。
「あぁッ!…ん、くうぅッ!あ、ああぁ、あああーっ!!」
切なく悲鳴を上げ続ける唇を舐めあげ、その声を愉しんで、デスマスクはとどめと言わんばかりに強く盟に自身をねじ込んだ。
「―――――ッ!!」
音にならない絶叫をあげて、盟の体がこわばる。
瞬間、体が縮まるかと思うほどの激情が全てを圧迫し、中のデスマスクをこれでもかというほどしめあげながら、盟は絶頂を極めた。

「…盟。……盟」
呼ばれる声に意識が軋んだ。うっすらと眼をあけた盟は、力の入らない四肢をわずかに身じろぎさせ、ため息のような返事を返す。
(すごい…)
内部と下半身が、快楽の余韻に静かな痙攣を起こしている。まだ中にいる熱をかいくぐるように息をした。
抜くときにまで感じてしまえば、また戻れなくなるところまで落とされそうだ。
「…っん」
動いた男の体にわずかな手助けをしようと身をくねらせると、不意に痛みが走る。
「……」
「……」
イヤな予感がした。
気絶してから、どれくらい…。
「…かたまってんな」
「うそ!?」
師の言葉に飛び上がって、さらに引きつるような痛みに肩をすくめた。
中はそうでもないけれど、空気に触れていた結合部分がやわく結晶になりつつある。
「まずいな」
「う、…ッあん!」
「しかたない。もっかいヤッて抜いたら風呂だな」
「そんっ…、あ、あぁっ!」
そして再び、容易く熱を灯された肉体は、肉欲の限りを尽くされて愛された。