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パレンバンから出て日本に向かう船は、一見すると小型
のコンテナ船である。
しかし中には末端価格500億円相当の麻薬と覚せい剤。
そして、十数人の武装した警備員が乗っていた。
アレンと呼ばれる男は、操縦室で椅子に反り返りただ闇
の海を見つめていた。

****

城戸家の司令室では、サガかモニターに何かレーダーの
ような映像を映していた。
そこには、赤く点滅が移動している様子が写っている。

「おそらく船は、東南の方向…駿河湾沖に向かっていま
す…」

これは?と問う辰巳に
盟に何かあった時の為に、本人に同意の上チップを埋め
ておいたとサガは告げた。

「盟様の居場所が分かるのか!?」

辰巳はそう叫んで、慌てて部屋から駆け出していった。

****

午前3時近く。
客船は、深夜の海を進んでいた。
ダニエルは
「まもなくコンテナ船との受け渡しポイントだ。全ての者は
デッキに出て来い」と命を出した。

部下の一人が始めに腰を上げ
「私は、仮眠している者達を呼んで来ます」
そう一礼して部屋を出た。

客船内にある、食糧倉庫。
そこに閉じ込められている盟は、ただひたすらに腕のロー
プを切ることに専念していた。
刃物代わりの缶の蓋は、盟の手も傷つけて血が滲みひり
ひりと痛み出していたが、なんとしてもロージィを助けたい
思いで手を止めはしなかった。
その時、ついにロープの一本が切れる。
(よし…!)
盟は手首をひねってロープを解き、物音を抑えながら胴
体と足首を括っていたロープも解くと、ドアに耳を当てる。

ドアの向こうからは、だらしない男のいびきが聞こえて
いた。
盟は暗がりの中目を凝らし、打ち捨てられているだろう
鉄の配管を手に取ると、積まれている荷を思い切り
蹴飛ばした。
「…わあっ!」
ドアの向こうで寝入っていた見張り役は、室内から突然
響いた轟音に目を覚まして飛び上がった。
大量の缶詰が転がったらしい音に、肝を冷やして腰にあ
る銃を取り、恐る恐るドアを開けた。
缶詰や食料の散乱した室内の明かりを灯そうと、一歩部
屋に踏み込んでスイッチを入れようとした時
「ぐっ!」
後頭部に激しい痛みを受けてよろめき、すぐさま腹を打
たれ、あっけなく気を失った。
盟は、配管を握り締め、大きく肩で息をすると部屋を飛
び出し辺りを見回す。

(ロージィ…いったい何処に?)


****

客船が、コンテナ船の明かりを見つけたのは午前4時を
回った頃だった。

「寒いが、直々に出向かねばならないだろう」

ダニエルは、渋々と厚手のコートを羽織り、十数人の部
下を従えてデッキへと降りていった。

****

ダニエルのガードが、部下を起こしに行くと告げて向か
ったのは、ロージィが監禁されている禁断の部屋であっ
た。

部屋の前の見張りに
「今、荷物が届いた。人手が欲しいからデッキに来いだと」
と命じ、その場から退かせる。

禁断の部屋に入った男は、室内の明かりを付けた。
そこには、相変わらず手首を鎖に繋がれ、ベッドの上に
横たえられている傷ついたロージィがいた。
衣服の所々が切れて見える肌には、赤い傷や腫れが覗い
ている。
余りの激痛に気を失った彼女は、人が近づいても目を覚
まさなかった。

ロージィの、鞭で打たれて幾筋もの傷が走る両足や、切
れたブラウスから覗く胸元を見て舌なめずりする。
「たまらんねえ…」
男の右手は、ロージィの足を撫で回し、左手で胸を掴んだ。
その感覚に彼女の意識は戻り、目の前に迫る男に悲鳴を
上げる。

「さわくんじゃねえよ!どうせあんた、この後はあの変
態亭主にボロ布扱いされて終わるんだ!それなら俺と
楽しもうじゃないか」
「いや…嫌あっ!!」

必死に首を振って抵抗するロージィの頬を男の無骨な手
が思い切り打ち据えた。
見る間に片方の頬が真っ赤に腫れ上がり、ロージィの目
から涙が落ちた。

「これ以上痛い目みたくなかったらおとなしくしろ!そうす
りゃ、気持ちいいこと・・・ぐっ?!」

突然、男は後頭部を抑え、床に沈んだ。
何事かと顔を上げたロージィが見たものは

「盟…」

金属製の配管を両手で構え持ち、息を荒くしてして立つ盟。
「早く逃げよう!」
と、盟はロージィの手首を固定している枷を外そうとする。
「駄目!!私はもう…逃げられない」

ロージィは目線を自分の足の先に移した。
両の足首の付け根が、真っ赤に腫れ上がっている。

「足を折られたの…ダニエルに」
「なんて酷い!!」
盟は怒りに青冷めたが、それでもロージィの戒めを解き
ながら
「こうなったのも、全部勝手な行動に出た僕のせいだ…
君をこんなに傷つけて…」
「いいえ!!それよりも盟、早く逃げて!貴方一人なら
抜け出せる!」

ロージィは、涙ながらに盟の身体を押して、自分から遠
ざけようとする。

「ロージィ、落ち着いて…君だけここに残す訳にはいか
ない、だから…」
「いいえ、いいえ…所詮無理だったんです…あの男から
逃げるなんて…もうこれ以上貴方に、皆様に迷惑は掛け
られない…だからもう、私の事は放って…せめて盟だけ
でも!!」

「駄目だよ」

盟は、自分を跳ね除けようとしているロージィの手を優
しく掴んで制した。

「忘れたの?」

傷ついたロージィの身体を胸に抱きこんで、髪を撫でな
がら穏やかな声で囁く。

「ロージィ、さっき聞いたばかりだよ。ニースに戻って、
父さんとやりなおしたいって」
「・・・・」

自分より、年下のはずなのに。
まだ、十代の細身の少年なはずなのに。
抱かれる腕に、頬に寄せられる胸板に
大きな包容力を感じて、ロージィの目が潤んだ。

「だから、二人でここから逃げよう
 約束だよ、故郷に帰ろう」

宥める様に、盟の手が彼女の背や髪を撫でる。

「君は、自由になるんだ」

柔らかな声と言葉と、暖かな手に包まれて、ロージィの
目から熱い涙が溢れた。

「僕も、見たいんだ。一番幸せな場所に戻った君を…
だから、協力させてよ、ね?」
「…」

ロージィは言葉につまり、ただ泣きじゃくりながら頷いた。

「でも…でも盟…どうやって」
「心配しないで」

笑いながら身体を離す盟。
その時、ロージィの衣服が所々裂かれて合間から傷つい
た肌や胸が覗いている事に気付く。
盟は顔を赤くして目を逸らしながら自分の上着を脱ぎ、
ロージィに羽織らせながら、しっかりと語った。

「僕に、任せて」と

****

午前4時半
麻薬を積んだコンテナ船と、客船の後方デッキにロープ
が渡されて橋が掛けられる。
その様子を遠目に見ている、一隻の小ぶりな漁船があっ
た。
それは、漁船にカモフラージュしたグラード所有の高速
船で、中には盟お付のガード数名と

「盟様〜!この辰巳、命に代えても盟様をお助けいたし
ます!!」

お約束胴着スタイルの、辰巳もいた。
というか先陣を切っていた。
盟とロージィを救出するべく、彼らは客船を追跡してき
たのだ。
「いよいよ、積荷が運ばれますね」
「どうやら総出で後方デッキに出向いている。乗り込む
なら、船首側の方が穴だな」
「よし!!皆この辰巳に続け!船を近づけろ」

と意気込んでみたが「いくら小型の船でもこのまま接近
すれば間違いなく発見される」とたしなめられ、
ガード一人を船に残して他3人がゴムボートで客船へと
向かった。

****

ダニエルは、数名の側近を従えて後方デッキに立つと、
コンテナ船から渡って来た組織の幹部を出迎えた。

アレンという名の、おそらくこの船のトップと、彼の部下と
言われる一人は身の丈がアレンと同じほどの黒い短髪
の男。
一人は2メートルを越す長身の大柄な長髪の男だった。

「ピパ、やっと荷が下りるな、色んな意味で」

アレンは、煙草に火を付けながらダニエルに近づいてき
た。

「済まないね、私のペットがいたずらをして、それは詫び
よう。だが、以降の働きは期待してくれ」
「ああ、荷を降ろしていいか?」

構わないとダニエルが答えると、幹部は積荷を移せと
合図を出した。
互いの部下達が、荷を移動し始める。
「ところで…」
と吸殻を踏みつけながらアレンが問いかけた。
「ピパ、さっきお前が言っていた、協力者ってのは何な
んだ?」
「ああ、それかい。驚いてくれ、アジア最大の財団のト
ップだ」
「…ほう。何の縁があって?」

随分勘ぐるんだなと返すダニエルに「でまかせでは無い
証拠を持って帰らんと、俺の首も危うい」と
詰め寄った時だった。
ダニエルの背後にいたガードの電話が鳴り、慌てて出た
ガードは驚いてダニエルに告げた。

「グラードのプリンスが脱走しました!見張りの一人が
ドジを踏んで」
「…馬鹿者っ!!今それを言うな!」

ダニエルは慌てて場を取り繕うとしたが時すでに遅く
「ピパ、どういう事か、聞かせてもらうか?」
と、ドレッドヘアーの髭面の男は、眼前に迫って来た。
その背後にいるアレンの部下らしい男二人の頬も、心な
しか引きつり始め、周囲に聞こえないくらいの小声でやり
取りが始まった。

(まずいんじゃないか…?)
(ああ、かなりまずい。プリンスが捕らえられている情報
くらいは、送って欲しかった)
(後は、あいつの理性にかけるしか…)
(ちょっと、難しいぞ)

「い、いや…アレン…グラードの子息を通じて、私と総帥
が懇意になったんだ…それで今は招待して船に」
「ほう。では俺も」
「おいアレン!!」
一歩踏み出した男に、背後の部下の一方が声を掛けた。
「おい…?」
「あ、いや…まずは積荷を全て移動してからでもよろしい
のでは?」
「それはお前達に任せる。ピパ、子息は何処だ」

(あの馬鹿野郎!!)

背後の必死な思いも、慌てるダニエルにも動じず、ドレ
ッドヘアーの男はダニエルの部下達も押しのけて
客船内部へと、駆け込んで行った。

****

盟は、足をよろめかせながらロージィが捕らえられていた
部屋を出た。

「盟、やっぱり無理よ…」
「だ…大丈夫」

盟は、ロージィの身体を抱き上げ、一歩一歩床を踏みし
めて進んでいる。
「私、重いでしょう?」
盟は、にっこりと笑って首を振ると。

「素敵な女性は、重くない」

そう、答えたあと、ぽつりとつぶやいた

「…僕が、鍛えてないだけ」
「盟…どうして…」

懸命に自分の身を運ぶ盟を見上げるロージィの目が潤む。

「どうして、ここまでしてくれるの?今まで何の関わりも無か
った私に」

盟は、階段を震える膝で慎重に上がりながら、それでも
笑みを絶やさずに答えた。

「前に、言ったよね、僕とデスの出会い…」
「え、ええ」
「シチリアで、サッカー見たさに逃げ出して、入ったアパー
トで彼に会った」

階段を昇りきり、甲板に人がいないのを確かめてからま
た歩み始める。

「僕の目の前にはアパートの階段があって、そこからデス
は、降りてきたんだ」
「・・・」
「僕は必死で、見逃して欲しくて…咄嗟に彼に、祈ったんだ。
手を組んで」
「盟…」

「いたぞ!!」

背後から、ダニエルの部下達が声を上げて追ってくる。

「盟!駄目、もう無理だわ!」

自分を降ろしてと言いかけるロージィに、笑みを絶やさず
首を横に振って足の力を振り絞り、小走りに一つの扉に
向かった。
扉を開けたそこは、盟たちが始めてこの船に招待された時
パーティーが開かれた、レセプション・ホール。
薄暗いホールは清掃中なのか、円形のテーブルの上には
何も無く、椅子はホールの壁際に重ねられている。
ホールの隅に置かれた掃除器具のモップに盟は気づき、
そこに向けて歩を進ませながら、ロージィに語り続ける。

「ロージィ、だから、あの東京タワーの階段で、僕に向かっ
て手を組んだ君を見て、思ったんだ…」

盟は、ロージィを壁際の椅子に座らせると、彼女の両手を
強く握った。
その時、ホールの照明が点る。

「これは、運命だって」

シャンデリアの明かりを背負って微笑む盟に、ロージィの
胸は熱くなる。
盟は、傍らのモップを手にとった。

「だからロージィ、君は、僕が守る」
「盟!」

心配しないでと軽く笑って右手を上げると、背後に近づい
てくるダニエルのガードたちに向き直り、モップを竹刀の
ように構え持った。
盟の姿を、ガードは嘲け笑った。
「お、何だいお坊ちゃま?サムライの真似事か?」
揶揄の言葉にも動じず、盟は不適な笑いを向けて
「ああ、ニッポンの剣道だよ。甘く見ない方がいい」
と、自分から敵ににじり寄っていく。

敵は5人、いずれも屈強そうな男達だ。
盟は、脱出の時に右手に怪我を負った痛みと、ロージィ
を運んで大分体力を消耗し膝が震えて
いることに内心焦っていたが、今は少しでもロージィから
敵を遠ざけるため、余裕の表情を作っていた。
剣道も、たまに辰巳から型を教えてもらう程度であった。

(もっと、真面目に教えてもらっていれば、良かったな…)

ガードの一人が銃を抜こうとしたが、リーダー格から
「やめろ、まがりなりにも大切な人質だ、致命傷は負わ
せるな」
「そうだな、まずは坊ちゃんのお手並み拝見といくか」
そう言って、2人ほど盟に向かって行った。

盟は声を上げて力の限り柄を振り上げると、ガードの一人
に振り下ろした。
紙一重でかわされたが、盟はあきらめず胴を打ち据える。
「ぐあっ!!」
痛みに転げるガード、盟は「しめた」ともう一人に向き直ろ
うとするが
「こいつ!!調子に乗るなっ!!」
もう一人のガードが、テーブルを盟に向けて蹴飛ばした。
「ぐうっ!」
テーブルの端が盟の横腹を打ち、激痛に思わずうずくま
る。

「盟!盟っっ!!」

必死に叫ぶロージィの声に体制を整えようとするが、ガ
ードは間髪入れず
盟の腹部を強かに膝で蹴った。
「うあああっ!」
鈍い痛みに目の前が霞み、吐き出したくなる衝動と共に、
盟は膝を崩した。
その背後に、もう一人のガードが薄笑いを浮かべて近づ
く。
「どうした坊ちゃん?剣道とやらは終わりか?!」
ガードは情け容赦なく、盟の背を靴底で思い切り蹴飛ば
した。
背中の肋骨に激しい痛みが走り、盟は声も無く苦痛に痙
攣する。

「いやああーっ!!」

涙ながらに叫び、椅子から崩れ落ちて盟に近づこうとす
るロージィに、リーダー格の男が近づく。
「あんたは、ご主人様の所に戻るんだ」
そう言ってロージィの腕を掴もうとするが、ロージィは
泣き叫びながら抵抗した。
彼女の悲鳴に、盟は目を開いた。

「ロージィっ!止めろ…!彼女に触れるな!」

痛みをこらえてモップを手に取ろうとした盟の右手は、
冷酷な男の足に踏みつけられる。

「うわああっ!」
「いや!!嫌、誰か…誰か助けてお願い!
盟を助けてぇぇっ!!」

ロージィはガードの手を跳ね除けながら、あらん限りの
声で叫んだ。
「静かにしろアマ!!」
ロージィの腹部に拳が打ち付けられ、彼女は気を失う。
リーダー格のガードは気絶したロージィを担ぎ上げると。

「俺は先にダニエル様のとこに戻る。お前達は、適当に
おとなしくさせたら坊ちゃんを連れて来い。いいか、やり
過ぎるなよ」

そう笑って、ロージィを抱えてホールから去る。
「待て…彼女を連れていくな…」
背中の痛みをこらえて、盟がよろめきながら立つ。その
様子を薄笑いを浮かべながら見る男達。
「ほー、まだナイト気取りだ。元気のいい坊ちゃんだね」
「ああ…図に乗りすぎだ」
先ほど、盟に脇腹を打たれた男が立ち上がり、怒りに声
を震わせる。
「人質は、人質らしくしおらしくしてろクソガキ!!」
盟の脇腹に、強い膝蹴りを入れる。盟は無残にも壁に飛
ばされて、重なった椅子に叩きつけられた。
立て続けに背や腹部を打たれ、椅子に顔の右半分を打ち
つけ、盟は未だかって無い激痛に身をよじらせる。
「おい!やりすぎだ!!」
「そうでもないんじゃないか?この坊ちゃん見かけによらず、
すでに俺達の仲間を2人のしている」
「そうだな…お、また立ち上がろうとしている。しぶといねえ」
一人の男が、薄笑いを浮かべながらモップを手に取って、
盟に振り上げた。

「徹底的に、おとなしくさせてやらないとな……?
ぐあああっ!!」

それは、一瞬の出来事だった。
盟を打とうとしていた男が何かを投げつけられて横に飛
んだ。
モップの柄、それと椅子が宙を舞う。
何処からか飛んで来た椅子に、横っ面を打たれた男は、
頬の骨と奥歯を折り、血を吐いて白目を剥きながら床に
倒れた。
「なっ…?…誰だ?!」
残りのガード達が、椅子の飛んで来た方向を見ると

一人の男が、椅子を担いで立っていた。

その男は、大柄でサングラスをかけており
頬から顎に蓄えた髭と、黒いドレッドヘアーの容貌をし
ている、アレンと呼ばれた男であった。

「あんた…確か、ネグロの幹部の…いったい何の真似…
うわあっ!」

男は何も語らず、また椅子をカードに向けて投げつける
と、もう一人のカードに突っ込んでいく
「てめえっ!」
ガードはとっさに懐から銃を出すが、その右腕に男の鋭
い回し蹴りが入った。
「うあああっ!腕、腕がっ!ぐうっ!!」
立て続けに、男の右拳がガードの顔面を激しく打ち据え
た。
折れた歯と、血を吐き出して床に転げまわるガード。

「貴様っ!それまでだ」
残った一人が銃を向けるが男は動じる様子も無く、身を
屈めてガードの足元に走りこんだ。
「早えっ!ぐあっ!」

肘鉄が、ガードの足の間…つまり股間に打ち込まれて
いる。
悲鳴を上げて床をのたうちまくる相手の顔面を、男は容
赦なく足で踏みつけた。
「おおお…お前、なんなんだ…いったい」
先ほど椅子を投げつけられたガードは腰を抜かしながら、
それでも銃だけは向けている。
盟は、床に臥しながら、ドレッドヘアーの男の背中を見
上げた。
(まさか…?)

「ししし…死ねぇ!」
ガードは必死に引き金を引いたが、震える手から打たれ
た銃弾は、男の髪を掠めただけである。
「・・・・」
アレンと呼ばれたその男は、自分の頬に右手をかけた。
蓄えていた髭が全て剥がされ、床に落ちる。
次に、ドレッドヘアーを掴むと、思い切り引き剥がして
床に放った。
盟は、痛みも忘れて目を見開く。

見上げているの男の髪は、鈍く光る銀髪。
外されたサングラスから覗く瞳は、沈んだ鉛の色。

「あ、あんたいったい誰・・・ぐうっ!」

最後のガードもまた、顔面と脇腹に蹴りを食らって敢え
なく撃沈した。

「デス・・・」

盟は、痛みの中微かににその名を呼ぶ。
デスマスクは、呆然とした表情で盟に歩み寄り膝をついて、
盟の怪我の様子を見た。
顔の右側は腫れており、右手と肋骨が折れている危険性
もある。
「今、背中を固定する、少し待っ…」
手当てをしようとするデスマスクの腕を、盟は拒否する
ように掴んで首を振り、真剣な目をデスマスクに向けた。
「…?」
「僕は、僕の事はいいから…彼女を、ロージィを…救って」
「盟…」
「彼女、可愛そうに…両足を折られて、一人で動けない…
だからお願いだ…ロージィを助けて…!!」

あくまで自らの手当てを拒み、ロージィを助けてくれと
訴える盟の姿に、デスマスクは迷うように返した。

「マドモアゼルは救出する。だがお前の身体も…」
「いいから行って!!早く!」
「・・・・」

辛い叫びのあと、悔しそうに歯噛みする盟。
「…助けて、あげられなかった…」
盟は自分の顔を腕で覆うと、独り言のように呟く。

「情けない…人一人守れない…」
「盟…」
「お願いだから、彼女を救っ・・・ううっ!!」

突然辛そうに身体を痙攣させ、顔をしかめる盟。
「肋骨が折れかかっているかもしれない。もう、大声は
出すな」
そう言って盟を安定した体制で寝かせる。
「デス、もういいよ…僕は大丈夫だから」
それ以上の手当てを拒む盟に、デスマスクは胸元から無
線通信のマイクとヘッドホンを取り出して装着して交信を
始めた。
「アルデバラン俺だ、ピパの様子はどうだ?」
「…デス?この馬鹿!!お前の予定外の行動のおかげで、
やつら警戒して逃げた!船の最下層に向かったので追っ
ている最中だ!多分機密データを全て消し去るんだろう」

それを聞いたデスマスクは意を決したように、自分の足
元から一つの小さな銃を取り出した。
「…?」
「デリンジャーだ。だが打つな、相手に向けるだけで抑制
力になる」
「デス…ありがとう」
やっと笑顔を見せた盟に、デスマスクは無表情で立ち上
がる。
「これで…勇気がついたよ…だからデスは、ロージィを助
けて」
こくりと頷き、背を向けてホールの外へと歩み出た。
その時、甲板の向こうに見慣れた人影を見つける。

「盟様〜っ」

辰巳とガード2名が盟を探してうろついている。
デスマスクは咄嗟に銃を出して天に撃つ。
その銃声に気づいて駆け寄る辰巳たちに早口で
「盟は、このホールの奥にいる。骨折をしているから慎重に」
と言い残し走り去って言った。

辰巳たちが慌ててホールに駆け込むと、顔の右側を腫れ
させた盟が床に横たわっている。
男泣き滝涙で辰巳は駆け寄り

「盟様をこんな目に合わせた輩は誰だ?この辰巳が生か
しておかん!!」

と意気込んだとき盟が苦笑して

「もう、デスが倒したから…ほら」

と、指をさした先に倒れ臥しているガード4人の、悲惨
に砕かれている顔面を見て

流石の辰巳も、蒼白になって引いた。



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