Index

Next

Back

TOP

ロージィの失踪から三日経った。

その日は本来であれば、東京で3回目のショーが終わり、
取材や撮影の後、大阪へ移動中に沖で麻薬を積み込む
予定であったが、ロージィがいないため東京を出る理由が
見つからず船は停泊状態である。

ダニエルの苛立ちは募る一方であった。
それに追い討ちを掛けるように日本のマスコミの容赦な
い取材や、組織から麻薬取引を急かされる日々で、焦り
と怒りは側近達に向けられた。

客船のスイートルームに篭って取材は病気という事で全
て断り、情報収集に携わる部下達は寝ることも許されず、
ロージィが日本で関わった人間を虱潰しに調査していた。

また、内部に脱走を手助けた者がいると睨んだダニエル
は、モデル達とデザイナーを全て、船の最も下の階のデ
ザインルームに監禁し、一切外には出さなかった。

****

城戸邸では、ロージィを匿って以来、邸宅周辺の監視や
見回りに細心の注意を払った。
しかし、外部から気付かれないように監視はもっぱらカ
メラやセンサーに頼っていた。

ロージィはずっと、カーテンに閉ざされた客間で日々を
過ごしていた。
体調はほぼ全快し、必要であれば組織の情報提供にも協
力しますと申し出ていたが、あの日以来南米にいるメンバ
ーからは何の連絡も無かった。

三日目の日中
辰巳は、邸内の廊下から外を見ていた。
不振な人間や車などの監視である。
ふと、白の乗用車が門の前を走るのを見かけたが、別に
停車もせず通り過ぎていっただけだったので
特に気には止めなかった。

****

その日の夜、ダニエルの客船に一人の男が連れ込まれた。
盟とロージィが東京タワーで出会った時、後を追った男の
一人である。
取り逃がした罰に私刑を受けた為か、その顔は悲惨なほ
どに腫れ上がり、歩き方も正常ではなかった。
モニターの前に座らされ、城戸邸を撮影したビデオを見
せられる。

「この男…この大柄なスキンヘッドの…そうっス、あの
日、リムジンに乗ってました」

窓から顔を出す辰巳の姿を指差して、腫れ上がった唇を
動かす。
本当だなと詰め寄られると、半泣きになって信じてくれと
情けなく頭を下げていた。

「グラードの…あのタヌキ親父が」

ダニエルはブランデーを傾けて悔しそうに穿き捨てた。

「下手に手出しは出来ないな。まずは炙ってみるか」

****

翌日、城戸邸の周辺に変化が起きた。
邸宅の裏手や近場の公園に、怪しい車が2−3台停車し
ているとの連絡が、邸宅にいるカードから光政に入った。

「やはり目をつけてきたか…すぐには乗り込んでは来な
いだろうが、マドモアゼルを退避させなければ」

光政はその夜、邸内の関係者を地下の司令室に集めた。

「ダニエルが気付き始めたようだ、しかしこうまで露骨な
手で出てくるという事は、私たちをわざと焦らせる為かも
しれない。だから皆、表では何変わらぬ様子で過ごして
欲しい。ただし、マダム・ロザーナは近日中に他の場所へ
移した方がいい」
そう光政は提言した。
辰巳が「何か策はおありですか?」と訪ねると
「沙織に協力してもらおう」と返した。

その二日後、金曜日は沙織が寮から戻る日であった。
沙織の周辺には、常に女性ガードが付いている。
金曜の夜に戻ってきた沙織は、次の日外出という名目で
邸内から出る時ロージィをガードの一人に変装させて外に
出し、警備会社が寮代わりに使っているウィークリーマン
ションに移す計画だった。

金曜の夜、邸宅に戻ってきた沙織が喜んだのは言うまで
も無い。
「ロージィに協力出来るなんて光栄ですわ!」
余りのはしゃぎぶりに光政は
「これは遊びではない、お前が浮かれすぎる行動に出れ
ばマダムはもちろん、お前も危険な目に合うのだ。慎重
にな」
と念を押した。

次の日、沙織はクラスメイトの自宅で菓子作りを学ぶ理由
で、邸宅を出る準備をした。
ロージィは、女性用ガードが身につける、白のブラウスと紺
のスーツという質素な出で立ちで、長髪のカツラを被り眼鏡
を掛けた。
同行するガードから視線の配り方の説明を受け、共に車に
乗り込む。

その様子を、ダニエルの部下は遠くから見逃さなかった。

「ご令嬢が何処かにお出かけか…この画像をすぐ船に送れ」

****

その夜、ダニエルとその側近達は、見張りから送られてきた
画像をチェックした。

「午前中に、令嬢と思われる人物が邸宅を出て、午後に総帥
も出かけました。令嬢は夕刻17時近くに、ガードと帰宅…」

待て、とダニエルが画像を止める。
午前中、沙織が出掛ける時と戻った時の画像を同時に見ると
言い出した。
二つの画像に映る人物は、よくよく見ても変わりは無いと思わ
れたが、ダニエルは
「止めろ」とガードが車に乗り込む瞬間を止めた。
「ここだ」と指摘した箇所に側近があっと声を上げる。

一瞬ではあるが、一人の女性ガードが穿いているパンプ
スの形状が、午前中はローヒール、夕方はハイヒールで
ある。
「やけに背が高い女だと思っていたが…やはりな」

****

ロージィをウィークリーマンションに匿ったその日の夜、
盟はディナーの時沙織に尋ねた。
「無事だったかい?」と
沙織はわざと澄ました顔で
「ええ、私はこの通り何も。お兄様、今日作ったスコー
ン、明日のティータイムに食べてみて」と語った
盟が、そうじゃないと口を開きそうになった時
「ロージィは、私を友人宅に送った後、警備会社の寮に
向かったと聞きました。ガードの人たちも一緒に生活し
ているから大丈夫だと思いますわ兄様」
そうウインク付きで返され、盟は口篭るしかなかった。

****

土曜の深夜、客船の中では秘密の談義が行われていた。

「城戸の所に逃げ込んだのは確実だが、また何処かに移
送したと思われる」
「しかし証拠が無いからな、強制捜査も難しい」
「居所を知っているのは、城戸の総帥と身内、そして
ガードの極一部に限られていると見た」

談義の最中、別の部下が室内に入ってきた。
「パレンバンを出た船より、コンタクトが入っております…」
ダニエルは苦虫を噛んだ表情をして渋々席を立ち、組織
本部との交信を行うルームへ向かった。

「ピパ、まだニッポンの港は開かないのか?」

モニターの向こうから居丈高にダニエルに問いかける男
の容姿は、黒髪の野性的なドレッドヘアー。
顔の下半分は蓄えた髭で隠され、サングラスを掛けていた。
出で立ちは、カーキ色の軍服を羽織っている。
その姿を見たダニエルは、動揺した。

「アレン…あんたが、来ていたのか…」
「お前のドジの尻拭いにな。先週パレンバンを出た」

アレンと呼ばれるその男は、組織のトップに近い相手ら
しい。
流石のダニエルも尻込みしながら応対した。
アレンの背後には大柄な長髪で髭の男と、短髪の黒髪
の男が控えていた。
ダニエルが「彼らは?」と訪ねると苛立ったように
「俺が雇ったクルーだ。文句があるか」と
ダニエルの問いかけを一蹴し、続けざまに
「こっちはもう、台湾にさしかかる。お前もどうにかして日本
の港を出て来い」

と強引に告げて一方的に交信を切った。
暗転したモニターの前でダニエルは震え青冷めると

「今から48時間以内に船を出す!!それまでにロージィの
足跡を掴め!」

そうヒステリックに部下に命じた。

****


月曜日

ロージィが邸宅からいなくなって二日目が過ぎ、盟はどう
しようも無い寂しさを抱えていた。
遠い目をして思い出話を語る、あの女性の横顔が頭から
離れない。
不自由な思いはしていないだろうか、不安な思いはして
いないだろうかと、気が緩むと彼女のことばかり考えて
いた。

そんな盟に、ニコルはランチタイムに
「マダム・ロザーナの事で少し…」と
他人がいないところで切り出した。

盟ははっとして「どうしたの?!」と叫び声を上げる。
ニコルは静かになさって下さいと制すると
「私の方で勝手に、少し調べてみました」
そう言って一通の報告書を出した。
「調べたと言っても、ニースにいる叔母を通じて、彼女や
両親を知る人たちから聞いたまでですが」

ロージィが育った家は、話通り地元では評判の良いレス
トランだったらしい。
だが、母親が亡くなって、ダニエルが店を買収した後、
そこはカジノとキャバレーが一体化した
いかがわしい店になり、周辺の治安も悪くなり始め、地
元からはかなり不評を買っているとのことだ。

「彼女の父親は…何処にいるか分かる?」

盟の問いに、ニコルは難しい顔をして首を横に振った。
「詳しく調査すればもっと分かると思うのですが、どう
もダニエルが経営するボルドー地方のレストランに
飛ばされ、店長とは程遠い下働きにされたようで…
その店もとうに閉店したようです。」

実際のところ、ダニエルの経営するレストランは、価格を
落とすために余り良い料理人も雇わず、材料も安価な
加工品や輸入品に頼っているため、プランス国内では
評判が落ち、それでアメリカに進出して巻き返しを図った
ようですと、ニコルは付け加えた。

そうかと、盟は肩を落とした。
ロージィの話でも、父親は別れてから一度も彼女に連絡
をよこしてないとのことだ。
ダニエルが邪魔をしているのかもしれないが、どうにか
して父と娘を会わせてあげたいと、盟は辛そうに語った。

****

その夜、盟は退社時に「警備会社の寮に寄りたい」と願
い出た。
ニコルやガードは「今は危険です」と制したが、
「少しだけだよ、もちろん後ろから追跡されている事が
分かったらすぐに引き上げる。だからお願い」と
何度も頭を下げた。

****

同じ程の時刻、ロージィはウイークリーマンションのキッチ
ンで、ポトフを煮込んでいた。
世話になっているガードの皆さんへと、自分から進んで
夕食を作っていたのだ。
総帥の客人にそんな事はさせられませんと最初は咎めら
れたが
「元々レストランで生まれ育ったから、人に食べさせる事
が好きなの」
そう微笑んで返され、周囲は丸め込まれた。

だがしかし、そんな束の間の平穏にも、闇の足跡は迫っ
ていた。
二日前、沙織の送迎最中にロージィを他へ移送したと睨
んだダニエル配下の部下たちは、次に警備会社近辺が
怪しいと下調べを始めていたのだ。
裏からの情報で、女性ガード達の宿舎であるマンション
を突き止め、その日は様子見に影から監視していた。

そこに偶然、盟を乗せたリムジンが停車した。
すぐさまダニエルに一報が送られたのは言うまでも無い。

****

ロージィ自作のポトフとクロワッサンサンドが出来上がり、
皆に取り分けようとしたその時、キッチンに盟が入って
来た。
盟もロージィも、その場にいた誰もが眼前の光景に驚く。

盟が始めに口を開き、いったい何をしてるんだと辺りを
見回して言い、ガードたちは恐縮する。
ロージィは
「自分から進んで作りたいって言ったの。いつも守って
頂いているからせめて」
と説明すると盟は半分納得した。
ガードの一人が
「総帥に、ここに来る許可は得られたのですか」
と問いかけると盟は顔を逸らして
「ちゃんと、追跡がいない事を確認して来たよ」
とごまかすように答え
「いい匂いだね、今から食事だったの?」と
話を反らした。

ロージィは照れるように
「良かったらご一緒にいかがですか?…でも、いつも食
べられているような豪華な食事ではないですけど…」
と語ると
「ううん。凄く美味しそう!是非もらうよ」
と席についた。

その様子を見ていたガードの一人が
「盟様もおられることですし、用心のため周囲を見回っ
てきます」と腰を上げ
そこにいる全てのガードに部屋から出るよう促した。
中にはポトフを食べたそうな者もいたが、すぐにキッチ
ンは盟とロージィの二人だけになる。
気遣いも度が過ぎると盟は思い、二人気まずそうに俯い
て顔を赤くした。
部屋の外では、見回りに行っているはずのガード達がド
アに張り付いて聞き耳を立てている。

ロージィが気を取り直して。
「あの、先に食べて下さい。皆さんには温めなおして出
しますから」
と盟に料理を取り分ける。
その日の彼女は、ガード達と同じ白のブラウスに紺のタ
イトスカート姿で、水色のシンプルなエプロンを
身に着けていた。
素朴な出で立ちで料理をよそう姿に、盟は頬を染めて暫
し見とれた。

湯気の立つポトフを一口食べ、盟は顔を明るくした。
「美味しい!凄く、優しい味がするよ」
ありがとうと返す彼女に
「流石、父親譲りだね、これもお店の味?」
そう聞かれて、ロージィは寂しく首を振った。
「褒めてもらって光栄ですけれど、父には及ばないわ。
料理をするのも、結婚して初めてで腕も落ちてる」
初めて?と驚く盟に
「ダニエルは、果物ナイフを持つことすら許さなかった。
あの時は私の身体を大切にしているからだと信じて
いたのだけれど…商売道具に傷をつけたくなかっただ
け」

そう、と盟はスプーンを置いて切り出した。
「君には無断で済まなかったけれど、君のお父様につい
て、秘書が少し調べたんだ…」
ロージィは驚き、今は何処でどうしているのと訪ねるが、
盟は首を横に振った。
「ボルドーへ騙されて飛ばされて、その店が閉店して後
は追えていない。でも、グラードの組織力ならきっと見つ
けられるよ、信じて」
盟の真っ直ぐな瞳に、ロージィの胸は熱くなり、目に涙
が浮かんだ。

「…会いたい。父に会って、やり直したい」
「ロージィ…」
「もう一度、あのニースのお店に…戻りたい」
「うん。やり直そう。僕も、僕達も力になるから」

ドアの向こうのガード達も、目頭を熱くして話を聞いていた。

その時、建物の外で爆破音が響いた。

何事かと腰を上げる盟とロージィ。ドアの外にいるガード
達にも緊張が走り、何かあったのか調べに行く者と
ロージィと盟を守る者に分かれた。

部屋に入ってきたガードに盟は、外で何があったのか訪
ねると
「まだ分かりませんが、ここは危険です」
と部屋から避難させる。

建物の外に出たガード達が見たのは、斜め前の駐車場に
停めてある車の一台が爆発炎上している様子だった。
いったい何事かと辺りを見回すが、人影が無い。
まずは消防署と警察に連絡をし、現場に一人残すと建物に
戻った。

盟とロージィはガードに付き添われ、非常階段を降りて
いた。
盟が「ここから離れよう。今車を呼ぶよ」と携帯で待機
させていたリムジンに連絡を取る。
リムジンはすぐに、盟達が出てくる場所へと向かった。

背後から、追跡の車が追っている事にも気付かず。

盟たちが建物から出て、足早にリムジンに近づいたその
時であった。
リムジンのすぐ脇に、怪しげなワンボックスが急停車し、
窓から大量のガスが噴射された。

身を守る間も無く、ガスを吸って倒れる盟とガードそれ
に運転手とロージィ。

ワンボックスの中から、防毒マスクを付けた男達が数名
出てきて、あっという間にロージィ、それに盟も抱え上げ
て車に押し込み、夜の街へと消え去っていた。

****

程なくして、埠頭に停泊しているダニエルの客船に連絡
が入る。

「そうか、うまくいったか。城戸のプリンスもだな」

電話を耳に当てながらにやりと笑うと、傍らの部下に大
声で命じた。

「ロージィ達を船に乗せたら、直ちに出航だ!」


****


「最悪の事態だ!!何をやっていたんだ?」

ロージィと盟が拉致された一報を受けて、寮に来たサガ
は始めにそう叫んだ。

申し訳ありませんとただひれ伏すガード達。
その脇を、ガスで眠らされたガードや運転手達が救急車で
運ばれていく。
城戸光政は、邸宅に戻る車内で連絡を受け、流石に愕然
とした。
緊急に、サガや他のガード達と辰巳が、光政の命で城戸
邸の地下司令室に収集される。

「敵の動きは、思ったより多様で素早かったな」
気落ちした光政は、そう言ったきり暫し黙した後、掠れた
声で続けた
「しかし何故、盟まで誘拐する理由が…」
サガは申し訳なさそうに返す。
「恐らくは、身代金か…いやそれ以上の代償を私たちに
要求するのでは」
ううむと、光政は重く頷いた。
そこに電話が入った。
辰巳が出て応対するうち「何だと!!」と声が上がった。
「辰巳どうした?」
「…あの男…ダニエルからです…」

光政が電話に出ると、人を揶揄するような陽気な口調の
ダニエルの声が耳に入った。

「やあムッシュ・城戸、僕の大切な妻を、返してもらっ
たよ」
「盟は、何故盟まで攫った?!」

動揺する光政を楽しむような目で見下ろし
「この電話、モニターが付いているならONにしてもら
えないか」
と注文をつける。
サガが渋々モニターを付けると、薄笑いを浮かべたダニ
エルが映し出される。

「貴方のご子息。今はほら、大人しく眠っております」

画像が切り換わり、録画したと思われる盟の姿が映って
いた。
上半身と足首、それと手首も後手に縄で縛られ目を閉じ
て横たわっている。
辰巳が「盟様ー!」と絶叫するとダニエルが

「安心したまえ、傷一つつけていない。グラードの大切
な後継者ですから」

光政は怒りに拳を握り締め、私の息子を何故連れ去った
と声を震わせた。
「そこで、お話があります」
ダニエルは薄笑いを浮かべながら、椅子に座って切り出
した。

「私の大切なビジネスがですね、貴方方が妻を連れ去っ
たお陰で、大変な危機に面しています」

辰巳が「ロージィ様は、自分から逃げてきた」と反論し
かけるのを光政は制して。

「私に、私たちに…犯罪に関われというのか」
「当然でしょう。一週間ものタイムラグで、私たちは約
500億の損害を被ろうとしています。
ですから、グラード財団の組織のほんの一部でよい、私
のビジネスの橋渡しをしてもらえませんかね」

麻薬取引に関与しろと言うダニエルに、そんな要求は死
んでも飲まんと光政は反撃するが。

「ご自身の命は惜しくなくても、跡取りの命は惜しいで
しょう」
と不適な笑みを返す。
流石に誰もが言葉に詰まった。

「何、今回の取引がうまく済めば、ご子息はお返ししま
す。それほど悪い話でも無いでしょう。
では、あと2時間後の午前12時丁度に返事をお聞きし
ます。ああ、警察はあてにしないほうがよろしい」

そう言い残して、一方的に連絡を切った。
辰巳が、叫びと共に机に拳を打ちつける。
サガが蒼白になって
「今回の事は私どもの責任です。この命に代えても盟様
をお救いします」

そう言い掛けたのを光政が制した。

「盟は助けなければならない。しかし君達も絶対死んで
はならない。それに・・・」

光政は顔を上げた。

「マドモアゼルも、救う」

****

豪華客船、ラヴィアン・ローズ号の船内
ダニエルは、数人の部下を伴って階段を降りていた。
部下の一人が問いかける。

「城戸は、言いなりになりますか?」
「相当頑固なのは知っている。だが、もう高齢の身で後
継者が亡くなるのは痛手だろう」

船内の食糧倉庫に向かい、ドアの前で見張っている部下
に、彼はおとなしくしているかと訪ねると
「はい、ずっと眠ったままです」とドアを開けた。

真っ暗な倉庫に明かりが灯される。
足元に、縛られて横たわっている盟がいた。
ふんと鼻先で笑って盟の横顔を見る。

「目が覚めたら、また薬で眠らせておけ」

はいと頭を下げる部下を尻目に、すぐに倉庫を出た。
一面の闇に戻った倉庫の中、ダニエル達の足音が遠ざか
って聞こえなくなったタイミングで

盟の目が、はっきりと開いた。

****

次にダニエルは、ふたたび階段を昇り、奥にある一般の
客には公開しない
「禁断の客間」と呼ばれる部屋に入った。
赤を基調とした、円形のダブルベットが室内の中心にあ
るいかがわしい作りの部屋。
周囲には、皮製のボンテージや拘束具など、SMに使用
するありとあらゆる道具が並べられてある。

その部屋の床に、ロージィは座らされていた。
正しくは、まだガスで眠っているロージィの両手首を手
錠で繋ぎ、腕だけを延ばす形で天井の張りに吊るしてい
た。

ダニエルは笑いながらも頬を引きつらせ、ベットの柱に
あるレバーを操作する。

ロージィの手首を繋いである鎖が巻き取られて、その身
体は徐々に上へ上げられた。
自分の身が強く引き上げられる感覚に、ロージィははっ
と目を覚まし辺りを見回す。

吊るし上げられて高くなる視界の先に、最も忌むべき男
がいた。

「おかえり。探したよ」

気味が悪いほど穏やかな声を掛けながら、ロージィの身
体が完全に床から離れた位置で、レバーを止めた。

宙吊りにされて身動きがとれず、ロージィはヘビに睨ま
れた獲物のようにがくがくと震えた。
シンプルなブラウスとタイスカート姿で吊るされている
彼女の姿を、そこにいた数人の部下達は
卑しい笑いで見つめている。

「どうして、勝手に外出したんだい?君の勝手な行動の
せいで、みんな迷惑したんだ」

ロージィは恐怖に震えながら、それでも目を反らし決し
て詫びはしないと決めた。

「まだそういう態度を取るのかい?だから君を匿った人
間に迷惑が及ぶんだよ」
「…!」
ロージィはその言葉にはっとする。

「取引のロスを埋める為に、グラードに協力してもらう。
プリンスの身の安全と引き換えにね」
「盟?!彼も…彼をどうしたの?」

そこで口を開いたロージィに、ダニエルは苛立って一歩
踏み出した。

「プリンスは私が預かっている、取引が無事終わるまで
ね。それもこれもお前のせいだ!」
ダニエルの右手が、ロージィの胸を強く掴み取った。
「きゃあああ!」
余りの痛みに叫ぶ彼女の、豊かな胸に尚強く指を食い込
ませ、吊るした身体を揺すりながら怒声を上げる。

「ここまで有名になったのは誰のお陰だと思っている?
なのに私に大恥をかかせ、取引に穴をあけた。
この恩知らずが!」
「いや!!痛い!いやあああっ!」

掴んだ胸を引き千切る勢いで揺さぶられ、ロージィはた
だ激痛に悲鳴を上げた。
ダニエルは怒りで息を荒げながら部下に「キャシーを連
れて来い」と命じた
それは、一人のモデルの名前であった。

程なくして室内に入ってきたモデルの容姿を見て、ロー
ジィは痛みの中驚愕した。

髪を銀色に染めて短く切り、目にレッドのコンタクト。
体系もほぼ変わらず、遠目に見れば正にロージィそのも
のであった。

「どういう…こと」

キャシーと呼ばれたモデルは、鎖で吊るされたロージィ
を見て鼻先で笑う。
「スターは二人いらないでしょ?」
キャシーの話では、失踪したロージィは無事大阪で保護。
ショーを終えて帰国した後は引退してキャシー自身が
トップとして君臨する筋立てを用意しているという。

「だから、貴方はもう、人前にでなくていい」

モデルは鋭い目で笑って、壁に掛けてある皮製の鞭を二
本取った。
一本をダニエルに渡し、ロージィに近づく。

「ホント、貴方が消えて迷惑だったのよ。他のモデルた
ちはまだ、狭いところに閉じ込められてかわいそう…
自分の罪を思い知りなさい!」

振り上げられた鞭が、鋭い音を立ててロージィの胸元を
打ちつけた。
激しい悲鳴と共に、ブラウスは破れて張りのある皮膚に
紅色の傷が走る。

その後は、二人ががりで身体の至る所に鞭を浴びせられ
続けた。
皮膚を打つ音と悲痛な叫びは、廊下にまで響き渡る。
悲惨な責めの最中、室内に連絡が入った。
相手は、先に連絡をとって来たアレンと呼ばれる男で、
海上での受け渡しについて打ち合わせたいとの事だ。

「しょうがないな…まずはこの辺で許してやる。しかし、
また逃げられると厄介だからな」

そう言ってダニエルは、本来拘束につかう棒を手に取る
と、ロージィ目掛けて大きく振り上げる。

今までに無い程の激しい悲鳴が、周囲に響き渡った。

****

地下2階の食料倉庫では、盟が物音を立てないよう脱出
を試みていた。
積んである食料のうち缶詰を見つけると、ブルタブ製の
上蓋を歯でこじ開け、その蓋で縄を切り始めた。

ドアの前のガードは怠慢なのか、いびきと思われる音が
聞こえているため、盟は作業に集中できた。
だがしかし、頑丈なロープで縛られているため、一時間
でも数ミリしか縄は切れない状態であった。

****

ダニエルは部下と共に、最下階の司令室に入った。
巨大なモニターに、幹部のアレンが映し出される。

「やあアレン。朗報だよ、無事遅れを取り戻せそうだ」
「…ほう。随分な自信だな」
「日本の、さる有力者の協力を仰げそうなんだ」

ダニエルは自信満々にそう語ると、今すぐ自分たちも出
航すると告げた。
モニターの向こうの男は、では明日の午前4時に受け渡
しと場所を指定すると
「有力者ってのは警察か?」
と訪ねてきた。
「警察は護衛が限度だよ。薬物を市場に回すには、もっ
と自由に動ける組織が必要だ。今からそこのトップと
取引を行うんだ。詳細が決まったら知らせる」
と言い残し、通信を切った。

****

午前0時近く。
城戸家の地下司令室で、じっと動かず思案に暮れる光政
に、辰巳は声も掛けられずおろおろとしていた。

「総帥!!敵が動き始めました」

客船が動いた連絡を受けサガが叫ぶ。
程なくして、再びダニエルからコンタクトが入った。

「城戸、決心はついたかい?」

薄笑いを浮かべて見下すような視線の相手に、光政は歯
噛みし拳を握り締め、抑えた声で返す。

「盟と、それにマダムの安全と自由が引き換え条件だ…」
「旦那様!!従うというのですか?」
「僕の妻の自由?それは解せないね。子息の安全までだ。
明日の夜には、荷物が日本に着く。グラードが受け取っ
て僕の指定する所へ全て移送してほしい。それが終わっ
たらご子息は解放しよう」

ではまた追って連絡すると、一方的に通信を切った。
途端、デスクを強く叩く音が室内に響き渡る。
光政の右手が、腫れ上がらんばかりにデスクに叩きつけ
られていた。

「若僧が…いい気になりおって…」


Back   Next   Index