Index

Next

Back

TOP

光政が連絡を取ってから、小一時間程でサガが邸宅に現
れた。
光政はロージィにサガを紹介する。
当財団のガードを引き受けている警備会社のトップだと。
そして現在、サガはもう一つの任務も抱えており、貴女
の情報はその為に必要かもしれないと。

光政は、普段は部外者を絶対に立ち入れさせない城戸邸
地下の司令室に皆を案内した。
そこは、盟ですら初めて入る城戸家のトップシークレッ
トエリアである。

まだ熱が高いロージィは、シルクのナイテイに厚手のガ
ウンを身につけて、巨大なモニターの中央部に座り、
サガを始め光政や盟と沙織、そして辰己が列席した。


突然過ぎる流れに盟は戸惑い、父さんどういう事ですか
と問うと光政は
「全ての質問は後で受けよう。今はマドモアゼルの訴え
を伝える事が第一だ」
とそれ以上は語らなかった。

サガが
「今、現地のメンバーを収集しております。少しお待ち
下さい。その間に私たちのもう一つの活動を手短に
ご説明しましょう」
と語り始めた。

私どもの運営する警備会社は、元々フランス外人部隊
時代に知り合ったメンバーで形成されており、そのため
警備の他にも諜報活動や私設軍隊の業務も受けており、
去年の暮れに、ICPOからある依頼を受けたと。
依頼内容は、南米、アマゾン河流域を拠点として動いて
いるテロリストと彼らの資金源になっている麻薬工場の
捜索、その取引ルートの調査であった。

そこまで言いかけた時、モニターに映像が映し出される。
サガは、少し盟の方に目を向けて気まずそうに一度俯く
と、振り切るように
「この5人が、南米でテロ対策に携わっている主要メン
バーです」
とモニターに映る者達を紹介した。

そこには、楕円形のテーブルを囲んで、いかにも軍人風
情という格好の男達が座っている。
そのメンバーを、盟は知っていた。
去年まで城戸家のガードに就いていた者達だ、一番奥の
リーダーと思える位置に座っているのがサガの弟のカノ
ン。
向かって左に座っているのがシュラ、アイオリア
そして右に座っているのがアルデバランと

「デス…!!」

思わず叫んだ盟の声に、ロージィが気を取られて盟の方
を向く。
彼女の視線にすら気付かず、青冷めた顔でモニターを食
い入るように見つめる盟の様子を見て、只事ではないと
ロージィの気は焦った。
父さんどうして…と問いかける盟に
「盟、先に言ったはずだ。全ての質問は後で受けると」
そう強い眼で返され、盟は膝を握り締めて口を噤んだ。

いったいどういう事だ、昨年の年末に自分のガードを辞
めた後は故郷のシチリアに戻ると言っていたのに…
何故、南米でテロ対策の仕事になどと、盟の心の中は
その疑問で渦巻いていた。

モニターの向こうのデスマスクは、盟の姿を認めた時、
少し驚いた風を見せたが、すぐに仕事の顔に戻って
サガの説明をじっと聞いていた。

「…という訳で、こちらがロザーナ・デュポア夫人だ。
私たちが追っているランド最大のピパとマークされてい
る男の正妻で、麻薬取引の情報の提供と監禁されて
いるらしい女性達の救出を願ってグラードに助けを
求めてきた」

ロージィは熱のある身をおしてすっくと立ち上がり、丁
寧に礼をする。
その姿に、モニターの向こうの者達は改めて驚きを見
せた。
ロージィはサガに
「ピパとは、何でしょうか?」と問うと
モニターの向こうのカノンが

「本来は、背中に卵を乗せて育てるカエルの呼び名です。
ランドでは麻薬の運び屋の別称とされているのです」

ロージィは「ランド…?」と小さく呟く。それに対して
サガが。
「正しくはネグロ・ランド。麻薬製造元の大元でテロや
破壊工作と、金になるならどんな犯罪も厭わない組織の
呼び名です。私たちは略称でランドと言っておりますが」

そこまで聞いた盟ははっとして
「南米の組織って、それはもしかしたら去年僕を…!」
と叫ぶとサガは頷いて
「はい。お察しの通り、昨年貴方を狙った組織です」
盟は顔色を変えて、モニターの向こうに映るデスの横顔
を見る。
(もしかしたらデスは…それでシチリアに戻らずに…)
ロージィは昨年何があったのか気にはかかったが、サガ
の問いかけに気を取り直して続けた。

「ご指摘の通り、私の夫…ダニエルは麻薬の取引に大き
く関わっております。私が気が付いたのは最近の事でし
た」

ロージィは辛い表情で、自分が知りえた取引のあらまし
を伝えた。

「麻薬の運搬にはもちろん、あの豪華客船が使われてい
ます。私たちのデザインしているコレクション…衣装は
もちろん、デザイン画も縫製のための設備もあの客船に
乗せているので、表向きはコレクションの警備という理由
で客船の最下階の殆どを関係者以外立ち入りにしています。
ダニエルは、それを隠れ蓑にして取引を行い…彼の秘め
られた悪行の全てを置いています。」

「具体的には」と問われて、ロージィは続けた。

「私達の身に付けるコレクションは、発表まで極秘とされ、
会場に入るまでは鋼鉄製のコンテナに詰まれて運搬され
ます。そのコンテナは二重三重に改造されていて、衣装
と共に麻薬も積まれる構造になっていたのです。」

荷物検査ではX線を通すのではと聞かれて答えた。

「はい、東京のショーの初日も、日本で積荷検査があり
ました。でも、まだあの船には麻薬は積まれていません。
ですから…異常なしとの判定をもらいました」

一同がざわつく。ロージィは熱をおして続けた。

「麻薬は…これから積まれます。ダニエルの話を影で聞
いたとろこによれば、東京でのショーが終わって、大阪
に向かう途中の海上で…なんて言ったかしら…麻薬を積
んだ貨物船と海上で接触して…」

息が荒くなるロージィをサポートするようにサガが

「一度検査をパスしてから、海上で麻薬を積み、再びシ
ョーの搬入と共に麻薬を荷揚げ…という事ですか?」

はい…と息を荒くしながら頷く。
モニターの向こうのカノンが「お辛いなら、少し休まれ
てからでも」と気を遣ったが、ロージィはいいえと気力
を振り絞って続けた。

「ダニエルは…日本に来てすぐにここの警察や保安関係
の上層部に、積荷の検査を緩くし、国内の巡航について
も便宜を取り計らいました。
ですから、海上で取引が行われても…見てみぬ振りでし
ょう。でも、予定は狂っているはずです。私が失踪した
ことによって、大阪に向かう理由が無くなっていますから」

サガは「確かに、数日の足止めは出来るでしょう。しか
しピパは手段を選びません。何か理由をつけても海上で
麻薬を引き取り、それを国内で売買します」
ええとロージィは頷いた。
「彼は、金になる事なら何でも貫きます。現に、私を追
う為におそらく日本のファミリーを使っています。それに、
証拠となるものは次々と隠滅するでしょう…ですから!」

ロージィはふらつきながらも立ち上がり、デスクに手を
ついて必死に訴えた。

「5年前に行方不明になったと言われているダニエルの
前妻が、あの船に酷い状態で監禁されています!他に
も彼の性癖の犠牲となっている女性たちが…お願いし
ます。早く彼女達を救って、彼の悪事を暴いて下さい!」

マドモアゼル落ち着いて下さいと、サガが促す。
ロージィが座りなおすとカノンが、今回の取引について、
もう少し具体的な事が知りたいのですが、と聞いた。

ロージィは熱の中、記憶を辿って。

「はい…南米からの麻薬を積んだコンテナは、一度アジ
アの…あの地名、なんだったかしら…そこに寄港してから、
再度日本に向けて出航し、客船と遭遇するのです。本来は
来週でしたが…私の失踪によって予定は変わると思います」

モニターの向こうのメンバーは
「やはり、中継基地があったか」
「アジアの調査員に確認をとるか?」
と、彼女の証言を元に打ち合わせを始めた。
その中でデスマスクだけが未だに無口で、ただ手元の資
料に目を通しているのが盟は気にかかった。

そのやりとりにロージィが
「はい。このツアー中にダニエルは、日本・台湾・香港
と取引を行います。ですから輸送船は…あの地名…よく聞き
取れなかった…確か、レンバ…レンバとしか」

「パレンバンだ」と光政が声を上げた。

ロージィが「そう、おそらくそこです!」と返す。
しかしその地名を聞き、状況を知る者たちは沈黙した。
盟が「父さん、いったい?」と聞くと光政は重々しく返した。

パレンバンはインドネシアの州都でマラッカ海峡に面し
た港町である。
マラッカ海峡は世界で最も危険な海域と言われ、武装し
た海賊集団が略奪や誘拐等の犯罪を頻繁に起こしていた。
「その通り、厄介な場所です…」とサガは舌打ちした。
光政は、それ程の無法地帯に取引の中継地点を置くのは
相当なリスクだな呟くとカノンが
「その通りです。だがインドネシアの軍部を味方につけ
ればあれほど強固な倉庫はないでしょう」と言い切った。

ロージィは「そう…」と辛そうに頷く。
ダニエルはこの航海の前に既に、何処かアジアの軍部に
取り入ったと聞きました。
インドネシアと、台湾マフィアにタイランド…もし取引が
失敗しても逃げ込める場所を確保してあります。

ところでとカノンがロージィに声をかけた。

「何故に貴方は、これほどの情報をグラード財団に打ち
明ける決心をしたのですか?」

ロージィはそれに対し
「先程も聞かれました。でも、警察ももうダニエルの息
がかかっているのです」と返すと
「分かりました。ではそこでグラードを選んだ理由を知
りたいのです」
その問いに、ロージィは言葉を詰まらせた。
視線を盟に向けようとしたがあえて止め、言葉を探して
暫し俯く。

盟がフォローするように
「ロージィに何を聞きたいのですか?」と問うと

「マドモアゼルの話は、私たちが今最も欲している情報
の一つです。最大の運び屋を抑えられればネグロの本
拠地を攻めるのも時間の問題です。そう、余りにも有益
すぎるのです、この話は…」

と重々しく答えるカノンと、同じように眼を伏せる周囲
の者達。
ロージィは、何を問われているのかその様子で察した。

「私が…テロの一味の妻である私が…テログループを追
っている皆様の元に突然現れて…追い求めていた情報を
私が突然打ち明ける…それは、話が、都合よすぎると、
うますぎると…そう言いたいのですか…!?」

サガがなだめるように返す
「マダム、お気を静めて下さい。私たちの任務は、余り
にもリスクが大きいのです。ですから、今回に限らずリ
ークされた情報については厳密に調査を行っています。
それも人命がかかっている故とご理解下さい」

ロージィは辛そうに拳を握りしめ、振り絞るように叫ん
だ。

「私も、人命がかかっているからこそ必死に逃げ出して
きました!ですからお願いです!知りうる全ての事を
お話しますから、一刻も早くあの船から被害者を助け
悪事を突き止めて下さい!」

それでも、取引の的確な証拠を欲しているのだろうメン
バーはすぐに返答せず、何かを思案するように俯いて
いる。

突然、デスクを叩く音と強い叫びが室内に響いた。

「彼女は潔白だ!!」

盟が、必死の様相で立ち上がり、モニターの向こうに訴
えた。
光政が慌てて座りなさいと制しても、盟は従わなかった。

「彼女は、僕にコンタクトを求めて来ました。小さな紙
に書いたメモを隠れて渡して……そして監視の目を抜け
て、慣れない街を辿り、寒空の下何時間も、地上150メ
ートルの場所で僕を待っていました。これほどの地位にい
る女性が、何も持たず…」
「盟…」

ロージィは信じられない表情で、必死に訴え続ける盟の
横顔を見つめた。

「寒空の下、不安に怯えながら長い時間待ち続けていた。
たった一人で…そんな人間が偽りを言うと思えますか?
僕は思えません!」

盟の視線は、モニターの向こうにいる
一人の者に向けられた。

デス、思い出してよと
僕と初めて会った時の事を思い出してよと
言葉には出せない思いを、眼で訴えた。
あの、パレルモで出会った時、身元を隠した姿で
アパートに逃げ込み、そこで会った君に必死に
匿ってくれと願った
初めての、出会いの日を。

「そんな不安の中、彼女は…僕と会ったとき、始めに礼
を言って…そして、祈ったんです」

デス、君なら分かるはず。
君だけしか、分かってくれない、だから

光政に再度「盟、座りなさい!」と強く言われ、盟は言
葉を飲む。
「でも父さん」と言い返そうとする盟を、ロージィは穏
やかに制した。

「盟、ありがとう。でもそうね…私、証拠と言える物を
何も持ってこれませんでした…何も」

哀しそうに俯くロージィを見て、サガがとりなした。
「疑っている訳ではありません。貴女の懸命な気持は私
たちも理解しております。ですからより確実にランドの
犯罪を突き止めるために、詳細な情報の調査が・・・」

「そうやって今まで何回、逃げられた事か」

突然横から口を挟まれ絶句するサガと、ざわつく一同。
盟は声の方を向いた。
(デス…?)
声の主は頬杖をついて書類に目を通したまま、溜息をつ
いて続けた。

「確かに、今まで提供された情報の9割は正確だった。
それなりに手間と時間をかけるからな。
だが相手もプロだ、こちらが駆け付けた時には綺麗に引
き払って、良いとこで下っ端の雑魚ばかりが残されてい
る。…この9ヶ月間、そればかりだったな」

ロージィは、モニターの向こうに映る、沈んだ瞳の色と
銀の髪を持つ者を見た。
先程、盟が何かの動揺を見せた相手。
いったい、彼は何者なのかと。

サガがはっとして、少し口を慎めと諌める。
それに構わず、デスマスクは書類をデスクに放って続け
た。

「今の話が本当なら、パレンバンから船が出るのは時間
の問題だ」
「しかし、マドモアゼルが失踪した以上、ピパは東京を
出る事が難しいのでは?」
「確かに今回の失踪劇で数日の足止めは出来るだろう。
しかしネグロの性格を考えて、取引を中断はさせないは
ずだ。いざとなればなりふり構わず東アジア全域に麻薬を
ばら撒く」

デスマスクの声と言葉を聞いていて、盟の胸は熱くなった。
自分の方を向いてくれはしない。
もちろん語りかけもしない。
だが、彼は間違いなく必死の訴えに耳を貸してくれた。
その事実に全身が熱くなり、気が昂ぶってくる。

デスマスクの一言で、モニターの向こうの本部は活気づ
いてきた。

「バンコクにいる駐在員に連絡をとった方がいい」
「逆算して、先月中旬に荷が動いているはずだ。仲介屋
と接触を」
「インドネシアへの渡航手配をする。人選は後で行う」

口々に語り始める者達に、ロージィの身が震えた。

「皆様…動いて、頂けるのですか…?」
呆然としているロージィにカノンが一礼する。
「はい。後は私たちの判断で動きます。その際にまた情
報を頂くかもしれません。改めて、ご協力に感謝します」

まずはお休みになって下さいとメッセージを残し、モニ
ターは消えた。
ロージィはまだ信じられないといった様子で立ち尽くし
ている。
そんな彼女に盟が歩み寄った。

「マダム・ロージィ!良かった、本当に良かった」

ロージィは盟の方を見て小さく頷き「ええ…」と安堵し、
笑みを浮かべると同時に
ふらりと、その場に崩れた。
慌ててロージィを支える盟。顔を見ると荒く息をして汗
を滲ませていた。

辰己がロージィを抱きかかえて部屋に戻り、再びベッド
に寝かせる。
光政は、暫くは彼らに任せておこう。今日は皆部屋に戻
って休みなさいと促した。
辰己と沙織が立ち去り、室内には寝入るロージィと光政、
そして盟だけになったとき、盟は思い切って語った。

「デスのこと、父さんは知っていたのですか?」と
光政は重い口調で
「…私が聞いた時はもう、彼は南米へ発っていた」と切
り出した。

昨年の年末、サガはデスマスクに駄目元で、グラードを
狙う南米の犯罪組織の追跡グループに加わらないかと
申し出たら、デスマスクは二つ返事で受けたという。
本人にとってそれが良かったのか悪かったのか分からな
いが、彼は…きっと、地球の裏側にいても、お前を守り
たかったのかと、私はそう思う。

その言葉に、盟は暫し押し黙って、苦しそうに膝を握っ
た。

「僕のせいで、またデスを危険な目に合わせている…
でも…」

盟は、深く寝入っているロージィを見つめた。

「でも、デスがいてくれたお陰で、彼女は救われるかも
しれない」
「盟…」
「父さん、打ち明けてくれてありがとうございます。今
は…今、僕が出来る限りのことをするだけです」

光政はそうだなと頷いて、これ以上いるとマダムを起こ
すだろうと二人部屋を後にした。

暗くなった室内でロージィは一度薄く目を開け、空ろに
天井を見つめる。

(あの人、誰…?)

問いかけられない思いが、熱に浮く頭の中で反響した。




Back   Next   Index