Index

Next

Back

TOP

それから二日後の日曜日。
その日は、朝から大雨であった。

ブランチの後、沙織は携帯のメールを見ながら
「今日のショーは友人が行くのだけれど、生憎の雨で
少し可愛そう…」と呟いた。
盟は、パーティでロージィからの手紙を受けとって
からずっと一人で思い悩んでいた。

あの手紙は本当の事なのか
それとも、何かの間違いなのか
騙されているのか
あるいは何かの罠なのか

思いを巡らすたび、盟の心中は酷く焦ったり落ち込んだ
り不安が占めたりと、気が休まる事は無かった。

盟は沙織に
「今日のショーも、先日と同じ17時開演かな」
と訪ねると
「ええそうよ。兄様また行きたいの?」と
勘ぐるように問われ、盟は何食わぬ顔で
「うん。沙織もだろう」とさりげなく返した。

一人自室で映画を観ながらも、ロージィの事が頭から離
れない。
ショーは19時に終わるはずだ。それから身支度を整え
て会場から東京タワーに行くとなると、急いでも21時前
後に着くだろうと考えては、憂鬱な気持になる。
あのパーティの日、ストローに忍ばせていた手紙は、盟
の名刺入れの中に隠されていた。

本皮の名刺入れから、ロージィの手紙を出す。
ホテルの便箋の端を切って、小さな小さな文字でしたた
めたメッセージ。
本当だとすれば、何か重大な事件が絡んでいるかもしれ
ない。
しかし何故、それが自分宛てなのだろう。
今や、世界で最も裕福な女性と言われている人が何故こ
んな追い詰めた手紙を出すのだろう。

盟は一度腰を上げて、光政にこのことを打ち明け、待ち
合わせの場所に行きたいと願おうと思った。
しかし、これがもし罠だったら。

一年前。
自分の身勝手が元で、銃で撃たれた者を思い出す。
常にこの身には危険が付きまとい、出すぎた行動に出れ
ば周囲が傷つく。
だから、己の行動には常に慎重さが必要とされる。
この手紙に釣られて出向いた先で、どんな事件に巻き込
まれるか…その可能性も否めない。

窓の外、鉛色の空から打ちつけるように降り注ぐ雨を見
つめながら、盟の心も同じように沈んで行った。

纏まらない気持のまま、ディナーを迎えた。
食事もあまり喉に通らず、口数も少ない盟に、沙織はも
ちろん光政も心配する。
盟は、こんな気持のままでは良くないと、食事が終わっ
たら話したい事がありますと思い切って切り出した。

ディナーが終わるのは19時前後。それはショーの終了と
ほぼ同じ時間であった。
盟は応接室に光政と沙織、それに辰己がいるところでロ
ージィからの手紙を見せた。
その場にいた全員が驚愕する。
盟は、この二日間悩みました。でも答えが出なくて…
ロージィの意志には反するけれど、父さん達の考えを聞
きたくてと言いかけたその時、沙織が持っていた携帯に
一通のメールが入った。
話を切ってごめんなさいとメールを確認した沙織は突如
叫び声を上げた。
どうしたのだと光政が問うと沙織は震える声で
「マダム・ロージィが…いなくなったと…」

その場が凍りつき、とっさに盟は沙織にどういう事か詳
しく聞いてくれと願う。
沙織は電話してみるわとメールの相手に連絡を取った。

沙織の友人はすぐに電話に出て、メールの詳細を興奮し
ながら説明した。
ロージィの出待ちをしようと思っていたけどこの雨だし
外で待ちたくない。
でもどうしても会いたかったからと、ダメ元で友人と二
人迷ったフリをして楽屋まで行ってみた。

楽屋では、数人のガードやスタッフが騒然としており
「ロージィが逃げたのでは?」と慌てていた。
そこでガードの一人に見つかり、大慌てて逃げて来たと
いう。
沙織は、分かったわ、貴方達も気をつけて帰ってと電話
を切った。

盟は事の次第を聞いているうち顔色が変わり
「行かなきゃ…彼女は本当にあの場所に向かっている!」
と腰を上げる。
落ち着きなさい、まだ真実が見えていないのに動く事は
控えなさいと光政が制し、辰己も沙織も全てが嘘とは
思いませんが、光政の言うとおり軽々しい行動は止めた
方がいいと盟を説得する。

盟はそれでも、ロージィの手紙を見せて
「こんな手紙の出し方をして、誰にも言わずショーを
抜け出すなんて、よほど追い詰められているに違いあり
ません。お願いです、僕をタワーに向かわせて下さい。
何か嫌な予感がします!」
と必死に周囲を説得した。

それでも考え込む光政に
「僕も…逃げたした事があるから…気持が、少し分かる
んです」
と申し訳なくはあるが真っ直ぐな目を向けて言った。
光政は
「分かった。ただしガード2人と辰己も連れて行きなさ
い。それに盟、お前の身元も伏せる格好でな」
と条件を付けて盟を東京タワーに向かわせた。

****

盟は、黒髪のウイッグを付け、フード付きのロングブル
ゾンとシーンズ姿に変わり、サングラスを掛けた。
では行きましょうと促す辰己に
「もう一着、同じようなブルゾンを」
と盟は頼む
「この雨の中待っているんだ、体が冷えていると思う」
そして、リムジンは雨の中東京タワーに向かった。

近場の駐車場にリムジンを停め、盟は
「ここからは僕だけで行く」と
言うと辰己やガードたちは反対したが
「みんな目立つんだよね、僕だけの方が安全だよ。
電話は持って行くから、何かあったらすぐに連絡するよ」
と雨の中タワーへと走っていった。

時間は21時半を過ぎていた。
最終の入場時間まであと15分を切ったという事もあり、
すぐに展望台までのエレベーターに乗れた。
エレベーターに共に乗り込んだ客の中で、二名の男の対
話に耳が止まる。

派手なジャケットのいかにもといった風貌の二人は、憮
然とした顔つきで小声で語り合っている。
「なんか、1時間位前に見たって話なんスよね」
「とにかく行ってみるか…」
「…モデルで、外人女っスよね」
「結構目立つな、探しやすいか」

盟の血の気が下がった。
やはり、彼女は何かから逃れて来た。
しかも、この日本でもこんなに早く追っ手が来ている。
只事ではない、この者たちより先に彼女に会わなければ
と盟はエレベーターを出ると、気取られないように下り
非常階段へと向かった。

地上150mの高みにある階段の踊り場は、秋の雨と風に
晒されていた。
ロージィは、もうこの場所で一時間近く佇んでいる。
黒のスタッフTシャツに、薄手の紺色のジャンパーと
擦れたジーンズ。
セミロングでブラウンヘアーのウイッグと、キャップ
を被って、サングラスを掛けた姿は、一見してあのマダ
ムロージィとは誰も気づかない。

この天気のため、階段を下ってくる者も少ない。
ロージィは冷えた手を息で暖めたり身体を揺ったりしな
がら上から降りてくる者の姿を確認していた。
腕時計をちらりと見る、ここにいられるのもあと15分
くらいだろう。
やはり、グラードの総帥の跡取りともなればあんな突然
な手紙などに釣られて、軽々しく来るはずかないのかと
心細くなる。
もう5分待ったらここを去ろうと、心に決めた。

雨の音に紛れてまた一人、上から降りてくる足音がある。
ロージィは顔を見られないようにしながら、ちらりと下
ってくる者を見上げた。
厚手のブルゾンを着た、いかにも風来坊のような男性。
くたびれたジーンズをはいて、フードとサングラスで顔
が見えない。
男は、自分の姿に気付くと少し早足になった。

ロージィは、もしかしたらもう追っ手が来たのかと怯え、
さりげなく踊り場を離れて階段を下った。
寒気と眩暈がして、足がもつれる。
急ぎたいのに急ぐことができないもどかしさが相成って
ロージィは下り階段の途中で何度もよろめいた
その間にも、上部からの足音は徐々に迫ってきて
彼女の恐れは増した。

逃げなきゃ、ここから逃げなきゃとふらつく足で階段を
下りる最中、ついに一段踏み外して踊り場に転げ落ちて
しまった。
背後に迫る足音に急かされるように立ち上がり、
焦って歩き出そうとした時、小さく語りかける声。

「…ロージィ…」

その呼びかけにはっとして、彼女は振り返る。
ジーンズ姿の、フードを被ったその男は
不安そうな声で、再度呼びかけた。

「マダム、ロージィ?」

自分を呼ぶ声は、間違いなくあの少年だと
そう悟ったとき
ロージィは全身の力が抜け、自然と両の手を組み
祈るように、頭を下げる。

「来て、くれたのね…ありがとう」

ロージィのその姿は
盟に、ある過去をの出来事を思い出させた

もう、一年半前のある日。
シチリアのパレルモで、サッカー観たさに逃げ出して
ガード達から逃れるために入った、古アパート。

そこの階段を降りて近づいてきた者に
助けてくれと、思わず手を組んだ自分。

そして今再び、階段の途中で会い
自分に祈るように、手を組む女性が
間違いなく、目の前にいる。

(これは…運命だ)

盟の手は、迷いも無くロージィへと差し伸べられた。

「…?」

「手助けを、させて下さい。貴女の」

「メイ・・・」

ロージィは呆然として、差し伸べられた手を取り
軽く握手をして「ありがとう」とまた礼を返した。

その時、階段の上部からまた足音が聞こえる。
盟は見上げて
「まずい、もしかしたら貴女を追っていた奴らかも」
とロージィの手を引いた。
彼女の冷たい手に、やはり体が冷えていたのですね
長く待たせてすいませんでしたと詫び、持っていた
ブルゾンを羽織らせる。

行きましょう、彼らに気取られないようにと腕を引く盟。
ロージィはええと頷くと共に階段を下りるが、その息が
やけに荒いことに盟は気が付いた。

ロージィの顔を見ると、火照ったように赤い。
まさかと額に手を当てると、相当な熱が出ていた。
盟は慌てて、早く手当てをしなければと焦る気持でロー
ジィの身を支えて階段を降りた。
だが、先程慌てて降りて転倒したためか、ロージィは足
を痛めていた。
場所は地上から約100メートル。しかもこの階段を降り
きらなければ、何処にも出口が無い。

そして上からは、追っ手と思われる者達が近づきつつあ
る。
盟は、せめて自分が抱き上げられればと歯がゆい気持で、
ロージィの身体を支えながら
「もう少しだよ頑張って、下に迎えが来ているから」
と小さい声で励ましながらタワーの階段を降りた。

ロージィは息を荒くしながら
「ごめんなさい、貴方をこんな事に巻き込んでしまって」
と何度も詫びたが、盟は
「今は降りる事だけ考えて、しゃべらなくていいから」
と優しく励ました。

決して早くはない速度で降りる二人の頭上からは、
後を追うような足音が徐々にその距離を狭めつつあった。
「日本なら大丈夫と思っていたのに、もう・・」と
ロージィは息も絶え絶えに悲しい声で言う。
盟は、彼らがもし近づいてきても、僕がなんとかする
君はそしらぬ顔でと語りかけた。

追っ手の男達との距離が10メートルほどになったとこ
ろで、二人は階段を降りきった。
盟は、もう少し早く歩くよとロージィの肩を抱いて
建物の中に入る。
追っ手は、あの二人が怪しいと後を追って中に入った。
盟とロージィは、2階の土産売り場まで小走りに来ると
既に閉まっている店のショーケースの影に潜む。

程なくして、二人を追ってきた男たちが
「ここで足音が消えた」と売り場に入ってきた。
ショーケースの隅で息を殺す二人。
ロージィは堪らず、貴方だけでも逃げてと言いかけた時
盟はしっと人差し指をたてて言葉を制し
微かな声で「僕、こういうの得意だから」と軽く笑った。

土産売り場を隈なく探している男たちが、いよいよ
盟たちのいる場所に近づいた時
「何をしているんです?」と声が響いた。

それは、タワーの警備員たちだった。
男達は落し物をしたと言い訳をして、渋々とその場から
離れていく。
警備員は一度ぐるりと売り場を見渡すと、その場から立
ち去って行った。
まもなく売り場の明かりが消え、盟とロージィはショー
ケースの影から出ると
「僕たちも警備員に注意されるかもね」と笑って出口へ
と向かった。

やはり二人は警備員に、もう閉まったのにと注意された
が、盟は「携帯落としちゃって・・・探してました」と
頭を下げ、小さく舌を出した。

辰己たちのいる駐車場に向かおうとした時
「あいつらだ!」と背後から声がする。
先程自分を追っていた男たちが、指を刺しながら
走ってくる。
盟はとっさにロージィの手を引いて、目の前に停まって
いるタクシーに乗り込み、思いついた行き先を告げた。

そして車中から辰己に連絡を取り、追っ手を振り切るた
めにタクシーに乗った。
だから別の場所で合流しようと指示する。
その間にも、ロージィの息は荒くなっている。
高熱の彼女を早く落ち着かせてやりたいと盟は焦ったが、
渋滞に阻まれままならない。
しかも、バックミラーに移る数台後のタクシーには、間
違いなく自分たちを追っている者が乗っている。

赤信号になったとき盟は「ここで降ります」と万札を
運転手に渡して、タクシーを降りた。
その様子に追手も慌ててタクシーを降りようとするが
信号が青に変わったため発進してしまう。

盟は、ロージィの手を引いて路地に入り、辰己に連絡を
して場所を変更すると指示した。
程なくして、リムジンを見つける盟。
ここだと手を振ったとき、道路の向かいにまた、あの追
っ手を見つけた。
信号が青になり、盟たち目掛けて走ってくる男達
盟はロージィの身体を支えて、リムジンへと走っていく。
男達が信号を渡りきった所で、盟とロージィば無事リム
ジンに乗り込んだ。
盟は、辰己たちに「彼女を追っている者がすぐ側に来て
いる。ナンバーを見られないように路地に入って」と
指示した。

運転手はとっさに路地に入り、裏道を抜けて帰路につく
辰己やガードは、荒く息をついているロージィに言葉を
無くした。
盟は、彼女は凄い高熱なんだ、それに姿を見せたくない
から膝を貸してあげてと、後部座席に座る辰己の膝に
寝せた。

すいませんと詫びながら息を荒くして伏せっている
ロージィに辰己は、顔を赤らめながらも「お気になさら
ず」と紳士的に返事をしながらも、膝に当たるロージィ
の豊満なバストの感触に
(盟様に、付いてきて良かった…!)と
不謹慎な思いを捨てきれなかった。

****

城戸邸に着いた時、すでにロージィの意識は朦朧として
いた。
すぐにベッドに寝かされ、待機していた医師が診断と治
療を行う。
長時間冷えた中で待ち続けたため、39度の高熱が出てい
た。
医師は解熱剤と点滴を施し、一晩休めば落ち着くでしょ
うと告げた。

まだ降りしきる雨の中、盟を始め沙織や光政、そして辰
己がロージィの枕元で様子を見る。
沙織は涙ぐみながら
「これがあの、マダムロージィなんて…いったい何が…」
と声を詰まらせた。
盟は「僕のせいだ…彼女を信じてあげていれば」と高熱
で苦しむ姿に酷く悔やむ。

光政は、自分を責めることは無い、それに今夜はもう遅
い、皆部屋に戻って休みなさいと言いかけた時、ロージィ
の目が開いた。
視線を漂わせ「ここは…?」と訪ねる彼女に盟が
「気が付きましたか?ここは僕の住まいです。ロージィ、
貴方は酷い熱ですから今はゆっくり休んで…」と語り掛け
られるうち、彼女ははっとして起き上がろうとした。
まだ横になってと制する者達にかぶりを振って
「いいえ…こうしてはいられません…時間が無いので
す」
と息も絶え絶えな中必死に訴えた。
盟は「話は聞きます。でも落ち着いて横になって」と
彼女を落ち着かせた。
光政は、何故に私の子息と会って何を伝えようとしたの
ですかと問うと、ロージィは、荒い息の中語り始めた。

「あの男…私の夫ダニエル・デュポアの…悪事を止めな
ければ…それにあの船には、すぐに救ってあげなければ
ならない人達がいるのです…」

予想もしない展開に、そこにいた誰もが驚く。

ロージィの話では、ダニエルは表では外食産業を中心と
した実業家として知られているが、彼の主な資金源は
麻薬の仲介だと言う。
自分がそのことに気が付いたのは三ヶ月前、あの豪華客
船ラヴィアンローズ号の奥にある、デザインルームで
デザイナーのパティとの打ち合わせに夢中になって、
遅くまで残っていた時であった。

隣の部屋からダニエルが誰かと通信でやり取りをしてい
るのが聞こえた。
その部屋は、前から機械室だと言われロージィですら入
る事を禁じられていた秘密の密室であった。
デザイナーと二人、息を殺してその様子を聞き、そこで
ダニエルが何かの組織の麻薬取引に関与している事に
気が付いた。

ダニエル達が去った後、二人は禁断の部屋に入り込んだ。
そこには過去の取引の夥しいデータと、また奥の廊下に
は牢屋が幾つか並んでいた。
そこまで語るとロージィは「ああ!」と小さく悲鳴を上
げ頭を抱えた。
何を見たのですかと盟が問うと震える声で

私は…ご存知の通り、彼の三番目の妻です。
前の二人の妻は…一人目は駆け落ちで失踪、一人は彼の
金を持ち逃げしたと報じられていましたが…

そこまで言いかけて、沙織が叫んだ
「まさか、船の中にいたというの?前妻が!」
ロージィは重々しく頷いた。
「…正しくは、二番目の妻のスザンヌだけが…まだ生き
ているのです。でも、酷い状態で監禁されています」

ロージィの話では、ダニエルは悪質なサディストだと言
う。
彼と付き合った女性は、始めの頃は丁寧な扱いを受けて
豪華な贈り物の数々に酔いしれるが、そのうち本性を出
したダニエルから、拷問にも似た責めを受ける。

私は…とロージィは身を奮わせた。
彼は拝金主義者ですから、金になる事であれば何でもし
ますし投資も惜しみません。
私の身体は、今はモデルとして大金を産みますから
ダニエルは我慢して私の身体に傷をつける事はしません。
でもその代わり…彼の機嫌を少しでも損なうと、他の
虐待の対象になっている女性達が酷い目に合うのです。
皆、あの船に監禁されています。

なんて酷い!と沙織は叫んだ。
盟は、話は良く分かったし、僕たちが協力したい。
でもロージィ、貴方はどうして警察ではなく僕達にそれ
を打ち明けたのですか?と訪ねると、ロージィは諦めた
ように首を横に振った。

光政がそれを見て
「なるほど、もう日本の警察も買収されているのか」と
呟く。
言葉を無くす面々の中、ロージィが重々しく頷く。
ダニエルは、フランスでもアメリカでも警察や政治家に
取り入って多額の賄賂を渡し、麻薬の密売を続けて来た
と、そしてそれはこの日本でも同じで、彼は警察の
上層部に賄賂と…そして私のこの身を…
と、辛そうに自分の身を抱いた。

青冷める盟。ロージィは、唇を噛んで身を奮わせながら
「ダニエルに乗せられるまま有頂天になって、ラッキー
スターなどと呼ばれて女王のような気分になって…結局、
私のこの身体は…彼のビジネスの道具でしかありません
でした」
と苦しそうに打ち明けた。

光政は
「貴女はまだまだ若い。物事の善悪を完璧に判断するの
は難しい事だ。だからご自分を責めないで下さい。
これから先、いくらでもやり直せます」と宥めた。

ありがとうと涙ぐむロージィに、光政は問いかけた
「ところで、ダニエルの属している組織の名前か
愛称は分かりますかな?」
光政の問いかけに誰もが驚く。
ロージィは記憶を巡らせて
「確か…一度だけそれらしい相手から電話が入ったとき
私そばにいたのです。ダニエルは相手をネグロと呼び
受話器からかすかに聞こえた声はダニエルの事を、
パイパーもしくは…ペイパーと呼んでました」
うむと光政は頷いて、少し待って欲しいと席を外した。

残された者達は流れが読めず呆然としたが、すぐに盟は
「ロージィ、父が協力してくれる。だからもう安心して」
とロージィを落ち着かせた。
彼女は「こんな、突然の願いを聞き届けてくれて…」と
嬉しさに涙する。

沙織は
「ショーの終了後に抜け出したと聞きましたが、どうや
って?」と訪ねた。
ロージィは
「私は、普段からガードに監視されています。それはシ
ョーの間も。ただ、ショーの時は衣装換えや進行が激しい
ので<監視の隙は出来やすくなります。私とパティは、
ショーの初日に、最も監視から外れやすいタイミングを
見つけました。カーテンコールの後、モデル達がシャワー
と着替えに入ります。
日本のシャワー室は数が多いので、誰が何処に入ったか
分かりにくい事に気が付きました」

だから、カーテンコールが終わったすぐ後、パティから
変装用の着替えを受け取ったロージィは、シャワー室で
スタッフの一人に成りすまし、荷物を抱えて搬出に見せ
かけて会場を後にしたと、それが脱出のシナリオだった。

「僕を…選んだのは、どうして?」
と盟が思い切って訪ねたとき、光政が部屋に戻ってきた。

「マドモアゼル、貴女は…」
光政はロージィに近づいてきて、握手を求めた。
「?」
「貴女は、やはりラッキースターなのかもしれない」
呆然とするロージィの手を取って、光政は握手をした。

「父さん、どういう事ですか?」
盟の問いに、光政は皆に対して言った。
今、警備会社のトップと連絡を取った。今からここに来
るので、マダムロージィ貴女はその者に組織の事で知り
うる情報を伝えて欲しいと願った。

ロージィは、それは構いませんがと言いながら、突然の
展開についていけない様子だ。
父さん、僕たちにも分かるように説明をと盟も聞く。
光政は、サガがここに来たら話そう。それまではロージ
ィに休むよう促した。

****

時間は0時に近づいていた
その頃、ダニエル所有の客船内は緊張と険悪な空気に包
まれていた。
「逃しただと?!」
暴力団からロージィらしき女性の追跡に失敗したと報告
を受けたダニエルは、手に持っていたブランデーグラス
を壁に壁に叩き付けた。
報告したガードは首をすくめる。
「何が、都内の情報収集は任せろだ!しかし…」
ダニエルは忌々そうに船窓から東京湾の摩天楼を一望す
る。
「この日本に、あの女の手助けをする者がいたのか…
よし!来日してからロージィが関わった者一人一人を徹
底的に調べ上げろ!」

命を受けたガードと側近は、深く頭を下げて室内から去
って行った。
一人居間に残ったダニエルは、花瓶に飾られている
鮮やかなバラの花束を引き抜いて床に叩きつけ、靴底で
踏みにじる。

「あの恩知らずが…ニースの潮と砂で薄汚れていた
田舎娘を、ここまでの地位に持ち上げたのは、一体誰
だと思っている!!」



Back   Next   Index