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その日の夜、盟は中々寝付けなかった。
ベットに入って目を閉じると、瞼の裏には数時間前に
パーティで会ったロージィの姿が次々と浮かび上がって
くる。

露出の高い純白のドレスから覗く豊満な肉体と、張りの
ある肌。長く伸びた手足と、紅色に煌く宝飾品。
艶やかに微笑みながら自分に歩み寄り、しなやかな指が
伸びて盟の手からフロリダを取り、ローズレッドの唇を
カクテルに触れさせる。
ルージュの付いたグラスを再び手渡され、また艶やかに
微笑み返す。

盟の胸は高鳴り、手に持つカクテルグラスは震え、縁に
付いたルージュの片鱗に、理性は打ち消える。
何のためらいも無くグラスに口付け、甘酸っぱいカク
テルを飲み干す盟。
顔を上げると、既にロージィは背を向け遠ざかっていた。
露になった背中は、たおやかな女性の背筋から
鍛え上げられた男の背に変わっていき
振り向いた横顔の、瞼が開くと
鈍い、ダークグレイの瞳が覗いた。

そこで盟は、はっと目を覚ました。
知らぬ間に寝入って、夢から覚めたときはもう明け方で
あった。
「なんて夢だ・・・」
自身に嫌悪して、腕で顔を覆う。

****

盟が朝食の席に着くと、先に食事をしていた沙織が
昨日のパーティの話を持ちかけてきた。
ロージィが兄様と同じカクテルを頼んだのはどうしてと
興味半分に問われ
「ショーのリハーサルやレッスンに備えて、アルコール
は控えたいって、それだけだった」と
少し焦り気味に答えた。
沙織は「へえ、でも本当の事かもしれないわ。ロージィは
毎日最低でも、5時間はダンスレッスンすると雑誌に書い
てあったの」と返した。

生真面目な女性なんだなと、盟は素直にそう感じた。

****

都内某所のスタジオでは、ロージィを始めとする
20余人のモデルとダンサーを兼ねた女性パフォーマー達が、
数日後に控えたショーのレッスンに余念が無かった。
だが、経験の無い日本の湿気の激さに殆どのメンバーが
すぐにダウンして行く。

そんな中、ロージィ一人が熱心ラレッスンを続ける。
周囲のメンバーは彼女のスタミナに感心しながらも噂話を
する。
彼女の練習熱心さは、夫と共にいる時間を少なくするた
めと、ショーで少しのミスでもしようなら完璧主義の
ダニエル氏から罰を喰らうと。

生存競争の激しいこの業界では、誰もが相手の足を引っ
張ることに余念が無い。
ロージィは、そんな陰口を囁かれているのも気付いて
いたが、聞こえないふりをして汗に塗れながらレッスンを
続けた。

時間は夕刻、突然レッスン場に大きく手を打つ音が響く。
スーツに身を固めたダニエルが現れ、頬を引きつらせた
笑みを向けて
「練習熱心もいいけれど、6時から会食だよロージィ」
と苛立ちを抑えて語った。
「すいません、つい夢中になって」
言い訳はいいからすぐに身支度をときつく言われ、ロージィ
は汗を拭きながら、夕陽に照らされる東京の街の中央に
そびえるタワーを、暫し見つめた。

****

チャイナ風のドレスに着替えたロージィは、夫と共に
とある料亭に向かっていた。
会食の相手は、日本で総合アミューズメントパークを
運営している社長と紹介された。
しかし、それが表向きの肩書きであることをロージィは
勘で悟っていた。
常人とは違う険しい表情と、派手すぎる時計や宝飾。
自分を、いや女の肉体を嘗め回すように眺める卑しい
目つき。

ロージィは、ここに同席した訳を知っていた。
食事も進んで、ロージィは接待の相手から酒を勧めら
れた
一度は断るが、ダニエルに「受けないのは礼儀に反する」
と圧され、震える手でその杯を煽った。

次の瞬間、身体の力が全て抜けて目の前が霞み、
ロージィは、深い眠りに落とされた。
酒を勧めた男は、睡眠薬の効き目に感心する。
「なるほど、これは凄い」
ダニエルはロージィの寝姿を整えながら
「こんな薬は子供騙しですよ。来週にでも、どんな女も
堕ちる薬や、快楽が持続する薬を」

そういいながら、ロージィのドレスを手早くはぎとって
いく。
黒のレース製の、男を挑発する艶かしいランジェリーで
しどけなく横たわっている女体を目の前にして客は浮か
れた。

「この国での取引に協力してくれるお礼ですよ。
目が覚めないうちに、お召し上がり下さい」

そう語る目が、卑しく光った。

****

ロージィが再び目を覚ましたのは、帰りのリムジンの中
だった。
「ようやくお目覚めかい?随分酔いが回るのが早かった
ね、レッスンのし過ぎかな」
わざとらしい問いかけに、ロージィは気取られぬように
拳を握り締め、ただ耐えるしかなかった。

****

それから数日後、いよいよショーの初日が来た。
都内の5000人収納のホールには、若い女性を中心とし
た客が押し寄せ列を成して入場している。

控え室でその様子を見下ろしながらはしゃぐ様に語る
沙織と、書類に目を通しながら相槌を打つ盟。
他に室内には数人のガードがいた。
光政は、ダニエル氏に開演前の挨拶に出向いていた。

今回のショーは東京で3回、大阪で2回。
チケットは約10分で完売だと、沙織は眼下の観客を
見下ろしながら説明する。
観客達の中には、ロージィが身につけたコレクションの
レプリカを纏って髪型も真似ている者も少なくない。

沙織は、席が最前列なのは嬉しいけれど、あの娘達も
少し羨ましいわとぼやいた。
盟は、あんな格好したらお父様が家から出さないよと
軽く嗜める。

そろそろ時間ですと促され席を立つ二人。
盟は「それにしてもまるで、有名アーティストの
コンサート並だね」
と眼下の熱狂振りを見て半分呆れたように言う。
沙織は、それは兄様も一度観れば分かるわ。
それに今日からのショーは、秋の新作が世界で一番
始めに公開されるから、尚更熱が増しているのよ。
そう語る沙織の眼も、一層輝いていた。

パンフレットをもらって、最前列の客席へと案内される
二人。
盟はでもどうして、今回のツアーはチャリティーが名目
なんだろうと呟く。
沙織は、寄付対象はチケットの売り上げだけ、ここで販売
されるグッズ類や新作デザインの予約注文、メディアへの
出演等で、可也な売り上げになると耳打ちする。
盟は、結局は売名と宣伝か、でもどうして父様はそんな話を
受けてスポンサーになったのだろうと疑問が沸いたが、口に
は出さなかった。

程なくして光政が現れ、今からの時間は私には理解出来ない
かも知れないがお前達は楽しめるかもしれんなと軽く笑い
ながら呟いた。

ショーの出演者は、ロージィのみではない。
実力のあるバックバンドとコーラス、約20名のモデル
達で
中でもロージィを筆頭にした3名のモデルが主役クラス
でショーが展開される。

場内灯が消え、イントロが始まっただけで客席は沸き上
がった。
悲鳴にも近い喚声に、光政はもちろん盟も腰を引く。
幕が開いて、派手に飾り付けられたデニム地のカジュア
ルルックで現れたモデルたちは、激しいダンスに一糸の
乱れも無い。
だがまだそこにロージィの姿は無い。
十数人のモデルのダンスやリアクションの凄さに、沙織
はもちろん盟の心も沸き上がった。

曲の中盤で、舞台中央の奈落から突然ジャンプと共に現
れる三人のモデルに、観客は一気にどよめく。
それは、会場の壁や床を振動させる程の喚声だった。
三人の中心に、ロージィがいた。

色あせたデニムジャケットに派手に飾り付けられたジル
コンやスパンコール。ミニスカートにスパッツ姿で、
どのモデルよりも軽快なステップで脚の動きが目に止ま
らないほどの激しいダンスで舞台の前方へと出てくる。
ライトを全身に浴びて、誰よりも巧みに舞うロージィの
姿に盟は瞬きすら忘れてただ魅入った。

一曲が終わり、トップモデルの華麗な出現を観客の少女
達は悲鳴と感涙で迎えた。

その後、盟の目は舞台に釘付けになっていた。
ダンスを始め、めまぐるしく変わる衣装と演出
常に舞台の中心にいて、時に軽快に、時にセクシーにそ

多彩な魅力を次々に演じるロージィを見て、これが
世界を魅了するモデルの実力だと理解した。

ショーのラストは、今期の秋から冬に掛けて発売される
発表だった。
一斉にライトアップされた衣装は、フォーマルウェアで
ある。
常にカジュアルなスタイルを保ってきたこのブランドが
初めてカジュアルに挑戦してきた事に観客は感嘆の
声を上げた。
そのデザインは一見すると、かなり際どいドレス類であ
る。
ミニやスリットの入った、脚部を露出したスタイル。
上半身もビキニのようなビスチェが主流である。
だが、下は素肌ではなく肌色のタイツ地に色とりどりの
ジルコンが付けられた、アクセサリーとタトゥーを
兼ねたデザインのアンダーを身につけている。

ロージィは、ローズレッドのジルコンが薔薇模様に散り
ばめられたアンダーに、胸部だけを隠す黒のビスチェと、
黒地のパンツ、ジルコンの輝くハイヒール姿で激しい
ステップと跳躍を繰り返しながら舞台前方まで出て
ポーズを決めた。
薔薇色の煌きと大歓声を纏って舞台上で笑みを向ける
彼女は、まさに女王と呼ぶに相応しい存在であった。

ラストは、デザイナーのパティとモデル達が一斉に
出て丁寧に礼をするカーテンコールで、全てのショー
が幕を閉じた。

盟は、沙織に肩を叩かれてやっと正気に戻り、
「お兄様にも、やっと理解してもらえたかしら?」
という問いに、観念したように「ああ」と頷いた。

****

ショーの初日が終わったその3時間後、開催を祝う
名目で、ダニエル氏主催のパーティが開催された。

会場は、先のパーティで姿を見せた、ダニエル所有
の客船ラヴィアン・ローズ号のレセプションホール
である。

パーティーに招待された光政と盟、そして沙織は客船は
もちろん、ホールの豪華さに感嘆していた。
沙織は、この船の半分はロージィの活躍で創られたの
でしょうと言った。
彼女がショーで身に付けた衣装だけでも、一着数千万円
の値段がつき、コピーでも同ブランドなら数百〜数十万円
プレタクチュールでそれは破格の値段だという。

盟が良く分からないと言うと沙織は、プレタクチュール
は既製のパターンを個別にあつらえる形の半オーダー
メイドスタイル。
逆に一着だけ個人の為にデザインから縫製まで行うのが
オートクチュール。
プレタクチュールで百万超えるのは常識外なのと早口で
解説した。
「そして、全てのコレクションは、この船の最下層に
厳重に管理されているらしいわ。金額にして、日本円
で30億とも50億とも言われているみたい…」
最後にそう沙織は付け足した。

パーティーが始まり、主催のダニエル氏とモデル達が
本日のショーのラストで身に付けたフォーマルを纏って
現れた。
その演出にまた会場が沸く。
最期に登場したロージィは、ショーの時のパンツ姿では
なく、腰までスリットの入ったロングタイトで、脇から
覗く形の良い脚に薔薇色のジルコンを散りばめたタイツを
着用していた。

盟はオレンジジュースを片手に、ロージィの姿を遠くか
ら見つめていた。いや、魅入っていた。
ショーで観たエネルギッシュなダンスを思い出し、胸が
ときめく。

その夜のパーティーは、東京湾をクルーズしながらのビ
ュッフェスタイルで、モデル達がコンパニオンのように
振舞って招待客の目を楽しませていた。

光政は、必要以上に色香を振りまくモデルたちと、卑し
い客の目、その中央にいて時折小声で談笑するダニエル氏
の姿に眉をひそめていた。

盟は、窓際にもたれて飲み物を傾けながら、薔薇色に輝
くロージィを目で追っていた。
客の中心にいて次々と挨拶を交わし、艶やかな笑みで周
囲を魅了する。
近づく隙なんか無いなと、ふいに溜息が漏れる。

ふいに盟の側についていたガードのダンテが「ずっと見
てらっしゃいますね」と声を掛け、盟は顔を赤くして
「いや…彼女のガードも大変だなって…あんなに多くの
人に囲まれているし、トップモデルだからガードも多い
なって」
と慌てて言い訳をする。

それに対しダンテは少し考え込んで
「確かに…警備は厳重ですが、少し違和感が…」
と独り言のように語った。
盟が、いったい何が気にかかるのかと聞くと
「実は、先日のパーティの後も皆で話したのですが…」
そう言いかけたとき、沙織が小走りに近づいてきた。
「兄様、こんな所でくすぶっていないで、ロージィに挨
拶なさらなくていいの?」
そう勘ぐるように訪ねる沙織に、他の客が挨拶している
から後でと盟ははぐらかした

ロージィの耳は、沙織と盟の声に反応した。
接客を続けながら、窓際にいる二人の兄弟をちらりと見
る。
その日の二人の出で立ちは、沙織がどうしてもとせがん
でオーダーした、ロージィをイメージしたローズレッドの
カクテルドレスに淡いピンクのショールをまとっており、
盟も黒のフォーマルスーツの首元に、沙織のドレスと
同じ色のシルクスカーフを付けていた。
ロージィはボーイを呼ぶと小声である注文をした。

程なくして、盟と沙織にボーイからカクテルが渡された。
それは、鮮やかな紅色のフローズンカクテルで、短めの
ストローが付いている。
ポーイから、ストロベリー・マルガリータのノンアルコ
ール版で、マダムロージィからお二人へと説明された。

突然の贈り物に、流石の城戸兄弟も呆然とする。
そんな二人の元に、同じカクテルを片手にロージィが
近づいて来た。
「お二人のお召し物をイメージしたカクテルよ、
お気にいって頂けた?」
と笑顔で近づく彼女に、盟は再び胸が高鳴る。
「それはもう…」と言いかけた盟の前に沙織が出て、
今日のショーの素晴らしさを次々に褒め始めた。

ショーの演出や新作の衣装の質問と、沙織が矢継ぎ早に
ロージィに話し続けるため、盟は苦笑して仕方ないと二人
を遠目に見ながら、贈られたカクテルを口にした。
ストロベリーの果汁が際立った甘酸っぱい風味と冷たさ
が口に広がる。
レモンがかすかに利いていて爽やかな後味だ。
しかし、それはあくまで未成年のためにあつらえたノン
アルコールの飲み物で、気遣いとは分かっていても、
子供扱いされている感が拭えない。

水着姿のような際どいドレスを纏う完璧な身体に、
ローズレッドの輝きをちりばめている彼の女の横顔を
じっと見る。
跳ね上がった銀髪と肌の色に、再びあの姿が過ぎった。
こんなパーティの時は、常に自分の側にいて、何時でも
警護の視線を絶やさなかった、あの後姿。

ロージィは、盟を横目でちらりと見た。
また、あの視線を感じる。
熱く、それでいて切なそうに向けられる瞳。
自分を見ているはずなのに、どこか空ろで哀しさすら
ある。

ロージィの目線が盟に向けられた事に気付いた沙織は、
私ばかり独り占めしても良くないわと含みを持たせて
その場から立ち去った。
ロージィは改めて盟に、今日は来てくれてありがとうと
柔らかい笑みを向けて近づく。
盟は赤くなった頬を気取られないように、深くお辞儀を
してカクテルの礼を述べると
「本日のショーを拝見して、改めてファンになりました」
ともう一度頭を下げた。
舞台の上の貴女は、とてもエネルギッシュで、華麗で
世界中に多くのファンがいるのが納得出来ますと、熱く
語る。

ロージィは「グラードの後継者に褒められるなんて、光
栄ですわ」
と、窓際にカクテルグラスを置いて艶やかに微笑んだ。
そのまま、窓の外に広がる東京湾岸の夜景を見つめなが
ら、ロージィは
「ねぇ…」と切り出した。
盟もまた窓際に近づき、同じようにカクテルを置いてロ
ージィの視線の先を追う。
「貴方は、あのタワーを訪れた事はあるの?」
突然の問いに、盟は少なからず驚いた。
「ええ、一度だけ…子供の頃」
ロージィは、その時の思い出話があれば聞きたいわと尋
ねて来た。
何故そんな事をと盟は思ったが、ロージィの笑顔に惹か
れ、盟は少しでも長く見つめていたいと話を切り出した。

「僕は、生まれた時からずっと、お付人に囲まれていま
したから、それが疎ましくなって、たまに逃げ出して
いたんです」
そう打ち明けながら首をすくめて笑う盟に、少し驚いた
顔を向けるロージィ。
「…そうなの、でも男の子なら当たり前かしら」
「ええまあ…それで、5−6歳の時、父にせがんでタワ
ーに連れて行ってもらったとき、階段を見つけたんです、
下りの」
「階段、もしかしたらそれを降りて?」
「ガラスの無い状態で外が見えるのが面白くて、そのま
まずっと下って行きました。降りた所にある遊具で遊んで
いたら、お付きが慌てて走って来て…そして父に拳骨を
喰らいました」
まあ…とロージィは少し声を上げて笑ったあと
「そこが、貴方の思い出の場所なのね、面白い話をあり
がとう」
とカクテルグラスを手に取ると、軽くお辞儀をした。
盟は、こんな下らない話で引きとめてすいませんでした
と我に返って詫びると、ロージィは
「いいえ、とても良い話」と
静かに首を振って踵を返し、また、他の客に会釈を交わ
した。

盟は心に空しさを覚え、紅色のカクテルを手にする。
そこで、ある事に気が付いた。
カクテルの量が、若干違っている。
確かに何口か飲んだのに、手元にあるグラスの中は量が
増えている。
次に盟が驚いたのは、二本揃えて刺してあるストローの
一本の中に、何か白いものが見えた。
細く巻いた紙が、ストローの内部に入れてある。

間違いなくそれは、ロージィのカクテルであった。
グラスを持つ盟の手が震える。夜の窓ガラスを見ると、
そこに映るロージィの背中は何変わった風も無く、数人の
客と談笑していた。
盟はもう一度、手元のカクテルを見た。
明らかに、何かを意図してストローに差し込んだ紙片。
ロージィは席を立つ時、敢えて盟のカクテルグラスを
取って去った。
いや正確には、自分のカクテルを盟に渡した。

盟は周囲に気取られぬように、紙片の入ったストローを
手の中に収めると、ボーイにトイレの場所を聞いて
会場を後にした。

トイレの個室の中で盟は、ストローの中から紙片を
取り出してそれを広げた。
鉛筆で、小さく書かれたフランス語のメッセージ

「明後日、ショーが終わったら
 貴方の思い出の場所で、貴方を待っています。
 どうしてもお願いしたいことがあります。
 身勝手ですいませんが、この事は誰にも言わないで
 下さい。」

どういう事だと、盟は呆然とした。
手紙の真意を推し量る余裕も無く、盟は現実感すら
薄れて何も考えられなかった。
少し経って、そろそろ出なければ怪しまれると
我に返り、紙片をしまおうとした時
自分の左指に、赤い染みを見つけた。
それは、ストローに付いていたロージィのルージュだ
彼の女の艶やかな唇を彩るルージュの片鱗が、
盟の指に跡を残した。

盟は、自身の鼓動が激しく鳴り響いて、軽い頭痛と
眩暈を覚えながらも、指についた紅を拭き取ろうと
ペーパーを手にした。
その時、脳裏に過ぎったのは、初めてのパーティで見た
ロージィの面影。
艶やかに微笑みながら、フロリダを傾けるローズレッド
の唇。

盟は、震える左手を目の前に掲げ、人差し指の脇に
残された紅をもう一度見つめた瞬間、衝動で紅の跡に口
付けると
その場に、苦しそうにうずくまった。

「貴方の思い出の場所で、貴方を待っています」

メッセージの一部が、彼女の声で心に響き、
盟の胸は苦しさに締め付けられながらも
一年前
叶わない恋情に身を焦がしたあの時のように

熱く、滾っていた。


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