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件の事件から、一ヶ月が過ぎた。

世間は年末の慌しい時期に入り、盟もリハビリを兼ねな
がら少しずつ業務に戻って行った。

盟が、一週間のヨーロッパ出張を終えて城戸低に戻った
週末。
邸内で、階段を昇りながら何かの書類に目を通している
ロージィがいた。
盟は明るい顔で近づき「脚の具合は大丈夫なの?」と尋
ねると

「今リハビリ中。もう普通に歩いたり少し走る分には大
丈夫よ。ダンスのような激しい動きは無理だけれど」

と柔らかい笑顔で返した。

少し休憩をと二人は居間に入り、ロージィは手に持って
いた書類の話をする。
ダニエルが経営していたレストランの買取を希望してい
る企業のうち3社まで絞ったけれどそこで迷っていると

「どの会社も、提携の牧場や農家を所有していて食材に
は真面目にとり組んでいるわ。調理人の腕も大切にして
くれるようだし…」

真剣な顔で、書類を幾度も読み返すロージィの左手に光
る結婚指輪に、盟の胸が締め付けられた。

ロージィは、ダニエルや自分の財産の処分が全て終わる
まで、この指輪は外さないと公言した。

だから、一日でも早く事を進めたいと。

辰巳やニコルの話では、ロージィは脚のリハビリにも
励み、財産処理の仕事を昼夜休まずに取り組み続け、
手練の会計士や弁護士等が感心するほど飲み込み
が早く積極的だという。

ただ、余りにも生真面目すぎて余り休んでおられないの
で身体を壊すのではと心配もしていた。

「ロージィ…」

話の途中、盟が少し辛そうに切り出した。

「どうしたの?盟」
「無理、してない?根詰め過ぎないで…」

その言葉に、ロージィは笑って首を振った。

「城戸低の皆様には世話になって、自由に振舞わせても
らっているわ。だから今は。毎日が充実しているの、時間
に余裕も出来たから、料理も教えてもらっているのよ」
「料理も?大丈夫なの、そんな色々抱えて…」
「むしろ気分転換になるわ、楽しいの」

無邪気に答えるロージィの一挙一動に、盟の胸はかき乱
され、胸が切なくなる。

ロージィの父親の最期は、盟が入院してから10日後にロ
ージィ自身から聞かされた。
今まで盟に黙っていたのは、貴方に治療に専念して欲し
かったからなのと詫びるロージィに、辛さと悔しさはあった。

だが、肉親の死を目の前にしてそれでも前向きに生きよう
とする彼女に弱い所は見せられないと、盟は真剣に治療を
行い、人の倍もリハビリを進め、予想より半月も早く仕事に
戻っていた。

「それよりも盟、貴方の方が無理してない?リハビリ途中
なのに長期出張なんて」
「…僕はデスクワーク中心だから。アクション俳優なら
職務復帰できないんだろうけどね」

と苦笑して返し、二人明るく笑った。

****

その日の夜。
盟は自室で一人、業務確認の書類に目を通していた。
ふと卓上のカレンダーが目に入り、溜息が漏れる。

ロージィは、財産整理が終わり、身体も治ればニースに
戻る。
そして、父親の意思を継いでレストランを再開させる。

それは、ロージィもそして盟も望んでいた道であり、確
実にその方向へと進んでいた。
二ヶ月前、自分たちへ助けを求め、危機感と不安に張り
詰めていた彼女は、日に日に凛々しく朗らかな女性に
なっていく。

あの包み込むような柔らかい笑顔を思い出すたび、盟の
胸は切さで締め付けられた。

盟は、カレンダーを手に取ると、真剣な眼差しで見つめ
た。

****

その翌週、出張から戻ってきた盟は城戸低に付くと、真
っ先にロージィの部屋を訪れた。

「昨日ニコルから聞いたんだけど、グラードに自分の財
産を寄付するの?」
「ええ、城戸家の皆様には本当に世話になったわ。です
から、残った分はグラードで経営している施設に充てて
下さい」

ロージィは、ダニエルの遺産の全てを、彼から身体被害
を受けた女性達への治療費、ロージィの父と同じく詐欺
まがいの乗っ取りに合った法人への賠償金。
そして麻薬中毒患者の厚生施設と、麻薬撲滅運動への寄
付に充てた。

彼女自身がモデルとして得た収入は、デザイナーへの出
資や契約解約の賠償金、財産処理に携わったスタッフへ
の支払いに使った。
それでも、日本円にして数億円の余剰金を全て、グラード
財団に寄付したのである。

「ロージィ…でも、君はこれからどうするの?」
「大丈夫、ニースの家もお店も元に戻せたし…」

そう言いながら左手に光る結婚指輪を外した。

「やっと最後の仕事…チェーン店の譲渡が終わったの。
これで縁が切れるわ」

ふふと笑って、外した指輪を爪の先で突く。

「私は、これを売ったお金で十分。下取りしてもらった
ら、仕事を探すまでの生活費くらいにはなりそうよ」
「そんな…」
「余り多く手元にあり過ぎると、だらけちゃって次の
ステップに踏み出せないから」

盟は、外された指輪に視線を移し、ぐっと息を飲んだ。
やっと、言い出せると。

「ロージィ…」
「何?」

丸いルビーのような愛くるしい目を向けられて、盟は言
い出したかった言葉が喉の奥に戻ってしまった。

「あ、あの…ニースに、戻ったら…いよいよ、レストラン
再開?」

ロージィは苦笑して首を振った。

「今の腕じゃ全然ダメ。まずはちゃんとした料理人の元で
何年か修行しなきゃ」
「そ、そうだよね、うん、大変だ…」

違う、そんな話をしたいんじゃないと盟は自分に言い聞
かせ大きく息を吸うと、もう一度ロージィを真っ直ぐに見た。

「ロージィ、来週の木曜…空いてる?」
「え?ええ、平気よ」

盟は、震える指で膝を握り締めて、荒くなりそうな呼吸
を整える。

「君が、良かったら…その日一日、デートしたい」
「え?」

生真面目な表情で、耳まで真っ赤になりながらも目を逸
らそうとしない盟の様子に、ロージィは少し呆然としたが、
やがて胸が熱くなってきた。

「本当はイブの日に、したいんだけど…僕と沙織は、ボ
ランティアがあって…」
「辰巳さんから聞いたわ、施設への訪問なのね、偉いわ」
「あ、ありがとう。それで、その前に…君が良かったら」
「ええ、是非。とっても楽しみ」

にっこりと笑い、二つ返事で承諾されて盟は
逆にただ呆然として、しばらく言葉も表情も失った。

****

その日の夜遅く
辰巳は、盟の部屋に呼ばれた。

「お願いっ!!お前にしか頼めないんだっ!」

部屋に入るなり、深く頭を下げて手を合わせている盟が
目の前にいる。

どうかお手を上げて下さい、何があったのですかと慌て
る辰巳に盟は、ロージィをデートに誘った事を正直に伝えた。

その上でまず、デートの事は光政と何よりも沙織には伏
せておいて欲しいと念を押した。
深く頷く辰巳に「それと…」と気まずそうに切り出す。

「難しいと思うけれど、何処か夜景の綺麗な場所でディ
ナーの予約と…あと…」

盟は顔を真っ赤にして、極々小さな声になると
最後の願いを、辰巳に伝えた。

****

翌週の木曜。
その日、冷え込みはしたが雲一つ無い晴天だった。
盟とロージィは、深く帽子を被ってサングラスをかけ
服もカジュアルな男物で車に乗り込んだ。

前もって盟は。ロージィにどこか行きたい所はあると希
望を尋ねロージィは、日本らしい所と無邪気に答えた。

車の中で盟は「ちょっと恥ずかしいけど…」と東京観光
案内のハンドブックを取り出す。
どうしてと目を丸くするロージィに
「僕、以前はイタリアに留学してたし、日本に戻ってから
も仕事ばかりだから、観光スポットなんて全然知らないん
だ…」
そうばつが悪そうに言う。
ロージィは笑って
「そう言えば私も、フランスの生まれなのにパリの街に
全然詳しくないわ!」
だから今日は、このハンドブックに頼りましょうと
二人明るく笑った。

始めに降りたのは浅草、そこから船に乗って台場、秋葉
原、新宿、原宿、池袋と定番スポットを回る。
ロージィはもちろんだが盟も
「普段電車に乗らないし、ウィンドウショッピングも付き合
ったことが無いから、凄く楽しい」
と心から喜んだ。

夕刻にさしかかった頃、ロージィは
「まだ、あそこに行ってなかったわね」
と、ビルの合間にそびえ立つ、赤いタワーを指差した。

****

二人、東京タワーの展望台に上がり、夕闇迫る東京の街
を見下ろす。
ロージィは盟の耳元で
「あの場所に、もう一度行かない?」と囁く。
盟はすぐに気付いて頷き
「思い出の場所だね?」と微笑んで返した。

タワーの非常階段を下りながら、盟は思い出したように
尋ねる

「そう言えば…どうして君は、この場所を指定してきたの?」

そう問われてロージィは恥ずかしそうに頬を染め、踊り場の
柵に背を預け、ネット越しの夜景を見つめながら答えた。

「だって私…ニッポンに来るのは始めてだから…一番目立つ
ところしか知らなくて…」

と済まなそうに顔を赤くして小さく頭を下げた。
余りにも単純な理由に、盟は暫くぽかんと口を開けるしか
なかったが
「そ、そうだね…僕も、同じ立場ならそうしたと思う」
と唖然としながら応えた。

盟は「ここは寒いね、それに君の足が心配だ。エレベー
ターで下ろう」と彼女の手を取る。
ロージィは
「もうそろそろディナータイムね、お勧めはあるの?」
と明るく返した。
途端に盟は俯いて赤くなり、しどろもどろに答える。

「あの、今…言うけど」
「ええ」
「夜景の素敵なレストラン…探したけど、今は何処も予
約が一杯で」
「飛び込みでも、構わないわよ」
「それで…もう予約したんだけど」
「え?」

盟の顔は、ますます真っ赤になった。

「ホテルの、スイート…空いてたから、そこでルームサー
ビスでディナー…」
「・・・・・」
「もし嫌ならいいんだ!ごめん、君に相談も無しに…」
「…どうして、謝るの?」
「ロージィ…」
「私、なんだか今、凄くドキドキして…足元がフワフワ
している。なんて…素敵なディナーなの」

いいの?と盟は念を押す。
微笑んで頷くロージィの頬も、また赤く染まっていた。

「盟、でもいいのかしら私なんかと…そんな場所に」
「私なんかって、言わないで下さい」
「盟…」
「貴方が指輪を外したら…そう決めてました」
「・・・・・」
「僕も、君がニースに戻ってシェフになる日を…夢が叶
う日を望んでいます。でも…でも、たった一日でいいから、
こうして過ごしたかった」
盟は夢中でロージィを引き寄せ、背に手を回した。

「今日一日、君を独り占めにしたい」

ロージィの瞼が震え、目が潤む。
盟の背に手を回し、肩に頬を寄せた。

「嬉しい。とっても嬉しい…」
「本当に?」
「ええ、長年の夢が叶った気分」
「夢…?」

ロージィは少し瞼を伏せ、恥かしげに微笑む。

「女の子は誰でも、王子様を待っているの」

そして、どちらからとも無く目を閉じ
二人の唇が、重ね合った。

****

地上40階のスイートルーム。
先にスーツに着替えた盟は窓際に腰掛け、摩天楼を見下
ろしていた。
暫くして、ドアがノックされロージィの声がする。
盟は小走りにドアに行き、呼吸を整えてドアを開けた。

鮮やかなレッドの、マーメイドラインのドレスを纏い、煌く
ダイヤのピアスとチョーカーで飾られ、メイクを施した美し
い女性がそこに立っている。

「綺麗だ…凄く」
「このスタイルも、久し振りだわ」

ロージィは小首を傾げて軽く笑う。
盟は彼女の背に手を回し、室内にエスコートした。

「すごく素敵だよ。やっぱり、世界のトップモデルだ」
「ありがとう。この部屋も、夜景も、とても素敵」

窓際のテーブルに招き、ロージィを座らせると盟は
ルームサービスのメニューを渡し

「ご注文をどうぞ、マダム」

と、丁寧に礼をした。

ロージィは「まずは、あのカクテルを」と盟に微笑む。

「あの…って」
「私と貴方が、始めて会ったときに頼んだ」
「ああ、フロリダ!!」

そう!とロージィも無邪気に声を上げ、明るい笑いが室
内に響いた。

****

摩天楼を眺めながらのディナーは楽しく過ぎて、食後の
デミコーヒーを傾けながら、盟は少し戸惑った表情にな
った。

(この後・・・って、どう切り出そう)

いよいよ、二人きりの夜を迎えるという事実が、盟にプ
レッシャーとなってのしかかる。
盟はこの重大な時間を前に、少しではあるが男女のノウ
ハウに目を通していた。

(やっぱり、僕から誘い掛けないと…いけないんだよな。
でも余り露骨じゃなくてさりげなく、品を忘れずに…うん
…どうしよう)

そんな盟の胸の内を知ってか知らずか、ロージィはうっ
とりとした表情でコーヒーを傾けながら摩天楼を眺めて
いた。

「ねぇ盟?」
「えっ…あっ、はい!」
「城戸邸ってどっちの方向かしら?」
「え?ええ?…レインボーブリッジがそっちだから…この
指の先かな」

ロージィの言葉に流されて地理の説明をする自分に、盟
は何か物悲しさを感じずにはいられなかった。
ロージィは腰を上げると、ワゴンにコーヒーカップを移す。

「え?」
「廊下に出しておきましょう、ポーターが片付けやすいわ」
「え、そうだね…僕が!」

盟の申し出をやんわりと断って、ロージィはワゴンを外
に出しに行った。

(僕何してるんだろう・・・・しっかりしろよもう!)

一人部屋で、軽く自分の頭を拳でこずいた。
ロージィは部屋に戻るとアクセサリーを外しながら

「素敵なディナーだったわ、ねえ盟」
「あ、はい」
「シャワー…浴びない?」

その問いに、盟の心臓は大きく波打つ。

「盟、先に…」
「う、ううん!ロージィ、君がさ…先でいいよ」

盟は何度も首を振って、テレビを付ける。

「ぼ、僕、いつもニュースチェックするから、うん」
「そう…じゃあ、先に…あ、ごめんなさい盟」
「ど、どうしたの?」

ロージィは、背中に手を当てて少し困ったような顔にな
る。

「ドレスのホック、外して頂けないかしら…他は自分で
出来るのだけれど」

盟の全身にどっと汗が沸いた。
しかし断る術も無く、ロージィの背中のホックに手を掛ける。
滑らかな肌と、美しい背中のラインを目の前に、盟の鼓動
は全身を揺らした。
落ち着け落ち着けと何度も言い聞かせながら、手の震え
を必死に押さえて小さなホックを外す。

「は、外れました」
「ありがとう、後は自分で出来るわ」
「そ、じゃ、じゃあ僕は…」

盟は慌てて背を向けると、窓際へと向かって夜景を眺め
ようとした。
だが、夜のガラス窓にはロージィの姿が映っていた。
背中のジッパーを下げ、紅色のドレスを手早く脱いでいる。
その下は、白いコルセットとガーターストッキング、際どい
Tバックのスキャンテイ。

(わっ!)

それが目の前の窓ガラスに写り、盟は慌てて視線を逸ら
したが、その先には下着姿でバスルームに向かうロージィ
の、艶かしい後姿があった。

何処に視線を移していいのか内心慌てふためいている盟
に気づかず、ロージィはバスルームへと消えていく。

全身どっと汗が滲み出た盟は、ぐったりとして椅子に座
り窓ガラスにもたれかかる。
その耳に、シャワーの音が届いてきた。

以前ネットで見た、ロージィのセミヌードのポスター。
艶やかな肌、なだらかに曲線を描く背中や項、くびれた腰。
その裸身に湯が流れ落ちる様子を胸に描いて、また盟の
顔がのぼせ上がる。

(どうしよう…)

今日のデートに備えて、色々と段取りは考えてきた。
無論、男女の事に及んだ時の筋立ても、色々と調べて落
ち度が無いよう彼なりに、組み立てたつもりだった。
しかしいざとなると、余りにも艶やかなロージィの姿を前に
して、盟の頭は空白になってしまった。

(この後彼女が出てきたら…僕がシャワー浴びるんだよ
な…その後は…ああもう駄目だ、何も考えられない)

盟が途方に暮れてからどのくらい経っただろうか、シャワ
ーの水音が止み、バスローブ姿で頭部にタオルを巻いた
ロージィが出てきた。

「…待たせてごめんなさい。盟?」

テレビを付けたままソファにぐったりともたれかかって
いる盟を見て、不安そうに近寄る。

「盟、もしかしたら眠いの」
「…えっ?い、いや…少し考え事してて…じゃ、シャワー
浴びてくるよ!」

ロージィに目を合わせず、盟は慌てるように上着を脱ぎ
捨て足早にシャワー室へと向かった。

頭から湯を浴びながら、盟はこの後の筋立てを考えられ
ず、ただ内心うろたえていた。
先程垣間見た艶かしい下着姿がちらつくたび、期待より
も不安ばかりが募る。

(子供なんだよな…僕は…彼女から見て)

そんな自分が、完璧な女性をリードしなければならないプ
レッシャーに、ただ頭を抱えた。

しかし、このまま湯に浸かり続ける訳にはいかない。
それにここまで来てしまったのだから、今は正直に気持ち
を告げるしかないと、盟はローブを身に着けて室内へと戻
った。

ロージィは窓の側に座り、ミネラルウォーターを側に置いて
夜景を眺めている。

「ロージィ…身体、冷えるよ」

盟の呼びかけに、ロージィはうんと頷きながら、ただ外を
見ている。
ロージィの視線の先を追って、彼女が何を見ているのか
すぐに気がついた。

「タワーか、さっきまで僕たち、あそこにいたんだね」
「ええ、思い出していたの。日本に来てからのこと」
「二ヶ月の間に、色々あったね」
「なんだか夢のよう…こうして自由に振舞えるなんて」

深く息をついて微笑むロージィの愛らしい口元や、胸元
に目が行って盟の鼓動が大きくなる。

「…君の、勇気ある行動の成果だよ」
「いいえ、貴方と…貴方の信じる人たちのお陰」
「ロージィ」
「一生、忘れない」

真っ直ぐに向けられたルビーの瞳の美しさに、盟は思わ
ずロージィの背に腕を回し、自らに引き寄せた。
「盟…」
ロージィはうっとりして、その肩に頬を寄せる。
だが、次に盟の口から出たのは意外な言葉だった。

「…ごめん…」
「えっ?」

盟の手が、ロージィを抱いたまま小刻みに震えている。

「君の事、好きなんだ。本当に」
「…うれしい。私も」
「でも…僕、あの…あの…」
「どうしたの?」

盟は顔を真っ赤にして、ロージィの肩に額を押し付ける
と、本当に微かに呟いた。

「僕…女の人…始めてだから…」

「盟…」

「ごめん、ここで二人きりになって、君が近くなればな
るほど、どうしていいか分からなくなって」
「・・・・」
「君の事、素敵で魅力的で…こうしたいって…ずっと思
ってた。でも、ここから先、どううまく出来るかって考えれ
ば考えるほど頭、真っ白になって…!」
「盟、いいの」

堰を切ったように思いを吐き出す盟の背を、優しく撫で
るとロージィは耳元に唇を寄せた。

「私は、盟といて何の不安もない。いいえ、貴方といる
と、とても幸せ」
「・・・・」
「それに、これは勉強でも仕事でもない。上手く出来る
出来ないって考えるものじゃないと思うわ」
「でも…」
「ここは寒いわ、ベットに行きましょう」

はいと頷き、盟は抵抗無くふらりと立ち上がった。


ベットの端に座り、改めて二人向き合う。
ロージィは、盟の頬に軽く右手を添えた。

「盟、さっき私を素敵だって言ってくれた」
「ええ、本心から」
「私も同じ、貴方はとても勇気があって実直な人。そん
な人に…」

ロージィは、少し辛そうに俯いた。

「私が、始めての相手なんて…いいのかしら…そんな気
持ちにもなっている」
「え?」
「だって私は…前にも話した通り…この身体を何人も…」
「そんな事気にしないで下さい!僕にとって貴女は…綺
麗で、とても眩くて」
「嬉しい。だから盟、貴方ももう、気にしないで…」

ロージィの唇が、盟の唇に軽く触れた。

「貴方の心のまま、愛して…それだけで十分」

ロージィの指が盟のローブの腰紐を掴み、そのまま軽く
引き解く。

「同じように、私のも…」

盟は誘われるままに、彼女の身を抱き寄せ腰紐を解く。
二つのローブが、床に落ちた。


****


ベッドの中、ロージィの身体をかき抱いて盟は深く息を
ついた。
柔らかくしっとりとした肌に包まれる感触が、心地よい。

「どう?」
「凄く…柔らかくて、暖かい。吸い寄せられて、溶け込み
そうだよ…」
「私も、貴方の鼓動の音、とても力強くて素敵」

肌を合わせ、手足を絡めながら深く口づけ合う。
唇を離して、今度はロージィが熱く息をついた。

「盟のキス、気持ちいい。他の誰よりも…」
「前から、触れたかったんだ、ここに」

盟の指が、ふっくらとした唇をなぞる。ロージィはそれ
だけで背筋が甘く痺れ、自ら盟の指を咥えて甘噛みする。

「ロージィ…」
「?」
「教えて、欲しいんだ。女性の愛し方」

照れながらも真っ直ぐに向けられた盟の瞳に、ロージィ
も頬を赤らめてこくりと頷いた。

まるで、チークダンスのように寄り添い、手を取ってロ
ージィは流れるように愛し方を盟に教えていく。
やがて大胆に身体を開き合い、互いの肌を至る所まで慈
しみ、愛撫だけでも満たされる気持ちになった。
熱い身体をかき抱き、ロージィは盟の耳に口付けると微
かに囁く。

「貴方が、欲しいの」と

女性との始めての行為に、盟は全身溶かされるような快
楽に浸り、夢中にその身体を求めた。
「ロージィ、このまま天に…昇るみたいだ」
余りにも愛しい女性の、優しい身体の中へ
埋もれながら、全てを開放した。


****


翌朝。
ロージィは、香ばしいコーヒーの香りに鼻をくすぐられて
目を覚ました。
ベッドには自分一人で、隣の部屋から微かに物音がする。
ローブを羽織った時、寝室に盟が現われた。

「目が覚めた?いま、コーヒー持ってくるよ」

トレーにコーヒーを二人分乗せ、寝室に入る盟。

「僕、こういうの憧れてたんだ」

ロージィは照れながらもとても嬉しいわと、カップを受
け取り一口傾ける。

「美味しい…こんなに美味しいコーヒー、始めて」

本当に嬉しそうなロージィの、とろけるような微笑に
盟の目が釘付けになる。

朝日に包まれ、香ばしい匂いが立ち上る寝室で
湯気の向こうで微笑むロージィを見つめる盟はふと、
ある言葉を思い出した。

丁度一年前。
デスマスクと過ごした最後の日の朝、言われた言葉が
盟の胸に蘇る。

(あ…これがそうか…あの時の気持ちなんだ)

ごちそうさまとカップを置いたロージィの手を、盟は思
わず握り締めた。

「盟…?」

耳まで顔を真っ赤にしながらも、真剣な目で見つめてい
る盟がいた。

「ロージィ…今、今凄く…君の事…」
「・・・・」
「もう一度だけ、抱きたいんだ」
「…盟…」

その後は互いの唇をキスで塞ぎ合い、堅く抱き合いながら
再びベットへと沈み、何のためらいも無く、深く求め合った。


****


それから、約一時間後。
名残惜しくも、盟はスーツを身に付け出社の準備をして
いた。
シャワーから出てきたロージィに

「僕は直接会社に向かうから、チェックアウトまでゆっ
くりしていて」
「ええ、本当にありがとう。楽しいデートだった」
「僕も。幸せな時間を、ありがとう」

少し潤む目を逸らし、二人は互いの頬に軽く口付ける。
ロージィは盟のコートを出して、羽織らせた。

肩越しに「また今日の夜、城戸邸で」と、短い挨拶を交
わし、二人だけの時間は終わりを告げた。


室内に一人残されたロージィは、バスローブを脱ぎ捨て
そのまま大きく息を吸い込む。

冬の、斜に差し込む眩い朝日が、一糸纏わぬ裸身を照ら
し上げた。

「…これで、始められる」

輝く唇で、微かに呟き
降り注ぐ陽光を、真っ直ぐ見つめた。


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