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盟が、再び目覚めたのは
グラード財団が経営する、病院のベッドの上であった。
まだ麻酔が覚めないぼんやりとした意識の中、自分を
見つめている人々が目に映った。

「お兄様!」
始めに声を掛けたのは、涙を浮かべた沙織であった。
その後に、感涙に咽ぶ辰巳、光政やニコルが次々に声を
掛けてくる。

「みんな…僕、あれから…ロージィは…」

「私は大丈夫、盟…貴方のほうが重傷だったのよ」

「…ロージィ」

車椅子に座り、盟の枕元にいたロージィが声を震わせて
語りかけた。
ロージィの頭上から、低い声が届く。

「肋骨が折れて、もう少しで肺に刺さるところだった」
「デス…」

盟は呆然として視線を上げると、ロージィの背後にデス
マスクが立っている。
辰巳が涙目で語りかける。

「盟様、手術が終わったばかりでまだ麻酔が効いておら
れます。それに、完治まで2ヶ月ほどかかるそうです…
なんとおいたわしい」
「兄様、暫くは大きな声を上げたり、深呼吸は控えるよう
にと、医師から…」

盟は小さく笑ってうんと頷くと、かすかな声で尋ねた。

「ロージィ、みんな、無事だったの」
「ええ、監禁されていた前妻も助けられたわ」

父親の死を隠して盟を励ますロージィに、周囲の誰もが
口を噤む。

「そう…でも…君が、傷ついてしまった」
「私は平気よ。足も、右側はひびが入っただけ。傷も深
くないわ、だから心配しないで」

盟は少し安心したような表情になって、眠そうに瞬きを
しながら、ロージィとデスマスクを見た。

「良かった…助かって。デス、ありがとう…君のお陰だよ…」

「もう少し、眠った方がいい。麻酔が覚めていないはずだ」

盟は、うんと頷くと、また笑いを浮かべる。

「二人が一緒に揃ってるって…なんだか、不思議な光景」

ロージィが、目をきょとんとさせる。
盟は「みんな、本当にありがとう…」
と礼を述べて再び瞼を閉じ、深い眠りについた。

ロージィは微かな声で周囲に
「あの事は、まだ盟に言わないで下さい。今は治療に専
念して欲しいんです」
と父親の死を伏せてもらうよう頼んだ。

沙織に「ロージィ、貴女もまだ傷ついています。お休み
になって下さい」と
言われ頷き「自分の病室に戻ります」と車椅子を動か
そうとした時であった。

「俺が連れて行く」

とデスマスクがロージィの車椅子を押して戸口に向かっ
た。
ロージィは慌てて
「肩は、大丈夫なのですか?」
そう問うが事も無げに
「もう嵌っている」
と返し、車椅子をのロージィと共に病室を後にした。
残された面々は、予想も付かなかった展開に、ただ目を
点にさせて見届けていた。

車椅子に乗っているロージィは、両足にはギプスと顔に
湿布。
手足には包帯を巻かれ、シルクのナィテイにローズワイ
ン色の厚いガウンを纏っていた。
デスマスクはシャツとジャケットとスラックスのラフな出で
立ちである。
二人は、ロージィの個室へ向かう途中、休憩室ブースに
立ち止まりふと窓の外を見る。
病院の正面玄関前には、取材に押し寄せるマスコミ。
それにロージィのファンと思われる少女たちが詰め寄って
パニック状態であった。

ロージィは辛そうに呟く。
「…病院の方々に、迷惑を掛けているわね私」
「マスコミは2−3日もすれば、また別のネタに食いつ
くだろう」
「ええでも、早いうちに記者会見は開いた方がいいわ」

ロージィは窓の外にあった視線を、自分の手元に移して
少し俯いて語り始めた。

「ごめんなさい…」
「…ん?」

ロージィは恥ずかしそうに手を揉み合わせながら、済ま
なそうに語る。
その姿を、デスマスクはただ見下ろしていた。

「私、せっかく助けてもらった命の恩人に…本当は心か
ら感謝しなければならないのに…ごめんなさい、正直に
言うわ」
デスマスクは、ただロージィの姿をじっと見おろしている。
「あの…私、貴方の事…うらやましいっていうか、たぶん
妬いてます」
「……」
気を悪くしないで聞いて、と続けるロージィは俯いて顔を
赤くした。

「盟から聞いたの、貴方と盟が、去年何があったか…」

その時ばかりは、流石にデスマスクも面食らった顔をした。

「私、そういう事に偏見はないから…いいえ、むしろ羨ま
しくて。盟に信頼されて、ずっと彼を守っていた貴方が…」

デスマスクは表情を崩さず、ただ独白を聞いていた。
かどうかは知らないが、デスマスクの視線はある一点に
集中している。
座っているロージィの肩越しに、シルクナイティの切れ
込んだ胸元の、盛り上がった谷間を、車椅子を押しながら
ずっと見下ろし続けてたいたのだ。

デスマスクの視線に気づかないまま、ロージィは照れな
がら伝える。
「突然こんな事言ってごめんなさい。でも、どうしても
伝えたい事があるの」
「?」
「盟は、今でも貴方の事が好きよ。ずっと追い続けてい
るわ…だから、側にいてあげられないかしら」

デスマスクは少し思案して返す。
「あんたは、どうなんだ?」
ロージィはふっと息をつくと寂しそうに語った。
「私は、故郷に帰るの。父の後を継ぐわ、それが盟との
約束だもの」
遠くを見るような目で続ける。

「もう、プリンセスの夢も、クイーンの時代も捨てなきゃ。
とても素敵な王子様に巡り会えたから、それで十分」

彼女は目を細めて笑う

「それに、王子様には素敵なナイトがいるし、私では
役不足だわ」
「そんなに、卑下する事もないだろう」
と真面目に返すデスマスクの視線は相も変わらず揺ぎ
無く、胸の谷間に集中し続けている。
「ありがとう…でも盟は貴方を…」
そう言い掛けながら、ロージィは振り向いてデスマスクを
見上げた。
その時やっと、デスマスクの視線が自分の何処に向けら
れていたのか気付き、とっさに胸元を押さえて顔を赤くする。
当のデスマスクも、ごまかすように視線を上にそらし顔を
かいた。
(いったい何なのかしら?…この人)
ロージィが話の腰を折られた所で、傍らのエレベーター
が開く。
そこから出てきてた数人の人影に、彼女ははっとした。
そこには、3人のスーツ姿の男性と、1人の女性がいる。

「パティ!」

ロージィに呼ばれて、パティは涙ながらに歩み寄って、
車椅子の傍らに屈みこむ。
「パティ、身体はどうなの?」
「私はかすり傷だけ、貴女の方が何倍も傷ついているの
よ…」
そう励ましあっている背後から、長身の男達が近づいて
きた。

一人はサガ、二人は

「ICPOの麻薬取締捜査員です。マドモアゼル・ロザーナ」
ICPOの職員達は、まずロージィの身を労って、この度の
事態に感謝の意を述べた。
ロージィは、私の知っている限りの情報を提供して、全
面的に協力しますと約束した。

背後にいたサガは、まずロージィに対して見舞いの言葉
を述べ「私たちの警備ミスで深い傷を負わせた事を陳謝
します」と、デスマスクに向き直り深く溜息をついて、眉を
吊り上げた。

「先の、麻薬取引現場への潜入プロジェクトについてだが
…当初のシナリオと、大きく外れた所があったな」

そうサガに問われ、デスマスクはとぼけるようにまた視線
を上に逸らす。

「ICPOがその件について、事情を聞きたいと言っている。
今から時間を・・・」
「待ってください!!」

それは、ロージィの叫び声だった。

「この方は…単身敵地に乗り込んで来たんです!
予定した流れとは違ったのかもしれませんが、この方が
いなければ、私も、盟も助かることはありませんでした!」

迫力のあるロージィの訴えに、サガもICPOも圧倒されて
声が出ない。

「麻薬取引の証拠もこの方が押さえました。それなのに、
賛辞の言葉どころが、労いの言葉一つ無いのですか?」

マダム落ち着いて下さいと、気押されしながらサガは場を
とりなそうとするが

「もしこの方が聴取されたり、裁かれるような事があれ
ば、その場には私も列席して、弁護をさせて下さい!!」

熱く叫ぶロージィの肩を、デスマスクが軽く叩いて制した。

「もういいだろう、傷に障る」
「でも…!」
「ここから先は、あんたの関わる所じゃない」

そう言ってサガ達と去ろうとするデスマスク。

「そんな…何か協力させて下さい、せっかく助けてもらっ
たのに…」

ロージィの言葉にデスマスクは立ち止まり、少し目線を
上に移すと、何かを考えるように暫し黙ってから、ロージィ
に語りかけた。

「怪我が治って、落ち着いてからでいい」
「え…?」
「今しばらく俺はリオにいるだろうから、シェラスコでも食い
に来ないか」
「あ、はあ…」
「それとも、あんたの地元に俺が行ってもいい、ニースで
何かひいきの店があればそこで…いっ!いでででで!!」

サガが、デスマスクの耳を全力で引っ張った。

「貴様!こんな時に何バカ言ってる!少しは分別という
物を知れ!!」

「あでででで…!何か力になればと本人から言ってるの
にか?」
「意味が違う!やっぱりお前、絞り上げる必要がありそ
うだな来い!ああではマドモアゼル、お大事に」

デスマスクは、サガに耳を引っ張られたままエレベータ
ーへと消えて行った。

残されたロージィとパティは、ただ口を開いて茫然自失
の状態である。

「あの…ロージィ…」
「ええ…」
「今のって、もしかしたら貴女…ナンパされてたの?」
「そうなのかしら、やっぱり…」

半ば放心状態が少し続いて、突然ロージィが吹き出した。

「ロージィ?」
「でも、何だか…少し気が軽くなったわ。そうね、沈んで
いられる場合じゃないわ。片付ける事が山とあるのよ」
「そうね、ロージィ・コレクションも全て無くなってしまった
し、また一から始めないと…」
「それで、少し話したいことがあるの」

ロージィは、自身のモデル活動に関わる出版物の著作権
等を全てパティに委ねると言い出し、自分はモデルから引
退すると告げた。
パティは驚き愕然として、考え直す気はないのと説得する
が、ロージィは静かに首を振った。

「でもパティ、私、モデルが嫌だから逃げる訳ではないの。
本当にやりたい道を目指すわ、父と母と、自分の為に…」


****

あの事件から、三日間経った。
マスコミへの記者会見はICPO側が行い、ロージィについて
「マダム・ロザーナの勇気ある行動によって、虐げられ危害
を加えられていた者達が救われ、またアジア圏への膨大な
麻薬取引も妨げられた。彼女は救いの女神である。
その果敢な行動を私達は心から賛辞したい」
そう無条件で称えた。

ロージィは、ダニエルが抱えていた表向きの事業や財産、
そして裏の取引で得た莫大な利益を一手に受け継ぎ、被害
に合った者達への保障も最大限に行うと明言した。

グラード財団はロージィの意向を全面的に支持し、彼女の為
に一流の弁護士や会計士に税理士、通訳を揃えてバックアッ
プに望んだ。


****


余談ではあるが
デスマスクは、事件の次の日から丸2日間を殆ど睡眠に
費やした。

ロージィから麻薬取引の件を聞いたその晩には、シュラと
アルデバランを伴ってマレーシアへと経った。
パレンバンに付いて幹部アレン本人を見つけるなり、聴取
もせずに一殴りでKOさせ、麻薬密輸船に乗り込んだのは、
出航の2時間前だったという。

それから一週間以上、他人を演じ続けて殆ど寝てもいな
かった。

盟を負傷させ、デスマスクに倒されたダニエルのガード
達は全員が再起不能ともいえる重傷を負い。
特に顔は整形手術を必要とした。
加えて、彼らのうち二人は「男」を捨てなければなら
なかったという。
この事をサガから渋い顔で報告されデスマスクは

「人生、やり直せるんじゃないか」

と顔色も変えず言い切った。

それらをシュラとアルデバランから聞いたアフロディーテは
「色々差し引いたとしても、可也なお手柄だったじゃないか
私から見ても一番の功労者だと思う」
「いや…」とシュラが首を振った
「ああ、ピパを潰せたのはいいが…プリンスは重体。その上
マドモアゼルの父親は目の前で死んだ。不可抗力だったが、
あいつにしてみれば、悔いが残る結果だったろうな」

そう呟き、グラスを傾けた。

****

事件から一週間が経った。
デスマスクへの処分は、半年間の給与を一割減法。
但し、グラード財団とロージィから報奨金が贈られ
結局、支給額は大幅プラスになったという。

デスマスク達が南米に戻るその夜、
サガ宛に、一本の電話が入った。
声の主は、ロージィであった。


次の日の朝。
デスマスクは仮宿のホテルの一室で、荷物をまとめて
いた。
ダニエルから手に入れた麻薬取引のデータを元に、
南米の組織本部では、トップを追い詰めるプロジェクト
が始まりつつある。
そのため、朝の便でブラジル行きの飛行機に乗る予定で
あった。
「もう少し長居してもいいぞ」という、仲間からの意味
ありげな忠告に対しても
「この10ヶ月振り回され続けた相手だ、現地に乗り込ん
で締め上げないと気がすまん」
と突っぱねていた。

ロビーに降りて待ち合わせの場所に行くと、そこにサガ
がいた。
タクシーを呼んだはずだがと尋ねるデスマスクに
「いいから乗れ」と自分の車に乗せた。

運転しながらサガは
「昨日、マドモアゼルから連絡が入った」と
ロージィからの伝言を伝える。

二日前に、目が覚めた盟と少し話しをしたと
盟は、堪えてはいるがデスマスクに会いたそうだと察し
た。
せっかく日本に来たのに、ろくに話もしないで去ってし
まうのは悲しいと
お願いだから、一度盟と会ってとロージィは訴えた。

デスマスクは口を開け、ひどく困った顔になったが、
すぐに言葉は出なかった。

「リオ行きの便は…」
「お前はサンフランシスコを経由して帰れ、それで十分
間に合う」

****

強引に病院へと連れて来られたデスマスクは、最上階に
ある盟の病室の前にいた。
このドアを開けて、何と切り出していいかを決め兼ねた
まま、軽くノックをする。

どうぞと返事を返したその声は、間違いなく盟であった。
ドアを開け病室に一歩踏み入ると、薄手のカーテンで陽
光を遮った薄暗い室内に盟が横たわっている。

「…デス…?」

首を向けて驚いた顔を向ける。
無言で近づいてくるデスマスクに、盟から問いかけてき
た。

「今日、出発するって聞いていたけれど…大丈夫なの?」
「ああ…」
少し頷いて、枕元にある椅子に座る。
まだ身体を動かせない盟は、首だけをデスマスクに向け
て、少し和らいだ表情になった。

「具合は…?」
「痛み止めが効いているから平気。でも、起き上がれない
し、笑ったり泣いたりも良くないからTVも雑誌も駄目なん
だ。正直、退屈」

盟は苦笑したあとデスマスクをじっと見上げ、真剣な面立
ちになる。

「でも、良かった…」
「ん?」
「デスに会えて。だって…」

盟は、辛そうな表情になって詫びるように俯く。

「船の中で、僕を助けてくれた君に…まだ、ありがとうって
言ってない。それに、ロージィが助かった事についても」
「気にしなくていい」
「ううん。落ち着いて考えれば、すぐに礼を言わなけれ
ばいけないのにあの時…僕、悔しくて、恥ずかしかった
んだ」
「?」
盟は少し顔を赤くして続けた。

「何も抵抗出来なくて、ただ打ちのめされて…ロージィも
奪われて…負け犬な僕の姿を君に見られたとき
「情けない、恥ずかしい」って気持だけ先立った。ごめん」

恥ずかしそうに頭を下げる盟に、デスマスクは息をつくと。

「手練が4人相手なら無理もない。それに、不意打ちとは
いえ2人伸したんだろう?それだけでも見上げたものだ」
「ありがとう。でも、少しデスの気持ちが分かったよ」
「?」
「君が、ガードを辞めて…シチリアに帰らず、南米に行っ
た事…驚いた。初め、余り良い気持ちじゃなかった」

それを聞いてデスマスクは、ばつが悪そうに少し目を逸
らした。
盟はふっと笑って続ける。

「でも、ロージィを助けよう、彼女を守ろうって決めたら、
自分でも信じられないくらい、強くなれた」
「・・・・」
「人を守る為のパワーって凄いんだね、無茶な事でも出
来そうな気がするんだ。だから、命を掛けた君の気持ち、
今なら分かる」

まっすぐに向けられた盟の笑い顔が眩しく、ふと窓の外
に目を逸らした。
カーテンの隙間から見える景色は、木々の葉が黄や赤に
色づき、枝から離れ行く秋の季節。

初めて盟と求め合ったのは、一年前の今頃であったのを
思い出した。
あの時、細い腕で必死に自分にしがみ付いてきた少年は、
一年経って背丈も伸び、何よりも力強く思慮の深い青年へ
と確実に成長していた。

盟は、少し苦笑気味に「でも…」と続けた。

「でも僕は、勢いだけで何にもならなかったけどね、やっぱ
りデスには敵わないや」
「いや…覚えて、ないのか?」
「え?」

デスマスクはじっと盟を見つけて語り始めた。

「デリンジャーを撃っただろう?あれで俺もマドモアゼルも、
一命を取り留めた」
盟は、ぽかんと口を開けて信じられないといった表情を
向ける。

「本当?…当たったの、あれ」
「ああ」
「うん、覚えてない…っていうか、ただ夢中で撃って…凄い
痛みで意識を失って…でも、本当に、本当なの?」

デスマスクはしっかりと頷いた。

「僕、守れたの?デスも、ロージィも…」

盟は、幾度も瞬きをする。その眦に涙が浮かんだ。

「そうなんだ、無駄じゃなかったんだ…大切な人、守れ
たんだ」

右腕で顔を覆う盟、その口元が震えながらも笑っていた。

「…気を昂ぶらせたな。これ以上は危ない」
「そうだね、痛み止め飲んで、少し休むよ」

盟は薬を飲むと横になり、デスマスクを見上げて笑った
が、切なそうな声で語る。

「これから、南米の…本拠に、乗り込むんだね」
「…ああ、いよいよ大詰めだ」
盟は震える瞳で、それでも笑みを絶やさない。
「デスの事だから大丈夫だと思うけれど…でも
幸運を、祈ってる」
「・・・・」

デスマスクは目線を下に落とす。
盟の右手が、握手を求めるように伸ばされた。

「一つ、我儘を言っていい?」

デスマスクは言葉なく頷き、盟の手を取る。

「今抱えていることが済んだら…一度、日本を訪れてよ」

分かったと、小さく答えた。
盟は安心したように笑って、軽く握ったデスマスクの手
を自分の口元に寄せた。

「約束だよ」

盟の唇が、無骨な指に軽く触れる。
同時に、デスマスクの胸が軽く締め付けられた。

そのまま手を堅く握り合い、盟はゆっくりと瞼を閉じた。
柔らかな陽光に包まれた病室で、デスマスクは盟の
手を握り、寝付くのをじっと待っていた。

暫くして盟が深い眠りについた頃、デスマスクはそっと
手を離すと、肩までシーツを掛け直し。

握っていた盟の指に、軽く口付け
静かに病室を後にした。


****


病室を出たデスマスクはエレベーターに向かうと、何やら
数人の話し声が届いてきた。

開いたエレベーターからは、スーツ姿の見慣れない者達。
その中心には、車椅子に乗ったロージィがいた。

ロージィはデスマスクを見つけると
「来てくれたのね!」と明るい表情で近づいてくる。

ロージィはスーツ姿の者達を先に病室に行ってて下さい
と指示して、廊下は二人きりになった。

「今の方たち、グラードが推薦して下さった会計士や弁護
士の方々なの。ダニエルの財産整理を手助けして頂くわ」
「…早過ぎないか?」
「ダニエルの為に、今でも苦しんでいる人達がいるわ。
だから早ければ早いほどいいのよ。それに」

ロージィは、自分の左手に視線を移した。
薬指に光る、プラチナにダイヤをあしらった結婚指輪を
苦しそうに見る。
「早くけじめを付けて、この指輪を外したいのよ」
「今すぐにでも捨てられるだろう」
「…それは簡単。でも、最期まで責任を持ちたいの、
だから全てが清算されるまで、外さない」

「そうか、一つ聞きたいことがある」

ええ、とロージィはきょとんとして頷く。

「DVDは、出るのか?」

「え…DVDって…私の…」

「二ヶ月前から予約して、販売を延期されている身として
気にかかる」

「・・・・」

ロージィは暫し絶句してから、ポツポツと答えた。

「もうディスクはラインで製造済みのはず。後はジャケ
刷りだけだから…止める方が難しいわ。でも、この分
だと予約者限定ね」

(私は何を言わされているのかしら)と思いながらも答え
返すロージィに

「それならいい。じゃあな」

と背を向けて去ろうとするデスマスクに「あの…」と声
を掛ける。
デスマスクは何だと振り向いた。

「盟、喜んでいた?」

笑って尋ねるロージィに
「今は、落ち着いて薬で良く眠っている」と
答えになるのか分からない応え返しをする。

「そう、良かった。それと、シェラスコの話」
「ん?」
ロージィはくるりとした瞳を向け、笑みを浮かべて答
える。
「それもいいけど、私から一つお願い」

デスマスクは、思わず耳を傾ける

「いつか、私のお店…レストランが開店したら、是非
招待したいわ。何年先になるか、分からないけれど」

「…分かった」

肩透かしを食らったデスマスクは、ふうと息をついて背
を向ける。
その背にロージィははっきりと語りかけた

「もちろん、盟も一緒よ」

デスマスクは立ち去りながら、右手を開けて軽く降った。


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