第4章
「逆行する吹雪」


ルードヴィッヒ率いるクリスタル・ナイツは、沖縄に上陸した後、米軍に潜入している部下の協力で、輸送機に乗って横浜の基地へ向かい、そこからネオトキオの郊外、山林の中の基地へ着いた。

閉館した美術館を改造したモダンな屋敷は、規模は大きくないとはいえ、欝蒼とした森に囲まれた物静かな場所であった。

ミレーヌは、広い居間のソファで外を眺めながら紅茶を傾けていた。
そこに、白いスーツ姿のルードヴィッヒが入ってくる。

「あら、やっと元の髪に戻れたのね」

ルードヴィッヒの髪は、数ヶ月ぶりにプラチナブロンドに輝いていた。

「やっぱり、その方が貴方には似合うわ」
「私は、黒い髪のお前も悪くなかったと思う」
「あら」
「しかし、やはり今の方が、お前らしい」

ふふと、ミレーヌは目を細めて笑った。



その日の夜、ルードヴィッヒはネオトキオ周辺の施設と活動についての報告を受けていた。

「ノースウエスト地区の、武器開発工場は進行状況が良いな」
「はっ!!旧ヨーロッパ支部の技術者たちを引き抜きましたので、進みが早い所です」

ルートヴィヒは立体モニターで工場内部を確認した。
最深部にある、円盤状のマシンに目をやる

「これの出来具合はどうだ?」
「はい、小型ではありますが、試験の結果は良好です」
「そうか、明日にでも見に行こう」

その言葉に、周囲が顔色を変える。

「ルートヴィッヒ、まだ出歩くのは控えた方が…」
「そーです!!良い男の工場見学は危険どす!!」
「ネオトキオの者には抑圧された行動を強いているからな。トップの私が顔を見せればメンバーの士気も上がるだろう。ウルフ、工場には伝えておいてくれ。明日が無理ならそちらの時間に合わせるとな」
「は、はっ!」



同じ頃、マグナポリス38分署。
夕食の席で、一通りのミーティングを行っている。

「李一味の消息は依然として不明。但し、彼らに流れた資金から考えれば、着実に勢力は伸ばしているはずだ」
「という事は、上海以外にも…」
「そうだ、カイゼルを通じて、世界各国の動向は探っている」

4人の周囲を取り巻くように、中空に画像が何枚も表示され、世界各国の地図が映し出される。
権藤は地図を指しながら続けた。

「ヨーロッパはジュネーブの本部が担当している。米国はCIAが協力しており、そして日本は…」

権藤が、ネオトキオ部分の地図を拡大し始めたとき、ソフィアの目が大きく開いた。

「警部、ちょっと待って下さい」
「ん?」
「日本、ネオトキオの地図を私の方に…」

権藤は画像の一枚を指先で移動し、ソフィアの目の前に持ってきた。
ソフィアは手を伸ばして地図に触れると、指の先がかすかに金色に光り始める。
リュウが叫び声を上げる。

「へえっ?!どしたのオーラなんか出て〜?」

ソフィアは光る指でネオトキオの郊外を探り始めた。

「ここ!」

止まった指が、より一層輝く。
権藤は場所を確認した。

「ここは…以前サーバセンターがあった場所か…まさかここに?!」
「やつらが?!」

リュウとクロードも身を乗り出す。

「よく、分からないけど…ここに何か強く引かれるの」

ソフィアの額に汗が滲み、息が荒くなってきた。
その様子に権藤が声を上げる。

「どうしたソフィア?」
「…ごめんなさい…ちょっと疲れた」

崩れるように椅子に座り、肩で大きく息をつく。
リュウが分かったように答えた。

「ソフィアの千里眼も、かなり体力使うんだな」
「ん?どゆこと旦那?」
「クロードくん、超能力っつーのはね、通常の何倍もの精神と体力を使うんだよ。俺のWindShotも、宙に浮くレベルだと30秒が限界なの」

権藤はソフィアを気遣うように背を撫でた。

「いやしかしよくやった。リュウ・クロード、明日にでもこの周辺を捜査してみてくれ」



翌日、ネオトキオ郊外にある旧サーバセンターに一個のトラックが止まった。

機材の撤収にみせかけたトラックからは、ルードヴィッヒを始め、ウルフとミレーヌが降りてきた。
工場の場所は知られていないだろうという見解と、少数人数の方が目立ちにくいというルードヴィッヒの判断だ。
3人を乗せたエレベータはー、地下に向かった。
地下5階の開発室に赴き、開発メンバーと顔合わせをする。

「皆の献身ぶりは、私の耳にも届いている。今まで訪ねられず辛い思いをさせた」

ルードヴィッヒの感謝の言葉に、メンバーは感涙して深く頭を下げた。

「次は、銃器の出来上がりを見せてもらおうか」

3人は完成した銃火器の倉庫に向い、そこで大量に並んでいる銃の売買について軽く打ち合わせをする。
そして次に、なお奥底にある施設に向かった。

広大な室内の中心には、リング状の機械があった。
それはまるで、地下に浮かぶ宇宙ステーションのようである。
満足げに見下ろすルードヴィッヒに、ミレーヌが聞く。

「これは、何なの?」
「超高分子分離機…今はな」
「今は?」
「分離の次に、再加工させる技術はこれからとりかかる」

ルードヴィッヒは、分離機に続くタラップを歩き始めた。

「足元にお気をつけを!まだ出来て間もない施設です」
「案ずるな」

分離機の操作パネルに触れると、薄く笑った。

(悪魔の謎を解くための、カギか…)



その少し前
覆面パトカーでリュウとクロードは、サーバセンターへと向って行った。
センターの数百メートル手前で止まり、センターをズームで撮影する。

「止まっているのは、廃棄物処理のトラックか、しかし妙だな」
「なんで?」
「旦那ぁ、廃棄物搬出なら、もっと人が出入りするもんでしょ」
「たしかに、全然誰も出てこない」
「だろ、怪しさプンプンよ」

クロードは、パトカーをセンターに近づけた。

「おい、大丈夫かよ」
「周辺に警備もいない。きっと全員中にいるんだろ」

クロードは、トラックが止まっている場所とは反対側の部分にパトカーを横付けした。

「よーしクロード!早速いくかっ」

さっと車から出ようとするリュウの足を、クロードが掴んだ。
顔面を思いっきり地面に叩きつけられるリュウ。

「いてっ!!なーにすんだよっ!!」
「…もしもの場合を考えて、バトルプロテクター装着」

プロテクターを身に付けた二人は、銃を構えて注意深く施設に入った。
中は、殆どの機材が無くなっており廃墟に近い。

「リュウ、どこか地下に続くところがあるはずだ」
「ああ、まずはフツーにエレベーター行って見ますか」

駄目元でエレベーターを調べる。
すると、電源が入らないと思っていたエレベーターの扉がチンとなった。

二人は急いで、物陰に身を潜める。
中から、黒ずくめの隊員が二人出てきた。

「さっき止まった車って…どっちだ」
「たしか、北側のほうこ…うっ!!」
「どうした?があっ?!」

リュウとクロードは、ほぼ同士に飛び出して、ネクライマーの頭部を打ち付けて気絶させた。

「背後が甘いのは、新人さんだからかなー?ちょっとリュウの旦那ちゃん」

クロードか、ヒラヒラと手を振ってリュウを呼ぶ

「なによ?」
「気絶している状態の頭ん中、のぞける?」

おお、とリュウがぽんと手を叩いた。

「いちおーやってみるな、ま、だめなら意識が戻ってからね」

リュウは、ネクライマーの額に手を当てた。

「おっ!やっぱルードヴィッヒ来てるっ!!」
「本当か?場所は?」
「待ってね、なんかこいつアレに会えて感動したシチュしかないから、ちょっと時間かかるわ」
「んじゃ、もう一人の中身はどう?」

リュウは自分の額を、もう一人の部下に当てた。

「んー…武器庫出てって、なんか下に行ったみたい」
「そうか、じゃあこのエレベーターで」

と言いかけたとき、リュウが心を読んでいた部下が目を覚ました。

「ん…おまえは?!」
「も少しおねんねしててっ!!」

リュウは思いっきりヘッドバッドを食らわせて、再度気絶させた。

「よしリュウ、これでいけるところまで降りてみるか」
「よっしゃ!!」

二人が乗り込んだエレベーターは、地下8階止まりであった。

地下についたエレベーターの扉が開く。
誰も出てこない事に、入り口を警備していたネクライマーが、不審に思って中を覗いたとき

天井付近にいたリュウとクロードが蹴りを食らわせて、また気絶させた。

そうして室内を見回すと、そこは大量の武器や爆薬が置いてある倉庫であった。
物陰に身をひそめて、周囲を確認しながらリュウがつぶやく。

「いやまー、この短期間で良く集めたわ作ったわ」
「一度は全て無くしたとはいえ、コネとノウハウが残ってたってわけね。ところでダンナ、ここにルードヴィッヒは?」

リュウは首を横に振る。

「んにゃ、こんな場所じゃなかったと思う」
「もっと下か…この部屋のどこかに通路があるといいんだが…」

二人は身を潜めながら、出入口のありかを探した。
クロードが、非常階段への扉らしきものを見つける

「おっ、あそこからなんとかなりそうね」
「行ってみますか」

とリュウが駆け出そうとしたとき、無造作に詰まれたマシンガンの束に腕が触れ、それは次々と床に崩れ落ちる。

「あっちゃー」
「ダンナっ!!何やってんだよ」

その物音に気づいた部下達が駆け寄ってきた。

「なんだ今の音は…!…お前らどうしてここに」
「撃て!!」

数人の部下達が、リュウとクロード目掛けて銃を放ってきた。

「ありゃりゃりゃ!!やばやばっ!!」

機敏な動きで銃弾をかわし、なんとか非常口に行こうとするリュウ

「まったく!!…おっといいもん見つけ」

クロードは逃げながら、手榴弾の入っている箱に目を止めた

「パイナップル、一個どうぞっ!!」

手榴弾のピンを抜いて、追っている部下達に投げつける。

「なに?…うわ逃げろっっ!!」

爆発を起こす室内、その隙にリュウとクロードは非常口のドアを開け、下に続く階段を降りて行った。
移動しながら、クロードが本庁に連絡を入れる。

「こちらマグナポリス、クリスタルナイツの武器工場を発見した、救援を請う!!」

武器庫では、爆発で追われた隊員の一人が、仲間たちに連絡を伝える。

「サツが来た!!多分マグナポリスの連中だ、武器を持って地下の分離機施設に向かえ!!」



ルードヴイッヒたちのいる分離機施設に、上部から爆音が届き、室内にもかすかに振動が起きる。
ウルフがはっと顔を上げた。

「なんだ、何があった?!…ルードヴイッヒ様、急いでこの場からは」
「分かった」

タラップに足を踏み出したルードヴイッヒの頭上から、声が届いた。

「久し振りだな、ルードヴイッヒ」
「?…その声は、ウラシマリュウ?」

上方のタラップに銃を構えて佇んでいる、赤と青のバトルプロテクターの二人。

「せーかい☆」
「そして、稲妻クロードも。しかしあんたらも良くやるねー、こんなどでかいモンまた作っちゃってー」

ウルフが怒って銃を向けた。

「貴様ら!!どうしてここが分かった」

二人に目掛けて、銃を放つ。
軽く交わして、二人は飛び降りてきた。

「おっと、それはヒミツ」

リュウとクロードは、ルードヴイッヒとウルフ達の丁度間に着地する。
クロードがウルフに、リュウがルードヴイッヒに銃を向けて構えた。

「ルードヴイッヒ、久し振りだけどこれでお終いにしようや!!」
「狼さんも、おとなしくお縄につきなさい」

優勢に立ったかと思われた二人に、上部からレーザー銃の雨が降る。
加勢に来た隊員たちが、一斉に攻撃を始めた。

「うわっ!!」

バトルプロテクターでレーザーは防げてはいるものの、反撃を与えられず二人は防御の姿勢を取る。
ルードヴイッヒは、踵を返した。

「ウルフ、ミレーヌ、今のうちだ!!」

ルードヴイッヒは分離機の向こう、放射状に伸びている反対側のタラップに駆け出した。
その時、突然銃撃が止んだ。
クロードが要請した警官達が駆けつけ、隊員たちを攻撃し始めたのだ。

「よし!!ダンナはルードヴイッヒを追え、おれはここでヤツを食い止める」

ウルフが銃を構え、二人を狙う。

「させるかぁ!!ミレーヌ様は奥へ」

ウルフは、ミレーヌを奥に逃すと、ルードヴイッヒの後を追うリュウを撃とうとした。

「あんたの相手は俺!!」

クロードが銃を撃つが、それはウルフのプロテクターに吸収される。

突然、上部で爆音が起きた。
警官隊に対抗するために、隊員が爆薬を使用したのだ。
ウルフが焦って声を上げる。

「あいつら…ここは爆薬をつかう所では無い!!」

もう一度爆音が響き、上部から残骸が振り落ちて来る。

「リュウ!」
「ルードヴイッヒ様っ!」

ルードヴイッヒは、反対側のタラップを駆けて行き、その背後をリュウが追う。

「ちっくしょ、待てっつってんだろ!!」

ルードヴイッヒがもう時期タラップを渡り終えようとした時
上部から、爆撃によって破壊された壁の一部が振り落ちてきた。

「何?!」

残骸はルードヴイッヒの手前に振り落ち、その衝撃でタラップに亀裂が入る。

(まずい!!)

ルードヴイッヒが振り向くと、タラップを駆けて来るリュウの姿。
数メートル手前で止まって、自分に銃を向ける。

「ルードヴイッヒ、これで終わりだな」

その瞬間、別の瓦礫がリュウの背後に振り落ちてきた。
強度の弱いタラップが両端から折れて、二人の足元が一気に崩れ落ちる。

「うわっ!!」
「リュウっ!!」
「ルードヴイッヒ様あっ!!」

瓦礫の振る中、クロードとウルフが叫んで駆け寄るが
タラップと共に、二人は奥底の闇に消えた。

ウルフは咄嗟に奥の廊下に駆け込み、最下層へと向かう。
クロードもまた、援護に来た警官と共に下へと駆け下りた。

タラップが崩れ落ちた瞬間
リュウは、とっさに分離機の壁面に片手でしがみ付きながら、落ちていくルードヴイッヒを目で追い。
バトルプロテクターの腕からワイヤーを出して叫んだ。

「ルードヴイッヒ、そいつに掴まれ!!」
「…?!」

それは、バトルプロテクターに新しく付けられた装備であった。
ルードヴイッヒがワイヤーに捕まり、自分を見下ろしているリュウを見る。

「何故だ?ここで見捨てれば私を倒せたろうに?」
「…確かにそうだよ。でも、それは俺の目的じゃない」
「?」
「俺の目的は、あんたを逮捕して、公正な場所で裁いてもらう事だ!!」

はっきりとした声にルードヴイッヒは一瞬言葉を無くすが、次にフッと笑みが漏れた。

(自分では止めをさせないか…やはり甘いな)

ルードヴイッヒは眼下を見た。斜め下にタラップが伸びている。

「それは無理だなウラシマリュウ、助けてくれて悪いが先に行くぞ」
「な、なに?」

ルードヴイッヒは両足を振り上げ、反動をつけて大きく揺らし始めた

「なっ!!ちょっと待て」
「さらばだ!」

ルードヴイッヒがタラップに目掛けて飛ぼうとした時、リュウがしがみ付いていた壁が剥がれた。

「うわっ!!このバカ!」
「何っ?」

落下するリュウに引かれて、ルードヴイッヒもまた下方へと落ち始めていく。

「ワイヤ離すなよ!」

そう言ってリュウは、落ちながらワイヤーを引いてルードヴイッヒを引き寄せると、背後からしがみ付くように抱きとめた。

「リュウ何を?!」
「死にたくなきゃ、今度こそ大人しくしてろ!!」

リュウの背中の周辺から風が巻き上がり、それは二人の落下の速度を徐々に緩めていく。
流石に驚いたルードヴイッヒは、リュウに訪ねた。

「貴様、一体何をしている」
「……少し…黙ってろ」

苦しそうに返すリュウ。

(やばいな、二人分の体重、どこまで支えきれるか…)

吹き上がる竜巻のような中心にいて、緩やかに落ちていく中、ルードヴイッヒは思案を巡らせた。

(これも、プロテクターの新機能か?しかし、このリュウの反応は…)

自分を抱えているリュウは、歯を食いしばってかなり苦しそうである。
リュウは歯軋りしながら、ありったけの能力を出していた。

(まだ着かないのか…ちくしょう、そろそろオーバーヒートだ…)

リュウの出すWindShotの限界が近づいてきた。

(だめだ…もう少し、もう少しだけ持ってくれ…)

リュウが最後の力を振り絞って雄叫びを上げる。

「うおおっ!!」
「何だっ」

その時、二人の身体が金色に包まれた。

「何っ?…リュウお前何を」

振り返るルードヴイッヒの目の前に、白い羽根が舞う。
リュウの目の前には
金色の光の中から、女性の姿が現れた
純白のドレスに身を包んだ
ブロンドの、瞼を閉じた美女
リュウの口が無意識に動く

「天使…?」
「…?」

リュウへと近づくように落下して、頭部が接触する瞬間
リュウの意識は途絶え、気を失った。
床まであと数メートルのところで、二人の身体は急に落下した。

「うわっ!!」

床に叩きつけられる二人。ルードヴイッヒは痛みに耐えながら、闇の中身体を起こして目をこらし、注意深くリュウを探した。

(今…何が起きたというのだ…プロテクターの性能?いやそれだけではない)

ルードヴイッヒは、先ほど見た金色の光と宙に舞う羽根を思い出す。

(まさか、奴の超能力…か?)

戦慄に身体が震える。
少し目が慣れた闇の中、床に横たわるリュウの姿を見つけた。
プロテクターを纏ったまま、全く動かない。

(気を失っているのか…それとも)

ルードヴイッヒは懐から銃を出し、リュウに照準を合わせた。
気絶を演じている場合もある、すぐには近づけない。
ルードヴイッヒはリュウの周辺に、2−3発銃を撃った。
それでも微動だにしないリュウに、また一歩近づく。

(この基地が見つかった事といい、さっきの能力といい…ウラシマリュウ…この数ヶ月の間に、益々私をおびやかす存在になったか)

リュウの側に近づき、膝をついて見下ろす。

(やはり、早々に片付けなければならんか)

額を打ち抜こうと、プロテクターのヘルメットに手を掛けたその時
ルードヴイッヒの周囲に、雪が舞い上がった。

「何?!」

自分の手から、銃とヘルメットが落ちた事にも気づかず、ルードヴイッヒは
周辺に舞う吹雪を呆然として見回す。
吹雪は振り落ちているのではなく、下から吹き上がり、天上へと消えていく。
逆行する吹雪の中、ルードヴイッヒは眼下に視線を移した。

そこに横たわっているのは、一人の女性。

純白のドレスに身を包み、ウエーブのかかった金髪の美女が、身を投げ出すように横たわっていた。
それは、ルードヴイッヒの最も哀しい過去の記憶。

「…ジョセ…フィーヌ」

不意に動いた唇から発されたかすかな声に
美女の眼が、ゆっくりと開いた。
サファイアブルーの大きな瞳が、ルードヴイッヒを映す。

「…ルードヴイッヒ」

愛しいものの名を呟いたその表情は
過去の哀しいものとは異なり、穏やかな笑みを浮かていた。

「ジョセフィーヌ…!!」

ルードヴイッヒは震える指先で、彼女の頬に触れた。
記憶とは違う、暖かな感触。
彼女の白い腕が、ルードヴイッヒに向けられて伸びる。

「嘘だと…言って」
「…ジョセ…」

柔らかな笑みを浮かべたその眼には、涙が滲んでいた。
しなやかな指が、ルードヴイッヒの首に回る。

「あの言葉は、違うと…お願い」

ルードヴイッヒは、その身を抱き上げた。

「ジョセフィーヌ、私は…」
「私は、貴方が一番、この世界で…」

互いの腕が、互いの背に回った。



ウルフとミレーヌは、長い地下の階段を足早に下りていた。
二人とも言葉は少ない。
あの高さから落ちた事実を考えると、絶望的な思いも過ぎるからである。
だがそれでも、可能性にかけて最下層へと進むしかなかった。

クロードもまた、別の階段から数人の警官達と共に最下層を目指していた。

「こっちだ早く!!……リュウ…くたばるなよ」

ウルフ達が最下層に着き、二人が落ちたと思われる場所のドアを開けた。
真っ暗な室内を、注意深くライトで照らす。
同時に反対側からクロード達もドアを開け、傍らの警官がライトを灯した。

二つのライトが、ある光景を同時に照らし出す。

「ルードヴイッヒ様!!…何い!!」
「リュウ…?…うわあっ!!」

ライトに照らされた光景は

気を失っているだろうリュウの半身を抱き上げ
深く口付け合っている、ルードヴイッヒの姿だった。

「ル……」

ウルフが腰を抜かして、その場に座り込む。
ミレーヌが慌てて室内に入った。

「ウルフどうしたの?!何が……!!」

ミレーヌは視線をライトの先に移した。
はっと息を飲んで、叫ぶ声も出ない。
クロードもまた、次の出方を失って口をパクパクさせていた。

「…ルードヴイッヒ!!」

最初に踏み出したのはミレーヌである。
ミレーヌの呼びかけも聞こえていないのか、ルードヴイッヒは目を閉じて抱擁を続けていた。

「ルードヴイッヒ!!」

パン!!と頬を打つ音が室内に響いた。

「眼を覚まして!!」

もう一度頬を打つ音。

ルードヴイッヒはやっと我に返り、自分が抱いていた者を見下ろしてただ驚愕した。
その腕をミレーヌが強く引き立ち上がらせる。

「逃げるわ、来て!」

腕を掴まれたまま走り出す二人に、クロードが銃を向けた。

「待て!!」
「ウルフ!ウルフ援護を!!」

ミレーヌの声で放心状態から帰ったウルフは、眼前に横たわるリュウに怒りが湧き上がった。

「おのれリュウ!!よくもルードヴイッヒ様を!!」

引き金を引こうとしたその手をクロードが撃ち、ウルフの銃を跳ね飛ばす。

「手を出したのは、おたくらの方じゃないか?」
「ううっ…貴様ら覚えておれ」

ウルフはもう一個銃を取り出し、撃ちながら奥の廊下へと走り去る。
それを、クロードの背後にいた警官が追いかけようとする。
ウルフは室内から出る直前、小型の爆弾を放った。
クロードが警官に叫ぶ

「やめろ追うな!!伏せろ!!」

同時に激しい爆音が響き、たちまち入り口が瓦礫で塞がれる。
クロードは、破片からリュウを守るように身を伏せ、軽くリュウの頬を叩いた。

「おいダンナ、起きろ、起きろよ!」
「…ん…」

かすかにリュウの瞼が動いたが、またがくりと意識を無くした。

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