始めに、戻って来たのは一輝だった。

囚われの身となっていた弟を救い
沙織の前にその身を横たえ、体力はかなり
消耗しているが命に別状は無いと、
淡々と述べて背を向けた。

背を向けたまま、星矢、氷河、紫龍は相当な
深手を負ったが救出し、然るべき処置を施して
いると告げながら立ち去ろうとする背中に
重苦しい、男の声が掛かった。
声の主は、沙織の傍らにいた辰巳であった。

「め…盟……は?」

一輝は露骨に眉を顰めて、快くは思っていない
相手の呼び掛けに、それでも足を止めた。
しかし、振り返りはせずに告げる。

「俺が会った時、既にその肉体は死んでいた
 だが、あいつの持つ星宿と魂が
 事切れた肉体を動かし
 俺に、笑った。
 笑って「せめて星は忘れないと」
 だから…」

突然、一輝の背後で嗚咽が上がった。

「…?」

地獄の修羅と恐れられた一輝でも
予期しなかった反応に僅かな狼狽を見せて
ちらと背後を見る。

自分達を蔑み続けていた男が、一人の聖闘士の
死によって泣き崩れる様を目の当たりにし、
一輝は不可解な表情を露骨に向けた。

聖域の守護に当たっていた、邪武を初めとする
他の青銅聖闘士も、一輝と同じ心境で床に
うずくまり嘆く様に視線を注いだ。

「…辰巳…奥の間に行ってなさい」

足元にうずくまっている男に対し、
無理をして情を抑えている沙織の声が響く。

「他の者に、示しがつきません。ここで嘆くのは
 およしなさい」

声には、冷たさすらあったが
美しい瞳の奥には、苦悩の色が浮かぶ。
命に従い、ふらつく足取りで立ち去っていく辰巳と
正面の一輝に
沙織は、同時に語りかけた。

「今しがた、テュポンの封印完了しました。
 …盟が…最後の力で…私に伝えました。

 そう…
 コーマの聖闘士がどの階級にも属さなかったのは

 あの聖衣が、封印そのものだったからです。

 ギガスの主神を封じるには
 あの聖衣と、そして…

 それを纏う聖闘士の意志が対になって
 完成されます……」

「知っていたのですか?お嬢様!」

背を向けたまま激しい叫びを投げつけた。
それに真っ先に反応したのは、邪武だった
沙織にすら怒る程、盟はどんな聖闘士だった
のかと食って掛かろうとする邪武を
一輝の、片腕が制した。

無言で首を振り、再び背を向けて歩き出した。

「人柱か…それがあいつの星宿か」

一輝の声に、沙織は顔を青冷めさせ
「ええ」と観念したように頷いた。

「弟たちを、頼む」

扉を出ようとする一輝の声に、皆がはっと顔を上げた。

「それが、俺が聞いた盟の最後の言葉だ。
 あいつは、そう言って笑った…死して、笑った。
 ……それだけだ」

扉を開け、真っ白な陽光の中に不死鳥は消えた。

再び、薄暗くなった謁見の間では
暫しの間、誰も何も語らず、動きも無かった。

沙織の背後で、靴音が響く。

辰巳は、背を丸くして何も語らず、廊下の奥の闇に
消えるように立ち去り、奥の部屋に入って行った。

程なくして、慟哭の声が届いた。

廊下の奥から、厚い扉を通してもなお
沙織たちの元に届く程の激しい嘆きが

「みんな…」

沙織は青冷めた顔のまま、その場にいた青銅の
聖闘士に短く告げた。

「聖域の守護、ご苦労様でした。身体を休めて下さい…」

労いの言葉を言い終わらぬうちにその足は、
奥の間へと向けられていた。

慟哭の響く部屋へと----

室内に入ると、そこには

床にうずくまり、嘆く一人の男がいた。

「お嬢様…!」

ただ咽び泣くその傍らに座り込み、何も言わず
肩に手を置く。

「…申し訳…ございません」

静かに首を振り、慈愛の瞳で嘆きを受け止める。

「泣かせて下さい…!!」

その訴えに「ええ」と

小さく、頷いた。