精霊流し―追悼―

                           
2003.1.12  なずな


 ギガスとの戦いは、聖闘士たちの勝利で終わった。
だが、守ったものよりも、失ったものの方が多かった…。

 「あなたは…ここで修行したのですね…?」

一人の女性が、エトナ火山の麓に佇み、火山を見つめていた。
彼女の名は、城戸沙織。
グラード財団をまとめ、女神アテナとして地上を守った女性だ。
そして、今彼女は、命をかけて地上を、アテナを守り通した
一人の聖闘士の修行地を訪れていた。

 「…盟…」

沙織は、灰に覆われた大地に伏し、泣き続けた…。


 「盟」…それは、由緒ある家に生まれた青年。

本来なら、グラード財団は彼に受け継がれるべきであった。
しかし、彼は家を捨て、聖闘士としての道を選んだ。

『他の兄弟たちが苦しい修行に向かうというのに、自分だけ
 ここでじっとしていたくない』と。

盟は他の孤児達同様、聖闘士としての修行を受ける為、
シチリアへと向かったのだった…。

 沙織は、火山のふもとにあった小さな家を訪れた。
聖域の神官たちの話によれば、盟と彼の師匠
―蟹座のデスマスク―は、この家で暮らし、修行を行って
いたとのことだ。

沙織は家の中に入った。
ドアを開けると、埃と、どこからか入った火山灰が舞い
上がった。

小さなテーブル、椅子が二つ。
生活の為の必要最低限の物のみが、そこにはあった。
奥の部屋も灰と埃にうずもれていたが、ベッドがあった。
おそらく寝室だったのだろう。

ベッドの側には小さな机があった。
まるで、昨日まで誰かがいたかのように、灰に埋もれた
そこは、ありありと生活感を残していた。

机の上には、写真立てがあった。

二つあったが二つとも、隠すように机の奥に置かれ
灰に埋もれたまま、その場にあった。
沙織はその写真立を手に取った。

一つは、盟とデスマスクが写った写真。
盟は明るい笑顔で写っていたが、デスマスクは少々
むすっとした表情でよそ見をしている。
沙織はそれをもとの場所に戻し、もう一つの写真立を手に
とった。

 「……」

沙織は無言になった。
そして、その目からは涙が溢れ出した。

 「…盟…あなたは皆のことを…とても心配していたの
  ですね…?そして…忘れないようにこの写真を取って
  おいたのですね…?」

沙織が手にした写真立てには…
孤児院の少年少女たちと盟が写っている写真…。
おそらく、出発前に撮られたのだろう。

日付を見ると、盟がシチリアに向かう前日。
この写真を撮った後、盟は孤児院を去ったのだ。
そして、その後も続々と多くの少年少女たちが孤児院を
去り、戻って来た者、二度と戻らなかった者…
それぞれの運命が変わったのだ。

ふと、沙織はわずかに残った小宇宙を感じた。
それは、幽霊のようにうっすらとした姿で沙織の前に
現れた。

 「盟…」

それは、かつてここに住み、修行をしていた少年「盟」
だった。
薄汚れた服、簡単に体を覆った鎧、擦り切れて役を
なさない靴…
修行の辛さをそのまま反映したような姿だった。

 『師匠…?何処にいるんですか…?』

盟は、か細い声をあげ、デスマスクを呼んだ。
しかし、この家には、彼―デスマスク―の小宇宙は
感じられなかった。
死んで、もう数ヶ月は経っているため、当たり前だが、
盟にはそれが分からなかったらしい。

 『師匠…戻って来て下さい…まだまだ俺には、
  貴方が必要なのです…』

その言葉を聞き、沙織は、盟がこの家で師匠の死を知り、
それを信じられずにいた事を知った。

 「盟…」

沙織は、うっすらとした盟の小宇宙に語りかけた。

 『盟…貴方の師匠はもう戻ってきません。現状を受け
 入れなさい…』

 『…さ、沙織…?』

 『盟…師匠を失ったショックで、ギガスを封じた後も
  ここに亡霊となって残っていたのですか?…あるべき
  場所に行くべきです。其処なら、デスマスクにも会えます
  から…おとなしく、お眠りなさい』

 『沙織…そうだな、俺はギガスと共倒れした。でも、最後に
  一度だけ、師匠との思い出が詰まったこの地に戻って、
  別れを告げたかったんだ。
  …あるべき世界に行くよ。沙織、元気でな』

 『…さようなら、盟…』

 『さよなら、沙織…生まれ変わっても必ず会いに行く。
  必ず…』

うっすらとした盟の姿は、少しずつ消えていった。
最後に、晴れやかな笑顔を残して…。

 「盟!盟!!盟―!!」

沙織は、その場に泣き崩れていた…。

 泣きはらした顔で、沙織は盟が住んでいた家を出た。
 手にしているのは2枚の写真。
 みんなで写した記念写真と、

 その裏に隠すようにしまってあった、1枚の写真。

 父親、盟と沙織、辰巳
 そして、他の写真から切り取ったのだろう母親…。
 そして、家にあった盟の遺物。
 
 確かに、彼「盟」は其処にいたのだ。

 沙織はそれを箱にしまい、海の方へと向かった。

 「何やるつもりだ?」

タメ口で声をかけてきた相手を見て、沙織は驚いた。
日本で療養しているはずの星矢、瞬、氷河、紫龍、一輝が
いたのだ。

 「いつまでも、死んだ相手にこだわっていては、女神は
  勤まりませんよ」
 「それは、盟の墓に入れてやろうよ。あいつ、墓に入れる
  遺骨すら残さずに死んだんだし」
 「仏壇に飾るのは?いつでも会えるぞ」
 「どちらにしても、この場で処分するのはいただけない」

五人の言葉に、沙織は言った。

 「そうね…貴方たちにも一理あるわ。でも、この修行地にも
  何かを残したかったの」
 「そうか…盟の服とかなら、この場に残してもいいんじゃ
  ないか?」
 「…そうしましょう」

沙織は、遺品を入れた箱から、盟の服を取り出した。
そして、それを持っていたライターで焼き、灰にした。

何処からか出した紙の舟にその灰を入れると、それを
海に浮かべた。

小さな紙船は、波に揺られて、岸を離れていった。

 
「…さだまさしの『精霊流し』みたいに彼を弔ってみた
 かったの…」


沙織がぽつりと言った。

 6人は、いつまでもその舟が流れた方を
 見つめていた…。







          
 去年の貴方の思い出が テープレコーダからこぼれています
              貴方のためにお友達も 集まってくれました
  
              約束どおりに貴方の愛した レコードも一緒に流しましょう 
              そして貴方の舟の後を ついて行きましょう

  


  END

  
                              BGM さだまさし「精霊流し」


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