師匠と語ろう 〜その1〜
(ギガマキ2巻、50ページ行末から開始します)
夜は、とても静かだった。
四つ目の宮に至った。
「巨蟹宮か」
盟はつぶやいた。
しかし、ここを司るべき守護者もまたいない。
銀河の輝きのように清らかに保たれるべき星殿は、
寂れた廃墟のように虚ろに沈んでいた。
同じ頃。
第四の宮に近づきつつある一人の聖闘士がいた。
龍座、ドラゴンの紫龍。
聖域の守護のため、緊急に五老峰から収集され
今十二宮を抜けて、教皇の間へと向かう最中で
あった。
「…巨蟹宮か…」
宮の前で、足が止まる。
かつて、この宮で繰り広げられた忌まわしい戦いの
記憶が、閉ざされた瞼の奥から滲み出てきそうだ。
だが、今はそんなことを考えいる場合ではないと、
己に言い聞かせるように小さくかぶりを振り、
意を決するように宮内へと一歩踏み込もうとしたとき
誰かの、声が響いてきた。
「ししょーっ!!
やっと聖衣もらった〜っ☆」
(…はあ!?)
薄暗い宮に似つかわしくない
底抜けに明るい声に
紫龍の足は、別な意味で止まった。
あと、思考も。
「ほら、見て見て見て!
けっこーカッコいいだろ?」
巨蟹宮の、ほぼ中央で
何故か、もうちゃっかり聖衣を付けた上機嫌の盟が
上に向かってしゃべり続けている。
「…はい!けっこー気にいってます☆特にこの
両腕のでっけー盾とかさ……ん?…えー…
ちょっと…
カラスみたいとか言わないで下さいよーっ!
そんな、カラスだったら…
ジャミアンさんと被るじゃないですかーっ
え?…いえ、実際に会ったことはないです。
ええ、ダンテ先輩から話だけ。
「あいつトリ臭いから近づきたくない」
って先輩言ってました。ええ。
だから、これカラスじゃなくて、髪の毛ですよ
髪の毛のパーツがこー
パカーッと二つに割れてぇ…って
………ヅラ言わないで下さい(泣)
俺は気にいってるんですから!
え?…ありがたく思えっ…て、
そーゆー師匠のツッコミが
ありがたみを薄れさせてんじゃないすかーっ
ん?…デザインだけじゃないですよ
技出るんですよ、技。
そう、この聖衣に備わっている必殺わ…
あ
そーいえば、師匠!
俺、師匠に必殺技教わってないですよ!
ええ?
他の聖闘士はみんな教わってますよ
星矢も、氷河も
瞬ちゃんは…あれも俺と同じレベルか
羨ましいですよ、「りゅーせーけん!」とかさ、
決め台詞付きの技、俺も欲しかったなー
え…?
聖衣が教えてくれたからいいだろ…って
そんな…
人任せ通り越して
聖衣任せですか師匠?
あっ!!
だから、ダンテ先輩にも……
鉄球付き聖衣あげたんですか?
そーゆーことなの?
しょーがねーなー…相変わらず
ん…?
そりゃ、気にいってますよ…うん。
それでてすね、この聖衣なんですけど
糸、出るんですよ、糸。
違う違う違う、ほつれてんじゃなくて
こうね、鍛えられたオリハルコンの糸がですよ
めいっぱいシャーッと出てさ☆
敵をグルグル巻きにしてですね!
天井に吊り上げて、グーッとひっぱってさ
そんで指でポーンとはじいて、ガクっと…ね
なんか仕事人みたいでカッコいいなあ☆
あんた、完全に聖衣の認識まちがえてる…
へえ?
…だから、違いますって!
聖衣から糸が出るのであって
糸引いてる訳じゃありません!!
なんスか…糸引き聖衣って?
そんなネバネバした聖衣
俺もいりません
え?
…うん…
うん…
確かに…
俺は納豆好きですけどね
だからって言ったって
聖衣まで糸引いて欲しくありません
え……だから止めて下さいよ
そんな呼び方、止めてくださいってば
せっ!かく、人が苦労して取った聖衣
「カラス納豆」
って呼ぶの止めて下さいってば(涙)
第一、ちゃんと名前が付いてるんですよ
「コーマ」っていう立派な
星座の名前があるんです
コーマの盟ちゃん、ここに誕生ですよ!
え?
恥ずかし…い?
よく口に出せるな…ってなんでですか?
なんで…
カラス納豆の方が
恥ずかしい&情けないじゃないですか!
ええ?…だってコーマ……
(赤面)
そんな風に聞き取れるの
師匠だけです!!
師匠のアタマの中、
ソレしかないでしょう?
だいたい!!
取りに行けって言ったの師匠ですよ
それなのに、カラスだの納豆だの…コー(げほげほ)だの
え?
「上司からの命令」って… サガだな
師匠、なんかサラリーマンの言い訳ですよ
しかも中間管理職。
ん?…ええ、そうなんです。
階級外なんですよね、これ。
青銅でもなくて白銀でもなくて黄金でもなくて
俺も中途半端で気持ち悪いんですが…
え?給与の手当どうなるか?
まだ、もらってないから何とも…
…そーゆー、落ち込むこと言わないで下さいよ。
基準外だから手当て無しってことは、
無いと思いますよ。
いちおー、聖衣は聖衣ですから。
あ☆もしかしたら、黄金聖闘士の手当てより上って事も
考えられますよ、ヘヘヘ
だったらおごれって…どうやって?
え…?
…コンパニオンなんて
ここに連れてこれる訳ないじゃないですか!
部外者立ち入り禁止でしょ、特に12宮周辺は
だから、俺がカタイんじゃなくて、助祭長が…
ん?
なんか苦手な奴が来た…って…だれ…?
あーちょっと師匠!
……また来週って…そんな…
ラジオ番組じゃねーんだからよ…と?」
ぶつくさ言いながら振り向いた盟の視線の先には
「…紫龍?」
冷や汗垂らして、硬直している紫龍に盟は軽い
足どりで近づいてきた。
「おひさー☆俺だよ、め・い」
「め…盟か?」
「そ、6−7年ぶりかー、所でお前…」
盟は、深く瞼を閉ざしている紫龍の顔をじっと見つめた
「髪、伸びたなぁ!」
ガクッ
紫龍は、床に崩れ落ちそうな身を必死に支えて
小刻みに震えて体制を立て直した。
(目…目の事への指摘は…ないのか…)
そう言い出しそうになったが必死に堪え、
気を取り直して盟に訪ねた。
「盟…今、ここで誰かと…その…話をしていなかったか?」
「おお、師匠と話してた☆」
盟は、紫龍でも分かるくらいにニパーッとした笑み向けた。
「俺の師匠はさ、この巨蟹宮を司っていた、
蟹座の黄金聖闘士だ」 えっへん
「お前の師が…蟹座の…?」
(…やっぱり)
と紫龍は即座に思った。
「星になった師匠と話していた……はっはっは」
そう笑った盟とは対照的に、紫龍は表情をこわばらせ、
次の言葉を失っていた。
.....ヒクヒク
〜おわり〜