終章 星の子どもたち



 獅子宮を抜ける。

「・・・・盟、これからどうするの?」
「どうするって?」

 十二宮の石段を降りながら、隣を歩く瞬が不意に訊いた。
 盟は首を傾げて訊き返した。薄明の空の下、弟の
白い顔が浮かび上がって見える。

「髪の毛座の聖衣は再び失われたんでしょう?」
「ああ、そういうことか」

 何となく頭上を振り仰いだら、濃くなり勝る闇の中に、
小さな命のような光がひとつまたひとつと自己主張を
始めていた。

「・・・・別に、変わらないさ。聖衣がなくても俺は
聖闘士だ。これからも変わらず地上の平和のために戦う。
それだけだ」
「・・・そう。そうだね」

 瞬は盟につられるように空を見上げた。

「・・・・・やっぱり、光が薄い・・・・火山灰の
影響は消えてないんだね」
「ああ。・・・・でも、星は見えるんだな」
「うん・・・・ね、髪の毛座って、あっちの方だよね」
「あー、確かそうだ。火山灰がなくても何も見えない
けどな。天体望遠鏡持ってこないと」
「髪の毛座銀河団?」
「アンドロメダの大星雲ほど有名じゃないけどさ」

 盟は笑う。

「・・・・ユーリさんがさ。言ってたんだ、俺たちの
こと・・・・俺たち兄弟は、みんな星の子なんだ、って」
「・・・・星の子」
「親の縁が薄いのは確かだからなあ・・・・
俺も、父親は・・・・あれだけど、母親は俺産んですぐ
死んだんだ。お前と同じ」
「・・・・・・」

「そう、確か名前のこと話してたんだった。彼女が、
親から貰った名前をそのまま名乗ってる聖闘士の方が
珍しいだろう、って言うから、俺は・・・・俺たちには
他に何もないから、昔から呼ばれていたこの名を
捨てたら俺が俺でなくなってしまう、って。
そうしたら、彼女がそう言った」

「・・・・そうだね。僕も、この名前以外の名前は
名乗れないな。親がくれた名前かどうかは知らないけど、
兄さんが呼んでくれる名前だもの」
「ああ、俺もそうだ」

 再び空を仰いで言葉を切る。

「・・・・俺の師匠は・・・・本名じゃなかった」
「君の・・・・、ああ、そうだろうね」

 彼が名乗っていたのは、まあどう考えても
本名ではない、と言うか人名ですらないような
あだ名だった。

 人の命を奪う宿命に生まれた男に対する、
恐怖と憎悪と嫌悪と軽蔑と・・・・ありとあらゆる
マイナスの感情を詰め込んだ、呪詛のような名前だった。
 それを、笑って名乗っていた。

「ふざけた名前・・・・どんな気持ちで名乗って
たんだろう。
 本当は何ていうのかって何度も訊いたけど、
いつも笑ってごまかして、絶対教えてくれなかった。
忘れたって言う時と、そんなものないって言う時と、
二種類あったな・・・」

 どちらが本当なのだろう。
どちらも本当なのかもしれない。どちらも嘘なのかも
しれない。
 本人がいなくなってしまった以上、もう永遠に
知ることは出来ない。

「なあ、瞬・・・・俺の師匠も、星の子だったのかな」
「そうなんじゃない? ・・・・きっと、みんな
そうなんだよ」

 瞬は穏やかに言った。
 辺りはすっかり暗くなって顔はほとんど見えないけれど、
弟が優しく笑っていることははっきりと分かった。

「みんな、星の兄弟なんだもの」
「・・・・・」

 盟はその頭を抱え込むように思い切り抱き締めた。

「・・・瞬ちゃん。本っ当に良い子に育ってくれて、
お兄さんは嬉しくてたまらないよ」
「痛い痛い分かったから放して!」



 眼下に巨蟹宮が見える。

「・・・・俺、落ち着いたらシチリアに戻るけど・・
・・・・その前に、一度日本に帰るわ」
「日本に?」
「・・・ああ。両親の墓参りに行ってくる」
「そう・・・・・」

 瞬は盟の横顔を見上げて笑いかけた。

「・・・・ね、一緒に行こうか?」
「え、良いのか?」
「僕だけじゃなく、みんな誘って一緒に行こう。
沙織さんも辰巳さんも。そっちが真面目にお参りしてる間、
こっちの10人で言いたいこと言わせてもらうから」
「・・・・頼むから・・・お手柔らかにな」
「さあ、どうしようかなあ」

 楽しそうにくすくす笑う声が夕闇に響く。
 星が、全てを見守って輝き続けていた。


                             <了>



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