師匠が寝ていた。
今日はソファの上じゃなくて、ベッドの上で。

そこまでは良いとしよう。
眠ると床だろうと何処だろうと起きない人だから。
風邪を引くんじゃないかと冷や冷やしてみたり。

まあそれは、今日も同じで。

師匠は、ベッドの上に寝ていたけれど。


何も被ってなかった。
しかも
ハイビスカスのトランクスにサンダル、という中途半端な半裸で。


「あーあ、夏だって風邪引くって云ってるのに…。」


俺はシーツを手にして、師匠に近づく。
安眠中の師匠は、健やかな寝息を立てて俺の気配にも気付かない。
…こんなに無防備で、本当に聖闘士
しかも最高位の黄金聖闘士なのか、と疑ってしまう。
だってこんな様じゃ、簡単に敵に寝込みを襲われる。
気配も小宇宙も消してない俺にさえ、気付かないで寝ているなんて。


「緊張感、足りないっすよ…師匠。」


ふぁさ。
まだ太陽のにおいがするシーツを、師匠にかける。
「ん」と微かに師匠の声がした。

すぐに他の家事をしよう、と思っていたけれど、その声に引き止められて
その場に留まる。

そう云えば、寝ている師匠に何かかけることはあっても、寝顔をしっかりと
見たことなんてなかった。

師匠は多分、男前の部類に入るんだと思う。
顔立ちは勿論、今は閉じられているピジョンブラッドの瞳も、シーツの下に
隠れているしなやかな手足も、皆女だったら放っておかない。
と、思う。

そんなことを考えていたら、頬が熱くなった。
ああ。

これじゃまるで女の子じゃないか。

俺はぶんぶんと首を横に振って邪念を追い払うと、今度こそ夕飯の
用意のためにそこを離れようとした。
今日の献立を考えながら、キッチンへ向かおうとする。



と。



がっしりと、腕を、捕まれた。


「〜〜〜〜っ!!??」









俺は吃驚して思い切り振り返った。お陰で腕が外れそうになる。


「しししし、師匠!!?」


俺の顔、どんな顔だっただろう。
きっと間抜け極まりない顔。
そうじゃなければ、思わぬところで罠にかかった草食動物。
とにかく、ちょっと人様にはお見せ出来ない顔だっただろう。

師匠はそんな俺の顔を見て、くっくっと喉を鳴らして笑った。

獲物をひっとらえた肉食獣のような、満足そうな顔だった。


「お前、不意打ちに弱すぎる。」


これで何回目だ?
師匠が問う。


…5回目、いや、6回目です。


声に出して応える代わりにがっくりと肩を落としてみせる。
そう、もうこれで6回目。
ただ、寝ていると思っていた人間に奇襲を賭けられるのは初めてで。
まさかこんなことになるとは思っていなくて。

それでも…負けは負け。


「まあ、丁度良い。」


師匠の腕が、俺の腕を引く。
一瞬踏ん張ってみるものの、哀しいかな、
成長期の少年では成年男子には敵わない。
俺はあっけなく、師匠と同じベッドに引きずりこまれた。


「し、師匠?
 俺、夕飯の支度が…。」


嗚呼。
嫌な予感。

だってほら。

師匠が何かたくらんでいる顔を、している。


「そんなもんいい。
 それより、もうちょっとここにいろ。」

「へ?」


強い腕に、抱き寄せられる。
胸に抱きこまれ、両腕が躰に絡む。
逃げられない。


「抱き枕だ、抱き枕。
 お前、丁度良いサイズなんだよな。」


…俺の意見は無視されたようだ。

ここまでくると、抵抗するのは無理。
敵わないのは目に見えているから、観念してしまう。

抱き締められるままに胸に頬を寄せると、そこはとても、あたたかかった。


まあ、ちょっとくらいはこうしてても良いかも。


そんなことを考えて、軽く溜息。
師匠はそんなことお構い無しに、ご機嫌。


流されてる、と思う。


でも、それが心地よい。
今こうして感じてるあたたかさと同じくらい、心地よい。

だから俺は、心の中でぐるぐる渦巻く色々な言葉を箱の中に
閉じ込めて、鍵をして。
師匠の腕の中で、信じられないくらいに近くにある師匠の顔を
ちらりと盗み見た。


「盟。」


低い声が耳元をくすぐる。
綺麗な声だと俺は思う。


「はい?」


素直に、返事。
師匠の片手が、俺の髪を撫でていく。


「良い夢見ろよ。」


そんな声を出さないで。
眠れるわけがない。
こんなに心臓が暴れて暴れてしょうがないことなんて、今までなかった。

聞こえてたら、どうしよう。

俺はやっぱり女の子のようなことを考えながら、
師匠と俺の躰の間で縮こまる手を、そっと師匠の腕に触れさせた。
獰猛な獣の筋肉の感触がした。


「…俺、おかしくなったのかなぁ?」


そっと呟いた声に、今度こそ本物の、師匠の寝息が重なる。
師匠は眠ってしまったらしい。


俺はもう一度溜息をつくと、眠れないことは承知の上で、目を閉じた。




ぴったりと密着した躰と躰。
その間で、妙に早くて激しい鼓動と、
ゆったりと静かな鼓動が交じり合って響く。





何故か。
その音は

ひどく耳に、心地よかった。




                     〜 Fin 〜  

                      2004/07/31









     〜STAFF〜

 Writer  :香嶋トウヤ

 Illustrator:鷹雄和喜&亜樹

 Layout  :葵みどり



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