Index

Next

Back

TOP

ある秋の日の週末。
寮から一週間ぶりに城戸邸に戻ってきた沙織は、その日
ディナーの席で光政に対し

「明後日のパーティで、マダム・ロージィのサインが欲
しいの」
そう、せがんだ。

光政は、自分達の地位や立場を私利私欲に使っては
いけないと常から言ってるだろうと沙織を諌めるが、
沙織は「学友にせがまれて困っているの」
と珍しく引かなかった。
盟は、沙織が言っているのはどんな女性かと訪ねたら
「兄様、ご存知ありませんの?」と、ある雑誌を出して
表紙を見せる。
そこには、モノクロームで一人の女性が写っていた。
短く跳ね上がった白銀のショートヘアー、素肌に大きく
胸の開いたレザージャケット一つを身に付けて物憂げに
横たわり、その横顔は濃い目のメイクで美麗に彩られて
いた。
盟はどきりとしながら、それが沙織の言っている人かい
と頬を赤くして問いかける。

沙織が説明するには、今世界で最も名の売れているモデル
の一人で、名前はロザーナ・デュ・ボア
日本で開催される、チャリティーを兼ねたファッション
ショーの協賛の筆頭がグラード財団なのに、お兄様その
くらい知らなかったのとたしなめられた。

盟は少しムッとして、ショーの協賛をすることも、明後
日パーティがある事も知っているよ。
でも僕の立場でフアッション誌なんて読むヒマは無いし、
必要も無いからねと言い捨て部屋を後にした。

****

盟は、部屋に戻るとネットでその名前を検索した。

ロザーナ・デュ・ポア23歳
フランス出身。
19歳の時アメリカに渡り、雑誌のグラビアモデル
としてデビュー。
当初はそのボーイッシュな雰囲気が時代に馴染まな
かったのか人気はそこそこ。
彼女を変えたのが、外食産業から一代で富を築いた
フランスの実業家ダニエル氏がチェーン店展開の
ためアメリカに渡ってから、フルーツメーカーで
有名なD社のイメージポスターに起用された事が
発端だった。
全裸でフルーツに埋もれた刺激的なショットが話題に
昇り、そこからTVのCM、モード界へと進出。

知名度が上昇する最中、先の大富豪ダニエル氏と
結婚。
ダニエルにとっては三度目の再婚相手だった。
まさにロージィは現代のシンデレラといっても
過言は無かった。

そんな彼女に注目したデザイナーが、これも若手で
新進気鋭といわれたパティ・ラス
パティは、ロザーナが15年間バレエを習っていた
事に注目し、そのダンスの技をショーに盛り込み
まるでミュージカルやコンサートのようなファッ
ションショーを企画した。

もちろん、モード界からの反発はあったが、ティーン
エイジャーを中心に若い女性からは絶大な支持を得て、
爆発的にヒットした。
夫のダニエルはこのショーに資金を惜しまず、一流の
スタッフとダンサーを投入。
ロザーナの秀でたダンステクニックと見事なプロポー
ション、ボーイッシュな容姿から醸し出される魅力が
相成って、モード界に革命を起こした。

ロージィ、マダム・ロージィの愛称で世界に広く知られ、
写真集は3部とも完売で生産待ち。
彼女がショーで身につけたデザインは、翌週マンハッタ
ンやパリの街を埋め、娘たちはこぞって髪をショートに
したと誇張される程の人気。

大富豪の夫人で若さも名誉もある彼女は
今、世界で最も幸福な女性と謳われ
「ラッキースター」と称されるほどであった。

夫のダニエルがチェーン店を日本に展開させる目的と、
ロージィ率いるモデル達が、チャリティーショーを開催
する理由で来日したのが3日前の事である。

盟は、オフィスのランチタイムの間でもロージィの事を
調べているうち、モニターに映ったD社のポスターに
釘付けになった。

数多のフルーツに埋もれ、際どいセミヌードで妖艶な
笑みを向けるその女性は、健康的な小麦色の肌と、
銀色のショートヘアー。
「何、見てらっしゃるんですか?」
背後からニコルにそう言われ、盟は肝を潰した。
ニコルは「明日のパーティの来賓をお知りになるのは
結構な事ですが…オフィスで表示する画像は、もう少し
選んで下さい」
と呆れるように返してその場を去った。

****

翌日のパーティは、東京湾に面したホテル最上階の
レストランを貸し切って盛大に行われた。
地上40階、東京湾岸沿いの摩天楼が見下ろせるホールに
城戸光政と盟に沙織、数人のガードと辰巳が訪れた。
沙織は、まだサインの事を諦められないようで、盟に愚痴
を漏らしている。
友人はチケットをネットで20万で買ったの、だからタダ
当然でロージィに会える私に当たるのよ……とそんな妹の
呟きに相槌を打っていると、今夜のパーティの主役の到来
に会場がざわめいた。

数人のガードに囲まれ、デュポア夫妻が招待客の前に姿
を現した。
長身の二人は、それだけで人の目を引く。
夫のダニエルは185cmを超す、思ったより体格のしっかり
した男で、黒い髪をオールバックに撫で付けており、
笑顔は作っているが、頬骨の出た神経質そうな顔つきを
していた。

その夫にエスコートされている女性。
事実上、本日の主役であるマダム・ロージィに、会場
全ての視線が集まる。
メディア上では、ボーイッシュでカジュアルな装いや、
大胆奇抜なスタイルが主流な彼女だったが、その夜は
場に合わせ、フォーマルなドレスを纏っていた。

純白の、首につけたネックレスが生地と繋がって、肩と
背中露出したドレスは、一見マーメイドスタイルの
ロングだが、前方部分に大きくスリットが入り、彼女が
歩を進ませるたび見事な脚線美が露になる。
背中部分は腰まで大きく開いており、脇から豊かで形の
よい胸の膨らみが惜しげもなく覗いて、人の眼を奪った。

ドレスと一体化したチョーカー状のネックレスには、
卵型の巨大なルビーが光り、露になっている背中にも
細かいルビーが連なって輝く。
ピアスもチョーカーと同じ形のルビーと、3連の細やか
なダイヤが煌いている

ミュールは鮮やかなレッドエナメル製だが、日本人に囲
まれる事を考えてヒールはそれほど高くない。
それでも174センチという長身の彼女は、会場の中で際立
っていた。
手に持っている細長いグラスの中のカクテルはルビー色
のキール・ロワイヤルで、装いにマッチしている。

くっきりと引いているルージュも、宝飾品と同じ色の
鮮やかなローズレッド。
長い付け睫毛に彩られ、少し伏せがちな瞳もまた、
鮮やかなルビーの輝きを放っていた。

(眼の色は、違うんだ・・・)
ロージィを遠目に見つめながら、盟は自然にそんな想い
が胸を過ぎる。
途端はっとして一人顔を赤くし
(僕、今何考えたんだろう)とごまかすように手元の
ドリンクを呷った。

各界の著名人に囲まれ、ダニエルは自信満々に参加者へ
の感謝を述べる。
傍らのロージィは、予想以上に口数少なく淑やかな物腰
で、笑みを絶やさぬまま参加者に礼をし、握手を求めら
れれば快く応じていた。

盟は、無意識のうちにずっと彼女だけを眼で追っていた。
女性ですら羨む完成されたプロポーション、健康的な
張りのある小麦色の肌。
髪本来の癖なのか、セットされているのかは判断つかな
いが、銀色のショートヘアーは全体が上部に跳ね上がっ
ている。
首筋から項、ルビーの光る背中から腰までのラインは
挑発的なくらいに露出されていた。

盟は、彼女の後姿を見つめるうち、心に過ぎる姿があっ
た。
跳ね上がった銀色の髪と、小麦色の肌
それを見つめているうちに、女性特有の長く伸びた、
たおやかな首筋が、太く強固な首へ
なだらかな背筋と細い肩の線は、鍛え上げられた
筋肉の付く雄雄しい後姿へ
もう、一年前。
同じ場所で同じ時を過ごし、熱い想いを交し合った者の
後姿を、盟は無意識のうちに追いかけていた。

ロージィは
ふと、ある視線に気付き、夜のガラス窓を見た。
そこに映っている、自分を見つめる多くの視線の中、
今まで会った誰とも違う眼差しを向ける者が、たった
一人だけ存在した。

常に自分を見る男達の目といえば、羨望の眼差しか
この肉体に注がれる卑猥で舐めつけるような視線。

なのに、あの少年の目は違う
真剣で生真面目だけれども、少し切なそうに何かを
堪えるように自分を見る眼。
そんな眼差しを初めて受けてロージィの気持は揺れ、
彼に、近づきたくなってみた。

そんな彼女を夫のダニエルが呼び止め、君のショーの
スポンサーを引き受けてくれた城戸総帥だと、光政を
紹介した。
礼をするロージィに光政は、私の息子と娘を紹介しよう
と盟と沙織を招いた。
父に呼ばれ、盟は気取られないようにタイを直し、
社交場に合わせたお定まりのスマイルで夫妻に挨拶をし
た。

ロージィは盟に柔らかく微笑んで、とてもお若いのに
しっかりなされているのねと、語りかける。
初めて聞くロージィの声は、ガラスの玉がぶつかり
あった時に奏でる音に似て、予想外に可愛らしいと
感じた。

そのまま光政はダニエルと歓談に入り、ロージィは
盟に語りかけながら窓際へと向かった。
自分と同じ程の身長で、露出の高いドレス姿の妖艶
な夫人を眼前にして、盟の鼓動は高鳴り気焦りもして
いたが、気付かれないように紳士的に接し続けた。

ロージィは、盟が持っているカクテルグラスに注がれ
ている、淡いオレンジ色の飲み物に注目した。
「それは、フロリダね」と語りかける。
フロリダとは、オレンジジュースとレモンジュースで
作られるノンアルコールのカクテルで、アメリカで
禁酒時代に作られたものであった。

盟は苦笑混じりに
「まだ半人前ですから、パーティではこればかりです」
と言うとロージィは「いいえ」と首を振ってボーイを
呼び止め
「彼と、同じものを」
と、飲み掛けのキールロワイヤルをボーイに渡して、
フロリダを注文した。
盟は、驚いた表情を向け
「アルコールは苦手なのですか?」
と問う。
「全く飲めない訳ではないけれど・・・」と言いかけた
ロージィに、ボーイがフロリダを渡した。
「明日も、ショーのリハーサルやダンスのレッスンが
あるから、お酒は控えておこうと思って」

そう言って盟と同じ飲み物を口にするロージィの、
艶やかな唇がグラスに触れる瞬間、盟の胸は大きく
鳴った。
彼女の言葉が真意なのか、それとも含みなのか判断が
つかないまま、盟は赤い顔を見られないように窓の方を
向く。

大都会の摩天楼が広がり、丁度正面にライトアップされ
た東京タワーが見えた。
ロージィも夜景を見下ろして
「あのタワー、本当に何処からでも見えるのね。さすが
世界一だわ」と語る。
盟は「フランスのエッフェル塔も、美しい建造物です」
と返すと、ロージィはふっと息をついて
「私、フランスといっても南方のニース生まれなの。
だから、エッフェル塔は1−2度しか見てないわ」
と寂しそうに呟いた。
意外な答え返しに盟は少し驚き、聞き返そうとした時
背後から沙織が
「お兄様だけずるい、2日前までは興味が無いって
言ってらしたのに」と少し怒って語りかけてきた。

盟は改めて自分の妹ですと沙織を紹介する。
沙織は「お祖父様には止められているのだけど…」と
こっそりと手のひら程の色紙とペンを出した。
盟は、そんなにサインが欲しいのかいと呆れ顔を向ける。

「私の学校だけではなく、マダム・ロージィは今ハイス
クールで一番人気があるモデルいえ、最も尊敬する女性
なのです。だから、お会いできた記念にせめて一枚、
お願いします」
と深く頭を下げた。
ロージィは「光栄ね」と笑顔を向けて、色紙とサインペ
ンを受け取る。
その笑顔は予想に反してとても明るく、無邪気さすら漂
う表情で盟は度肝を抜かれた。
サインを渡され歓喜する沙織。その様子に気が付いた光
政は顔を上げて盟と沙織に声を掛ける。
沙織は気まずそうに「お兄様、後はよろしく」と言い
そそくさと離れて行った。

盟はロージィに「すいません、少し我儘な所があって」
と弁解すると「いいえ、とても素敵なお嬢様だわ」と
静かに笑って盟を見た。
紅色の宝石とルージュに飾られたその女性に、盟は
心奪われて暫しぼうっとする。
ロージィは盟に対して
「ショーの初日に、私どもが主催するパーティがあるけ
ど…それにも、出席して頂ける?」
と訪ねた。
盟ははっとして「父が、出向くのなら…ぜひ」と
しどろもどろに返答する。
そう、お待ちしてるわと、窓際に飲み掛けのフロリダを
置き、コロンの香を残して白いドレスの裾をなびかせ、
盟から離れて行った。

背を向けて遠ざかり、夫の元に戻るその後姿を盟はずっと
目で追う。
そうして、夫のダニエルが何かを語りながら、手をロー
ジィの腰に回す様子に、胸がちくりと痛む。

その時である、会場の一部から喚声が上がった。
盟は何事かと声の方を見ると、湾に面している窓から
皆何かを見下ろしている。その中に沙織もいた。
盟は沙織に近づきどうしたんだいと聞くと
「ほら、あれがロージィをイメージして造った
船らしいの」と、一隻の客船を指した。

煌びやかにライトアップされた、大型の豪華客船が
ゆったりと埠頭に寄港しつつある。
船体は先端が濃い薔薇色で、徐々に淡くなる
グラデーションのペイントを施された優雅なデザインだ。

ダニエルが得意気に語るには、船の名前は
ラヴィアン・ローズ。(薔薇色の人生)
昨年建造された、500人収納可能なクルーズ客船である。
現在は試験運航中という事で客は乗せていないが
この船にはもう一つの重要な役目があった。

ロージィを始めとするモデル達が、ショーで身につける
衣装の全てと、未公開も含めたデザインやコレクション
の数々はこの船に積んであり、デザインの開発も可能な
設備が整っているという。

全ては愛しい妻のためと、誇らしげに言う。
傍らのロージィはそれを聞いて、嬉しそうににこりと
微笑みを向けた。
正に、今この世界で最も幸福な女性、ラッキースターと
呼ばれるに相応しい、幸せな笑顔である。
(いくら僕でも…軽く近づけないな)
盟はふと寂しさを覚え、背を向けて自分がいた場所に
戻る。
そこで視線に入ったものは、先程彼女が飲み残した
フロリダ。
カクテルグラスの縁に残されている、薔薇色のルージュ
の跡を見るうち思わず手が伸びたが、寸前で指を引き
足早に会場を後にした。

****

パーティーが終わり、ロージィと夫のダニエルは会場を
後にすると、ホテルの自室に戻るべくエレベーターに
乗り込んだ。
ダニエルはロージィの腰に回した手に力を込めながら
「グラードのプリンスと何の話を?」と
ぎらついた目で問いかける。
「別に…サインを求められただけ」とおずおずと返す。
「カクテルを変えたね?」と威圧するように語る
「ごめんなさい、明日からのレッスンを考えてそれで、
彼の飲んでいたノンアルコールを…」
「似合わないんだよ、今日の衣装にフロリダは!」
怒りを抑えた声でロージィの言葉を止める。
ロージィは萎縮して、何度も詫びた。

エレベーターを降りて、数人のガードが警護する
スイートルームに入る二人。
ダニエルは背後からロージィを繋ぎとめるように
抱くと
「まあいい、今日は久し振りに愛しい妻を
沢山可愛がるとしよう」と
ロージィのドレスを外しながらベットルームへと
連れ込んだ。

せめてシャワーをと懇願する彼女の衣装を取り去り
その身をベットへ投げ出す。
ルビーのイヤリングと、白地で凝ったレースのスキャ
ンティだけを付けた悩ましい姿を見下ろしながら自身
も衣服を脱ぎ始める。
「綺麗だよ。本当は・・・」
豊満なバストを掴みながら卑しい笑みを向ける。
「この肌に綺麗な紅色の瑕を付けて上げたいけど、
大切な商売道具だからね」
とロージィの身に覆い被さってその肌を貪り始めた。

ベットルームに備わっている観葉植物の枝や壁の絵画。
それに豪奢な鏡台。
その全てに、隠しカメラがセットされている事を
ロージィは気付かぬ素振りで、夫の強引な性行為に
ただ身を任せていた。

同じ頃
同ホテルの別なスイートルームに、数人の男達がいた。
タキシードやスーツ姿のその者達は、大半が
先のパーティに出席していた各界の著名人であった。
他に、表の社交界には顔を出さない裏世界のトップもい
る。
彼らは、巨大なモニターに映し出される映像に釘付けに
なっていた。

「トップモデルの妻との交じり合いをライブとは
中々サービス精神旺盛ですな」
「聞いたところによると、1500万程度で相手をして
もらえるとか」
「どうです?そちらは大分儲けさせてもらって
るんでしょう」

葉巻の煙とブランデーの匂いの漂う空間の中
男達の卑下た笑みと、卑猥な視線がモニターに
向けられていた。



    Back   Next   Index