第3章
「再見、上海」


リュウたちがメカ分署に戻って来た事は、早くにルードヴィッヒの耳に入った。

「…という訳で、リュウ、ソフィアとも先週からマグナポリスに戻っております」

その報告に、流石にルードヴィッヒの顔は曇った。
ウルフが声を上げる。

「早速、ネオトキオにいる部下に監視を強化するように指示を出しておきました」
「うむ。但しでしゃばり過ぎないようにな。ホーク、他に何か動きはあるか」
「はい。また権藤が何か動き始めているようです。外出の回数が増えていますので」
「行き先は?」
「主に本庁、それと各官公庁が主です」

ミレーヌはモニターを見つめながら呟いた。

「執念の男ですもの、着実に私達を追い詰める策を練っているわ。でもここで浮き足立っては…」
「足元をすくわれる」

ルードヴィッヒは、椅子に背を預けた。

「幸い、私達が上海にいること気づいていないようだ。今しばらくここで土台を固める。但し、メカ分署の動きは、逐次報告してくれ」
「はっ!!」



それから一ヶ月が過ぎた。
権藤は、朝食の席で一つの報告を始めた。

「先月、上海で起きた劇場爆破事件について、ワシから依頼していた調査の報告が届いた」

3人が座っているデスクには、立体モニターが付いている。
そこに表示される映像は、中空に画面が浮いているような状態で表示され
手で触れる事によって表示場所を移動できる仕組みだ。
権藤はモニターに、劇場内の影像を映し出した。

「これは、劇場の監視カメラの影像だが…」

ボックス席の一つがクローズアップされ、白絹の長袍の男と紫のチャイナドレスの女が映し出される。
ソフィアが叫び声を上げた。

「あー!!これですこれ!!私が夢で見た二人っ」

権藤は頷いて、白い服の男をアップにした。

「髪は染めてますが、ほぼ間違いないっすね」

クロードの言葉に、リュウが深く頷く。

「上海警察の話によれば、現地では「李晶鳳」の名で通っているらしい」
「へー、ルーだからリーねぇ」
「そして、こちらの女性は、髪は黒いがこちらも間違いないだろう」

オペラグラスを覗いたまま、なまめかしく足を組みかえる。
クロードがひゅうと口笛を吹いた。

「相変わらず、素敵なおみ足」
「チャイナドレスでナイスバディがくっきりはっきり☆」
「どこ見てんのよっ!!」

ソフィアが、二人の頭を掴んでぶつけた。
権藤が報告を続ける。

「現在まで入っている情報だと、マフィアの間では「エージェント・リー」で通っているらしい」
「エージェント?」
「破壊や、殺しを請け負って報酬を得ている」
「おーおー、勤勉だねぇ」

画像では、客席に黒服の三人の男が現れ、何かを耳打ちしている。

「右から多分、ウルフ、シャーク…」
「ベアーは一発で分かるなー」
「彼らが席を経った15分後に、劇場は爆破だ。そしてその一時間後に王の所有しているビルの屋上部分が破壊」

画像は、車から降りる5人の姿を映した。
これがビルに入る李…ルードヴッイヒ達だろう。
一通りの画像を確認し、クロードが質問を始めた。

「おやっさん、彼らの捜査ってのは、始まってるんですが」

権藤は、困ったように頭をかいた

「うむ、今の影像から劇場爆破及びビル破壊の重要参考人として捜索してはいるが、クリスタルナイツと決められる程の証拠が無いのが歯がゆいところだ」
「確かに、ソフィアの千里眼は法的な証拠としては、認め辛いですからね」
「それと、奴らは報酬を絶対に現物で受取る主義らしい」
「デジタル上に、証拠を残さない主義ですね、あいつらしい」

リュウがはっとした顔で聞く。

「おやっさん、俺らが上海に行くってどう?」
「それも申請中だが、いかんせんクリスタルナイツとの関連付けが難しいからな…」
「えー、現地でフカヒレ食べてみたいのにー」

リュウの脳天気な発言に、他のメンバーはずっこけて床に沈んだ。



クリスタルナイツ、ルードヴィッヒの所に緊急で報告が入る。

「上海警察は、先日の劇場爆破に李晶鳳が関わっているらしいと気づき始めたようです」
「そのぐらいは、予測済みだ」

ルードヴィッヒは紅色のワインを傾け、手元の立体モニターを表示させる。

「ここまでで、4つのマフィアを傾かせた…そろそろ潮時だな」
「あら、ここを引き払ってしまうの?」

フッと笑って、グラスを掲げる。

「そうだな、最後に花火でも捧げよう。上海の夜景に」



数日後の上海。

ネオン煌く街の中を、数十台のパトカーが駆け抜けて行く。
上空を、多数のヘリが横切って行った。

マフィアからの密告と通信電波の傍受により、李晶鳳の一味が潜んでいるアジトと武器庫に一斉捜査が入った。

警官隊はアジトと武器庫を取り囲み、一斉に踏み込んだその瞬間。
仕掛けられていた膨大な爆弾にスイッチがはいり、周辺の建物も巻き添えにして跡形もなく破壊される。

同じ頃、上海の港を出る一隻のクルーザーがあった。

ルードヴィッヒは、あたかも自分達が密告により追い詰められかと見せ掛け、その隙に海を渡っていた。
ミレーヌは潮風に吹かれながら、漠煙の立つ街を見送る。

「いざとなると、寂しいものね…ルードヴィッヒ、これからどうするの?」
「このまま沖縄までの船旅も悪くあるまい、そこからあの場所に戻る」

ルードヴィッヒは、纏っていた白絹の長袍を脱ぎ捨て、海に放った。

「さらばだ、李晶鳳」



上海での一斉捜査により多大な被害が出た事実は、すぐにマグナポリスに届いた。

「…というわけで、警官隊の大半が爆死。李一味の消息は依然として不明だ」

権藤が悔しそうに煙草を吹き上げる。

「この大胆な撤収は、間違いありませんねダンナ」
「ああ。それでおやっさん、やつらは何処に…?」
「それが分かれば苦労は無いわい」

困ったように頭をかく権藤に、リュウははっとして声を上げた。

「こんな時こそ、ソフィアちゃーん」
「え?なになに?」
「女神様の千里眼で、あいつらの居場所、ピピッと当ててよ」
「おお、そうじゃそうじゃ」

権藤が身を乗り出す。

「うーん」

ソフィアは腕を組んで、深く考え始めた。
他のメンバーが、期待の目を向ける。

「ううーん」
「うんうん☆」
「うーん、うーん」
「うん☆」
「あ、やっぱダメ」

「だああああっ!!」

ソフィア以外が全員、床にずっこけた。


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