第14章
「Good by Angel」


リュウは、緊急に病院に運ばれ。
集中治療室で、必死の治療が続けられていた。

権藤とソフィアが、上部の窓からその様子を見つめている。

治療室には、呼吸器を付けられ、身体に幾つもの点滴と電極を付けられているリュウ。
その周囲を、数人の医師と看護婦がせわしなく動いていた。

「心拍数…50を切りました」
「血中酸素濃度、92!!」
「電気ショック開始、酸素分子フィルタリングを10%上げろ!!」

不安気に治療を見守る二人の所に、クロードが入ってきた。

「おお!クロードか?」
「警部、シャーク・ホーク・ベアーは死亡が確認されました。ウルフは重体のため警察病院で治療中です」
「クロード!!」

突然、ソフィアが叫んでクロードに掴みかかる。

「リュウが死ぬかもしれないのに、入ってきていきなり報告?!」
「ソフィア!!」

権藤が制して、治療室を指差して語る。

「あそこにいる医師3人は、蘇生術のエキスパートじゃ。彼らに真っ先に連絡をとったのは、クロードじゃよ」

ソフィアははっとして手を離す。

「ごめん…なさい…」
「いいさ、俺も悪かった。おやっさん…リュウは?」

クロードの問いに、権藤は無言のまま治療室を見つめる。
医師の一人が権藤たちと目が合い、辛そうに眉間に皺を寄せた。
その反応に、ソフィアはたまらず部屋を出る。

「ソフィア!!」

二人も後を追って、治療室を目指した。
ソフィアたち三人が、治療室に掛け入って来る。
目の前のリュウに、ソフィアは叫んだ。

「リュウ!!」
「…駄目です、入らないで…!」
「いや、構いません」

咎めようとした看護婦を止め、医師は三人に語りかける。

「呼びかけて下さい、彼の名前を。それで、生きる気力が沸くかもしれません」
「はい!!」

ソフィアが始めに、リュウの手を握る。
その上に、二人の手が乗せられる。

「ごめんね…リュウ…一人で辛い思いさてごめん…だから帰ってきて!!リュウ!!」
「リュウ!!…すまんかった!!わしの為に…すまんかった、リュウ…!!」
「リュウ帰って来い!!これから好きに生きられるんだ!!可愛い子紹介するから、帰って来いリュウ!!」

三人の必死の呼びかけが続く。
だがその声は
まだ、届いてはいなかった。

リュウは、横たわったまま、暗い闇の中を落ちていた
かすかに残る意識の中、思いを巡らせる。

(ああ…全部…終ったのかな…)


鼓動の音が遠ざかるのが、自分でも分かる。


(俺の役目…終ったかな…もう疲れた……)


底へ底へと沈み行く中、意識は遠ざかる。


(もう、息するのも…めんどくさいや…)


生への執着も無く、ただ闇に溶ける事を受け入れようとしたとき
自分の手を握る者がいた

「ごめん…なさい…」

手に伝う、温かい涙
顔を向けると、自分の手を握って泣いているのは
白いドレスの、ブロンドの天使
青い眼から、次々と涙が溢れている

リュウは、少し驚いた顔を向ける
ジョセフィーヌは、リュウの手を取って詫び続けた

「こんな辛い思いをさせて…本当に、ごめんなさい…」
「いいよ、泣かなくて」

リュウの手が、彼女の手を軽く握り返し
優しい笑みで語った

「良かったなぁ、解り合えて」
「……」

ジョセフィーヌは暫し呆然とした後
再び、涙に濡れた頬をリュウの手に当てた

「貴方の…その優しさに…縋ってしまった…」
「……」
「私も、そしてあの人も…その優しさに、頼ってしまった…」
「…いいさ」

変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、リュウは続けた。

「俺も、嬉しいんだ。だって、誤解しあったままなんて…悲しいじゃないか」

涙を流しながら、彼女は済まなそうに俯いた。
リュウは慰めるように続ける。

「それにさ、凄く、綺麗だった」
「え…?」
「二人の思い出が綺麗でさ、もう少し、後もう少し…見ていたかった」

リュウの笑いに、照れが入る。

「覗き見みたいで、ごめん…」
「…いいの」

涙を止め、ジョセフィーヌの顔が穏やかになる。
リュウは、安心した顔になって問いかける

「あの、天使さん…」
「え…?」
「良かったら、俺も連れていてくれないかな?あんたと同じところに…」
「……」

ジョセフィーヌは寂しそうに笑って、リュウからそっと手を離した。

「いいえ…」
「え…?」
「私は…天使なんかじゃ、ない」

ジョセフィーヌは立ち上がり、両の手を胸の前に差し出す。
そこから、金色の光と羽根が溢れてきた。

「私は…わがままで…寂しがりやで…愛する人を信じられなかった…ただの女」

掌から、次々と羽根が溢れ出る。
その羽根を、リュウへ与えるように放る。

「本当の天使は、貴方」

羽根の固まりは、リュウの背に潜り込み
渦を巻き始め、リュウの身をゆっくりと浮き上がらせた
リュウは驚いて、ジョセフィーヌを見る

「聞こえない?…貴方を呼ぶ声が」

リュウは上を仰ぎ見る
一条の光が見え、そこから自分の名を呼ぶ三人の声が聞こえる。

「貴方にはまだ、必要とする人がいるわ…だから」

リュウの背に付いた羽根の渦はなお強さを増して、リュウを上へ上へと押し上げる。

「だから、生きて…生き続けて」

リュウは眼下のジョセフィーヌを見下ろした
穏やかな笑みで手を振る彼女に、笑って返す

「ありがとう。あんたも、次は幸せになってくれ…」

ジョセフィーヌは笑みを絶やさぬまま、静かに語った

「ありがとう、でも…私…やっぱりあの人を一番愛している。だから、次に会った時は信じるわ」

遠ざかるジョセフィーヌとリュウは、軽く手を上げる。

「さよなら…」
「さようなら、天使さん」

徐々に天に昇るリュウの身は、やがて光に包まれていった。


「先生!!心拍数70に上昇!!」
「血中酸素濃度、94…95…98…正常になりつつあります」
「何?」

看護婦の報告に驚く医師と三人。
程なくして、リュウの瞼がかすかに開く。

「リュウッ!!」
「リュウ!…リュウ!」
「リュウ!!」

リュウは三人に向けてふっと笑い、かすかに口が動く。
声は聞こえないが、それは確かに
「ありがとう」
と動いた。

「リュウ…良かった…」

涙に濡れた頬のソフィアが、膝を崩す。
権藤が医師に顔を向けた。

「先生、リュウは?」
「ええ。全て正常に戻りつつあります。皆様のお陰ですよ」
「やったあ!!」

クロードが飛び上がった。

「まだ完全に安心は出来ませんが、ここからは私達におまかせ下さい」

医師が一礼をし、三人は安堵の思いで治療室から出た。



それから3日後
場所は、ボルドーから数十キロ離れた別荘地。
そこは、ヒューラーがミレーヌに与えていた別荘だった。

スティンガーキャットは、屋外の見回りを終えたあと、応接室へと入って行った。
そこには、ミレーヌとジタンダがおり、部屋の隅にはジョセフィーヌコレクションが積まれ、悪魔の壷もあった。
3人は、モナコに爆弾を仕掛けたあとすぐに、このボルドーへと逃走していたのだ。

「キャット…話があるのだけれど」
「はい」

ミレーヌは、寂しそうな顔を上げた。

「今ジタンダと話し合って、私達、明日にでも自首しようと思うの」
「ええっ!!」
「このジタンダ、ルードヴィッヒ様だけに辛い思いはさせません!!共に臭い飯を食うであります!!ええもう、ハラいっぱい食ってやりますよ!!」
「それでは…」
「このコレクションと壷は持っていくわ。売り払っても足が付くだけですもの」
「それでは私は…!!」
「キャット…」

ミレーヌは、テーブルに3枚のカードを出した。

「偽の、身分証明とパスポート…それと、私の個人財産よ」
「いけません!!私も共に…」

ミレーヌは静かに首を振る。

「私のこの財産があれば、親子で十分暮らしていけるわ」
「えっ!!」
「ええええっ!!」

キャットはもちろん、ジタンダも驚く。

「貴女だけの身体では、ないのでしょう?」

そう問われて、キャットは赤くなりおろおろと答える。

「え…いえ…でも、まだ判明した訳では…それに、一度だけ…」
「女のカンよ。大丈夫、ちゃんと根付いている」
「ミレーヌ様…」
「だから、良いおかあさんになって…私からの願い」

優しいミレーヌの言葉に、キャットは膝をついて、その場に泣き崩れた。



翌日
プロヴァンスにある、警察病院。
そこで集中治療を受けていたウルフが突然起き上がり
警備の警官を殴り気絶させ、その銃を奪って廊下に出た。

全身の包帯からは血がにじみでて、まさに鬼神の形相で進む。
銃を構えた警官を前に、激しく叫んだ。

「ルードヴィッヒ様にお伝えしろ!!先に地獄でお待ちしておりますとな!!」

そう言って、銃の引き金を引こうとした瞬間。
数人の警官からの発泡で弾を受け
ウルフは、床に沈んで絶命した。


同じ頃、ボルドーの警察署を訪れる者がいた
ジタンダとミレーヌである。
警察の前に車で乗りつけ降りた時
ジタンダは悪魔の壷、ミレーヌはジョセフィーヌコレクションのケースを一つ携えていた。



それから3日後、プロヴァンスにある市民病院の一室に
ソフィアは、花を生けた花瓶を持って入ってきた。

「ソフィアー、また花?」
「…いいじゃないの、殺風景な病室には必要よ」

ベッドの上には、つまらなさそうな顔を向けて横たわっているウラシマリュウ

「俺としてはー、ハンバーグとか、ステーキの方が嬉しいなぁ」
「だーめ、まだ身体が弱ってるのに、そんなモノ受け付けられないでしょ」
「ちぇっ」

むくれて窓の外を見るリュウ
上空を、旅客機が飛んで行く

「…おやっさんとクロード、今朝経ったんだけ」
「そう。ルードヴィッヒの警護を兼ねてね」
「さっきニュースみたら、ミレーヌとジタンダも自首したのな」
「ええ。コレクションも、壷も、すべて回収したわ」
「これで、全部カタがついたのかな?」

ソフィアを窓の外を仰ぎ見る。

「キャットが逃走中みたいだけれど…私、大事にはならないと思うの」
「…うん」

ソフィアの背中に、リュウが問いかける。

「俺って、いつ頃退院できるか分かる?」
「たぶん、あと一週間くらいじゃないかしら…」
「えー、もー寝てんのやだなー」
「早く元気になりたい?」
「もちろんだよ。好きなモン食いたいしさー」
「じゃあ、元気になるための、おまじないしてあげる☆」
「え…?」

ソフィアは、リュウの側に立ち
身を乗り出して、リュウに顔を近づけた

「えっ…ソフィア…ちょ…」

動揺しているリュウに構わず、ソフィアはそっと目を閉じて顔を近づけ
リュウの口に、自分の唇を重ねた。

「……」

固まって動けないリュウ
ソフィアは、唇を離すとニコっと笑った。

「元気、出た?」

赤い顔で、コクコク頷くリュウ。

「青春、リセットした?」

ヘラヘラ顔で、コクコクコクコク頷くリュウ。

「よかった、じゃ…!」

ソフィアは照れるように部屋を駆け出すと、廊下をスキップしながら

「キャイン!ファーストキス!!キャイン☆自分からしちゃったキャイン!」

と小躍りしながら、廊下の向こうに消えて言った。

一人病室で残されたリュウは、しばらくポーッとしていたが

「あ〜やっぱ、女の子の唇っていいなあ」

と言いながら、枕を抱いて何度もキスしている。

「リュウちゃん、元気でた!!」

と言って思い切り起き上がってみたが

「あ、やっぱりまだダメ…」

と、ベッドにフラフラと沈んだ。


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