第12章
「第三幕、開演」



沈みかえったマントンの街に、朝が訪れようとしていた。
辺りは薄明るくなり、別荘の室内も徐々に明るさを取り戻す。

「ん…」

その明かりで、始めに目が覚めたのはルードヴィッヒだった。
注意深く起き上がり、傍らを見る。

うつ伏せになり、深く寝入っているだろう
黒い髪の、後姿。
それは間違いなくリュウだ。

夢は、終った。
後は止めを刺し、元いた場所に戻ればいい。

ルードヴィッヒはチェストに手を伸ばし、二番目の引き出しを開けた。

「…!!」

そこには、何も無い。

もしかしたら、一番目に入れたのかと
二番目の引き出しを閉じ、一番目に手を掛けようとした時

背後で、銃を構える音が聞こえた。

まさかと振り向く。

目の前には、銃口。

向けているのは、身を起こし
厳しい目でブラスターを構える、ウラシマリュウであった。

「貴様…」

いつ、目覚めたのかと問う口も動かず
ただ呆然とした。
リュウが、厳しい視線を向けたまま、口を開く。

「もう、終わりにしよう」

ルードヴィッヒは動かぬまま、暫し沈黙した。
やがて、薄く笑って息を付く。

「そうだな、どうやらお前の勝ちだ」

リュウの視線は崩れない。
ルードヴィッヒが目を反らして、軽く笑いながら言う。

「ただ、その前に…」
「…?」
「お互い、服くらい着ないか?」

そうだなと呟いて、銃を持つ手が少し緩むのを
見逃しはしなかった。
そして、リュウの「弱点」も

咄嗟に、身体にかかっていたシーツをリュウの眼前に広げ
怯む隙に、マグナブラスターをもぎ取った。

こいつは「止め」を刺せない。
それが奴の甘さだ

「しかし私は違う!!」

白い指がマグナブラスターを構え、リュウの眉間を狙う。

「私は帰る!!元の場所に!!」

ためらいも無く引き金が引かれ
室内に、銃声が鳴り渡った。



ニースまで、あと50kmの山間の道路。
そこを、ウルフたちは懸命に南下していた。

しかし、警察と軍の猛攻に殆どの隊員は倒れ
残る兵は、スティンガー部隊のみとなっている。
ウルフは、遠くの空を見ながら軽く舌打ちをした。

「もうすぐ…夜明けか…」



別荘の室内で鳴り響いた銃声。
放たれたブラスターは、

天井付近の壁を、打ち抜いていた。

「な…」

腹部に強い衝撃を受け、ルードヴィッヒは身を固まらせた。
手からブラスターが落ち、そのまま意識を無くす。

向かいにいるリュウの右の掌には
小さな竜巻が、渦巻いていた。

ルードヴィッヒが銃を構えたとき
リュウはその手の中にWindShotを溜め込み
一気に、相手へと放っていたのだ。

崩れ落ちるルードヴィッヒの身体を支えるように、抱きとめる。

「確かにさ…」

空に向かって、あてどなく語る独り言。

「俺、甘ったれかもしれない…ただ」

ルードヴィッヒを支えたまま、遠くの海を見る。

「お前を捕まえる。それだけは、確かに言った」

リュウの目に入るのは、水平線の彼方から覗く
金色の陽光。
それから視線をそらして、目を伏せると。
ルードヴィッヒの肩と背に、腕を回し。
一筋の、涙を流した。





赤いアンダーと、プロテクターを身に付けたリュウは
バルコニーへと歩み出た。

朝の陽を受けて、黄金色にきらめく紺碧の海。
その向こうから、数隻の軍艦がゆっくりと近づいてくる。

軍艦から十数機のヘリが現れ
それは鋭い音を立てて街へと迫り
轟音を上げて、別荘の上を通過していく。
リュウは感情の無い目で、遠ざかるヘリを見つめていた。

程なくして、別荘の眼下の道路に一台のパトカーが現れた。
パトカーは別荘の手前で泊まり、二人の警察官が出てくる。
自分を見上げる警官に、リュウは軽く右手を上げた。

二人の警官は、別荘の2階へと昇り
一室のドアをノックする。

ドアを開け、警察手帳を見せるリュウ。
そうして、警官を中へと入れる。

室内のベッドには
ワイシャツとスラックス姿で
気を失って横たわっている、ルードヴィッヒ。

その手には、手錠が嵌められていた。



マグナポリス、38分署。
権藤は、一本の電話を受けた。

「はい…はい…なんですと!?それは確かに?…ええ、分かりました
我々も向かいます」

電話を切り、歓喜の叫びを上げる。

「おやっさん!!何なんですか?」

権藤の声に、ソフィアも目を覚ます。

「警部…どうしたんです…まさか?!」
「おおそうじゃ、リュウがやってくれたわ!!」
「あいつ、勝ったのか…」

権藤は嬉々としてメカ分署を発進させる。

「ルードヴィッヒは、プロヴァンス空軍基地に送られたそうじゃ。リュウもそこで待っている。
行くぞ!!」

上機嫌の権藤の背後で、クロードははっとして権藤に訪ねた。

「おやっさん」
「ん?どうした?」
「調べて欲しい、事があります」



モントルーの別荘。
ミレーヌは、大広間のソファでジタンダに毛布をかけられたまま寝入っていた。
一本の電話が鳴り、身を起こす。
慌てて走ってきたジタンダに「私が出る」と言って受話器を取る。

「もしもし…」
「ミレーヌか?」

声の主は、クロードだった。

「…ええ」
「先に目が覚めたのは、リュウの方だ」
「……」
「ルードヴッイヒは、逮捕されて護送中だ。スティンガー部隊は、撤退させてくれ」
「…そう…」

力なく受話器を置く。

「ジタンダ、熱い紅茶を入れてきて…」

はいと頷いて広間を出る。

ミレーヌはテーブルに歩んで行き、備え付けられている通信機でウルフと連絡を取った。

「…ミレーヌ様?」
「ウルフ、撤退して」
「え?」
「ルードヴィッヒは、逮捕されたわ」
「な…!!」
「これ以上の進攻は無意味。一度…モナコへ向かって」
「…はい」

ミレーヌは、ふらふらとした足取りでバルコニーへと近づいていった。
そこにジタンダが入ってきて、ミレーヌの様子に驚く。

「ど、どうしたんでございますか」
「…ルードヴィッヒが、捕まったわ…」
「えええ?」

ジタンダの手元から、茶器が滑り落ちて割れる。
その音も耳に入らず、ミレーヌは独り言を呟いた。

「三幕が、観たいって言ったの」
「え…?」
「私、眠れる森の三幕が観たいって言った。でも、二幕で帰ってしまった」
「……」
「夢から覚めたオーロラは、全ての者に祝福される…でも…」

そこまで言って、バルコニーに出ようとした直前。
足元に落ちている、一枚の写真に気付いた。
花帽子姿の、思い出の美女。

「な…」

ミレーヌの膝が崩れ落ち、その場にへたり込む。

「捨てた…はずなのに…どうして…」

変わらない笑顔を向けて微笑む、ルードヴィッヒの眠り姫。

「貴女は…何故…」
「どうしたんですか?!」

慌てて駆け寄るジタンダ。
ミレーヌの前に落ちているジョセフィーヌの写真に、度肝を抜かす。
呆然としてミレーヌは呟いた。

「私、三幕が観たいと言ったわ…でも、こんな幕開けは…望んでない…」

ジタンダは涙ぐみ、足元の写真を拾い上げた。

「うう…こんな、こんなもん…」

写真を握りつぶして、バルコニーに出る。

「こんなもんの…ために…」

潰した写真を外に放り、ジタンダは叫んだ。

「うあああ〜!!ルードヴィッヒ様あ〜っ!!」

叫び声は、青い湖へと吸い込まれていった。



プロヴァンス空軍基地。
ルードヴィッヒを収監してから、基地の周辺には多くのヘリ・戦闘機が集い物々しい雰囲気に包まれていた。
ルードヴィッヒのいる6階建ての司令塔には、屋外にはもちろん、屋内にも多くの警官や兵士が警備に当たっている。
特に、ルードヴィッヒのいる地下の部屋には、廊下階段に至るまで多くの警官が銃を構えて
並んでいた。

「…様子はどうだ?」

警官の一人が部屋の前で警備している部下に聞く。

「はい。大人しいものです。聞かれた事意外は何も語りません」

そうかと頷き、廊下へと出て階段を上がる。
所狭しと並んでいる警官と兵士に、彼は舌打ちして呟いた。

「まるで、王様だな」

地下の、拘置用の室内。
その隅の椅子に、ルードヴィッヒは座っていた。

椅子に背を預け、じっと目を閉じ、
眠っているかのように、静かに座している。
膝に置いた手には、手錠を嵌めて。



司令塔の1階。
夕日の差し込む応接室に、リュウはいた。
窓から入り込む朱の日差しを避けるように、ソファの隅に座り。
眠っているように、じっと目を閉じている。

膝に置いた手は揃えられ
まるで、捕らえられた者のように座っていた。

外の廊下から、近づいてくる足音がある。
ドアが開いた。

「こちらでお待ちです」
「うむ…おお、リュウっ!!」

権藤が、感激した声を上げて駆け寄ってきた。

「あ、おやっさん…」

リュウが立ち上がると同時に、権藤が抱きついてくる。

「いやー、よくやったよくやった!!流石はわしの見込んだ男だ!!」
「へへ…いってぇよおやっさん…」

そこに、クロードとソフィアも入ってくる。

「ダンナ、無事だったか!!」
「リュウ!よかった!!」
「ああ、二人も来たのか」

ソフィアは、気分の優れなさそうなリュウの様子を見て心配する。

「リュウ本当に大丈夫?顔色が悪いわ…」
「無理も無いな、あれだけの能力を使ったんだ」
「二人ともありがと…まあ、少し眠いかな」

権藤が手を離し、心配そうに言う。

「そうじゃな、メカ分署で休むといい」
「…そうさせてもらうよ…」
「リュウ、お腹すいてない?」
「いや、昼は食ったから大丈夫、それじゃお先に」

そう言って、リュウは応接室を後にした。
その後姿にソフィアは心配を寄せたが、すぐに司令本部に呼ばれた。



メカ分署。
一人戻ってきたリュウが、自分の部屋の前に来ると、ミャーがいた。
鳴きながら、自分の足元に擦り寄ってくる。

「ああミャー、迎えてくれたのか」

ミャーを抱いて、その背を撫でる。

「嬉しいんだけどさ…」

ミャーを床に置いて、部屋のドアを開けた。

「ごめん、今は一人になりたいんだ」

そういい残し、ミャーの手前でドアを閉める。

室内に入ったリュウは、アンダーウエアを脱ぎ捨て、床に散らしたまま
ベッドに入り、頭から毛布を被った。



空軍基地の司令室で、メカ分署の三人はルードヴィッヒ護送プランの説明を受けていた。

「大まかなパターンは3つです。ここからジュネーブに車で護送し、国際空港から送るケース。
港から護衛艦で沖まで出て、そこからヘリを使用。この基地からヘリを使うケース。これらのルートや時間をずらし、計12パターンを考えております」

ソフィアが呟く。

「凄い規模ね…」

権藤は深く頷いた。

「左様、世紀の重犯罪者だからな。念には念をいれんと」

説明員は続けた。

「この12パターン全てのメンバーに『自分達は本物を運んでいる』と伝えます。どれにルードヴィッヒが乗るかは、カイゼル司令の一存で直前に決定します」

クロードが言う。

「しかし…これでもギリギリかもしれませんね。スティンガーの戦力を考えると、油断は出来ません」

説明員は軽く一礼すると。

「もちろん、マグナポリスの皆様にも護送には協力して頂きます。ただ」
「俺達も、本物を運ぶって自覚はありますよ」

クロードは自信ありげに言った。

一通りの説明が終った頃には、辺りはすっかり夜になっていた。
ソフィアが外を見て、顔を上げる。

「もうこんな時間…夕飯、急いで作るね」



モナコにある、国営カジノの一つ。
そこは、クリスタルナイツが運営に関わっており、地下には小規模ながら基地があった。
スティンガー部隊と、ミレーヌ・ジタンダはそこに集って打ち合わせをしていた。

ルードヴィッヒが逮捕された今、場の雰囲気は暗い。
それを打ち消すかのように、ウルフが声を上げた。

「クロウ」
「は、はい…」
「残りの爆弾は、幾つある?」

ミレーヌが口を開いた。

「ウルフ、何の策かしら」

ウルフは、自嘲気味に笑って答えた。

「この策なら…権藤は譲歩するしかない」
「まさか…」

クロウが答えた。

「ウルフ様、中型…家一件吹き飛ばせる規模のものが、6つです」
「よし」

ウルフは深く頷くと、メンバーに告げた。

「ルードヴィッヒ様の、奪還計画の説明をする」

ウルフから、一通りの説明が終わり、それぞれが私室に戻っていた。
だが、誰もいないなった室内では、ウルフが一人暗い表情になる。

程なくして、キャットの部屋のドアがノックされた。
はいと言ってドアを開けると、ウルフが入ってきた。

「キャット、すまんが、お前だけはプランを変える」
「え?」
「お前は、ミレーヌ様とジタンダを連れて、避難しろ」
「な、どうして?」
「不足の事態に備えてだ。あと、ジョセフィーヌコレクションも持っていってくれ。あれでクリスタルナイツは再建できる」
「ウルフ…」

不安気にベットに座るキャット。

「明日のプランで、ルードヴィッヒ様は奪還出来るんでしょう?」
「もちろん、そのつもりだ」

ウルフは遠くを見る。

「しかしな、メンバーが余りに減った今。万が一このプランが失敗すれば、クリスタルナイツは崩壊する。ミレーヌ様だけでもお助けしたい」
「それじゃまるで…!!」
「念を押したと言ったろう?」
「私は…私はどうするのよ。ウルフの元から離れた後の私は…」
「あくまで、過程だ」

ウルフも、キャットの隣に座って話し始めた。

「最悪の事態の場合だ。俺はその時、ミレーヌ様に犯罪帝国の再建は望まん。そしてキャット、お前にもだ」
「ちょっと…」
「あのコレクションがあれば、一生楽に暮らせるだろう」
「ウルフ!!」
「お前はまだ若い、好きな男と子供でも作って、普通に暮らせ」
「…今更…今更そんなこと言われても…」
「あくまで、最悪の事態だ!!」

真剣な目を向けるウルフに、キャットの目が滲んだ。

「…普通の暮らしなんて…忘れたわ…」
「クリスティーヌ…」
「誰よ、その女…」

キャットは、自嘲気味に笑ったが、声は震えていた。
ウルフはキャットの腕を掴み、声を強めた。

「俺の最後の命令だと思って、聞いてくれ…頼む」

キャットは暫し俯いていたが、ぽつりと語った。

「分かったわ…」
「……」
「貴方の、言うとおりにする。だから…」

そうして、ウルフの背に腕を回す。

「好きな男の…でしょ?」
「え?あ…ああ…」

キャットの部屋の前の廊下。
ドアの前に、ミレーヌは立っていた。
通りがかって偶然聞こえたやり取りに
ミレーヌは涙ぐみ、足音を控えて立ち去った。



マグナポリス、メカ分署。
まだ起きてこないリュウに、ソフィアは夕食を運んでいた。

「リュウ…入るわよ」

返事は無い。
ソフィアは、恐る恐るドアを開けた。
暗い室内に散乱する衣服。
ベットの上のリュウは、全身に毛布を被っていて顔は見えない。

「食事、ここに置いておくね…後で食べて」

少しだけリュウが頷いた。

「じゃ、ゆっくり休んで…」

静かに部屋を出たソフィアの顔は、不安に曇っていた。


その日の深夜。
リュウはベットの中で、自分の身を抱くように両の腕を握っていた。
思い出さないようにしていた昨夜の記憶が
思い出さずとも、身体から滲み出てくる。

自分の肌をなぞる指の感触
肌に寄せられる唇から伝わる、甘い痺れ
背に回される腕の、力強さ

蘇るたびに、胸は苦しく締め付けられる。
歯を食い縛って、耐えるように自分の腕に爪を立てるが
その痛みすら、あの切ないほどの感覚を思い起こさせた。

「う…!!」

辛そうに苦悶の声が漏れる。
絡み合った四肢の感触を思い出し、身を捩じらせる。

冷たい肌だと思っていた
情の欠片もない者と思っていた。
いや、その方がどれだけ楽だったか

「う、ああ…!」

堅く閉ざした目から、涙が溢れてきた。
全身を締め付ける疼きはより強さを増して
呼吸をするたび、胸が苦しい。

力強い腕に抱きすくめられて
隙間なく合わせられる肌は
予想に反して、暖かく
胸に伝わる鼓動は、自分と同じ

何もかもが、優しい時間
安堵の気持すら感じ
いつまでも、身を任せていたかった

リュウの口から嗚咽の声が漏れ
涙が、幾筋も流れてシーツに吸い込まれた。


ソフィアは、はっと目を覚まし
言いようの無い不安に部屋を出る
リュウの部屋をノックしようと触れた瞬間

「きゃあっ!!」

電撃のような痺れが伝わり
ドアは雷光のような光が走った。

「リュウが…泣いてる…」

ソフィアの膝が崩れ、ドアの前に座り込む

扉の向こうから伝わる、悲しい感情
苦しさに悶えながらも、他者を拒否する

「ごめんね…」

床の上に、ソフィアの涙が落ちる。

「ごめんね…ごめん…辛い思いばかりさせて
本当に…ごめんなさい」

深い闇の中に、咽び泣く声が響いた。



深夜。プロヴァンス空軍基地。
地下一階にある、ルードヴィッヒを収監している部屋。
周囲の物々しい警備に反して、
室内は、闇に鎮まっていた。

ルードヴィッヒは、狭いベッドで薄い毛布に包まれながら
昨晩の出来事を思い出していた。

いったい、いつ目が覚めていたのか

チェストから銃を取り出し、枕元に隠す手間があるなら
何故、捕まえなかったのか

掌に残る感触を、思い返してみる。

星空の下で触れた、ジョセフィーヌの柔らかな肌と
癖のあるしなやかなブロンド。
自分の背に回される、細い腕の感触。
甘い肌の匂い。

その記憶を追ううち、自分の手と肌に残る
もう一つの記憶が滲み出てくる。

ブロンドの巻き毛を撫でたとき、
手に残った、堅い髪の感触。

柔らかくはなく、張りのある肌
回された腕は、しなやかで力強かった

あれは…お前だったというのか

目が覚めて尚、私の夢に付き添ったというのか

まったく

口元に、自嘲気味な笑みが浮かんだ。

まったく、何処までも甘い奴だ

止めをさせぬどころが、人の感情に付き合い
こちらの目が覚めるまで、待っていたというのか
人の夢に、身を任せてたというのか

満月の下
合わせられた肌の感触が蘇る
堅い胸から伝わる鼓動
筋ばった足が絡み合う

何処までも、甘い…

甘い疼きが身体から湧き上がり
無意識に、自分の身をかき抱く

重ねられた唇と、ぎこちない舌の動き

胸が、締め付けられる

「…リュウ…」

暗闇の中、かすかにその名を呟いた。


第13章へ