第11章
「Follow Me」


リュウとクロードは、互いの車でローザンヌに向かった。
モントルーから20kmの離れた街、ここの湖畔に車を止めると小型カメラ「アイポット」を出す。
リュウがアイポットを手にとってクロードに聞く。

「これ、何キロ先から監視可能?」
「最長5kmですね、でも画像悪くなるから、今回は3kmにしましょ」
「あいよ。ステルスついてる?」
「それは試作段階。だから奴等に見つからないよう注意はしてね」
「はーい」

二人は2機ずつ、計4機のアイポットを湖に放つ。
クロードが指示した。

「んじゃ俺の1号2号は、このローザンヌ周辺から始める。ダンナの3号4号ちゃんは、ビルヌーブってとこから初めて」
「あいよー」



ローザンヌ、昼下がり。
二人は、それぞれの車の中でアイポットの画像を確認していた。
リュウはアイポットの移動中に買ってきたホットドックとバニラシェイクを口にしている。

「ダンナ、何かありました…ってランチタイムですか?」

突然、クロードが連絡が入る。

「俺の3号4号移動させてる間に買ってきたの。そっちはどう?」
「今のところ何も。シーズンオフで、別荘の殆ども休業ですしね」
「気長に行くしかねーかな。いやしかしさあ…」
「なんですかダンナ?」
「こーやって、地道に張り込んで監視しながらメシ食ってるとさ、俺ってつくづく刑事なんだなって実感するよ」

クロードが低く笑う。

「ドラマの見すぎですよ。じゃ、俺もランチしてきます」

それから一時間ほどが経過した。
リュウのアイポットがモントルーの街を過ぎようとした時
大き目の、青い屋根の別荘のバルコニーの奥に
通り過ぎる、白いスーツ姿を映した

「クロード!!」
「何だ?!」
「今、3号機の画像を送る!」

リュウから送られた画像を見て、クロードも声を上げる。
リュウがスポイラーに乗り込んできて、二人で映像を確認する。

「ダンナ、間違いないですね、これ」
「ああ、ソフィアが正しかったな」
「しっかし、白スーツ目立つわー。あいつ隠れる気あるんですかね」

クロードは笑いながら、それでも機器を操作する。

「3号機固定、別荘のポイント割り出しますっと」

二人が見ている映像に、別荘の詳細な場所が表示される。
クロードは機器を操作しながら呟いた。

「約15km先ですか、ダンナ、ここからはスポイラー一本で行きますよ」
「えー、なんでー」
「ワッパ車は目立つでしょ?途中でスティンガーとすれ違ったらおじゃんです」
「この車だってヤバイじゃねーか」

クロードはにやっと笑って、ボタンを操作した。
スポイラーの表面の色が見る見る変わり、地味なシルバーグレイになる。

「ダンナ、外出て見て見て」
「ん?……あーっ!!いつの間にステルス付けたんだよ?!」
「仕掛けは、もう一個ありますよ」

リュウの見ている前で、フロントガラスの表面が変わり
中には、中年の夫婦が乗っている映像が表示される。

「えー、いいなー。なんでお前だけ」
「ダンナの車に着けるとしたら、特注特注で、予算幾らあっても足りないの。あ、もうバトルプロテクター着て来てね」



モントルーの別荘。
ルードヴィッヒは、モニターでベアーとクロウに連絡を取っていた。

「これから私達はここを後にする。ベルンで合流しよう」

はいと頷く二人と交信を切ると、キャットに告げた。

「お前達は、車両の手配を」

キャット・ホーク・シャークの三人は、逃走用の車両手配に別荘を後にした。



リュウたちは、移動中の車内でモニターを確認し続ける。

「あれ?キャットと…あと2人、別荘出た見たいね」
「バルコニーの室内は?」
「ルードヴィッヒと、ミレーヌ…ジタンダ…まで確認。屋根のほうに、多分ウルフ」

クロードが息を飲む。

「こりゃ、千載一遇のチャンスって奴ですか?リュウ、おやっさんに連絡」

リュウは頷いて、権藤に連絡を取った。

「どうしたリュウ?」
「おやっさん、奴ら見つけました。ソフィアが大当たりです」
「なんじゃと?!いったい何処じゃ?」
「いま向かってます。警護がかなり手薄なんで、捕まえるなら今しかありません」
「うむ…気をつけてな」



モントルーの別荘。
日は、西に傾きかけていた。
レモンイエローに輝く湖面を背景に、ルードヴィッヒは大広間で一人ワインを傾けていた。
テーブルには、ケースに入って輝きを放っているコレクションの数々と、純金の懐中時計が置かれている。

時計を手に取り、蓋を開く。
微笑むジョセフィーヌの写真は、一度剥がしたためか少し傾いていた。


別荘の、屋根の上。
スティンガーウルフは、眼下の様子に気を配っていた。
隣の別荘前に、シルバーグレイの車が止まる。
中には、地味な出で立ちの夫婦らしい男女。
問題ないと、監視先を他に向けた。

「狼さん、よそ行きましたね」
「じゃ、クロード行くか」
「ああ、俺は狼さんに行く。お前はバルコニーから…慎重にな」
「分かってる」

監視を続けていたウルフの背後に、クロードは飛び出た。

「貴様…!!」

驚くその右腕に、クロードはワイヤーを巻きつける。

「ご無沙汰…ちょっと大人しくしててね」

咄嗟にウルフの蹴りが出る、クロードは腕のプロテクターで防御して、レーザーを撃った。
ウルフのプロテクターが、それを吸収する。

「貴様がここにいるということは…」
「そう、ウチの赤頭巾ちゃんは…向こうですよ!」


別荘の大広間。
ルードヴィッヒは空になったワイングラスを置き、ケースの中の宝物を見つめた。
金時計に手を伸ばそうとした時、背後から声が響く。

「それが…ジョセフィーヌ・コレクションか…?」

驚愕して振り返る。
バルコニーに立っているのは、バトルプロテクターを身に纏ったウラシマ・リュウ。

「な…」

青ざめた表情で立ち上がるルードヴィッヒに、一歩また一歩と近づく。

「それが、恋人の命を捨ててまで…本当に欲しかったものなのか…?」

リュウの低く静かな声に、怒りが沸いた。

「貴様に何が分かる!!」

ルードヴィッヒの怒声と共に、大広間の扉が強く開き
銃を構えたミレーヌとジタンダが飛び込んできた。

「逃げてルードヴィッヒ!!」
「ホールドアップどす!!」

リュウに向けて断続的に銃を撃つ二人。
それをプロテクターでガードしている隙に、ルードヴィッヒはバルコニーへと駆け、下に飛び降りようとした。

「逃すかぁ!!」

リュウの腕からワイヤーが出て、それがルードヴィッヒの二の腕に絡みつく。
銃で撃たれながら、リュウは後を追うように駆け出し、ルードヴィッヒを引き寄せた。
ミレーヌがジタンダの手を止める。

「やめて、ルードヴィッヒに当たる!!」

駆け寄りながら、リュウが叫ぶ。

「何故だ!何故、ジョセフィーヌを死なせた?」
「貴様こどきがその名を口にするな!彼女は私の…!」

互いの手が、互いの腕を掴んだ、その瞬間。
2人の身体を、黄金色の光が包んだ。

「何…?」
「なんだ?!」

光は、2人を取り巻くように渦となって輝き続け、周囲に強風が起きる。
ミレーヌとジタンダも、顔を覆った。
黄金色の渦は強さを増し、そこから白い羽根が次々と湧き出て
竜巻のようになると、バルコニーから宙に浮く。
その様子は、屋根で格闘を続けていたクロードとウルフの目にも止まった。
ウルフが驚いて声を上げる

「な、なんだあれは?!」

バルコニーにかけ出たミレーヌとジタンダも、呆然として羽根を巻き上げる光の渦を見上げる。
突如、渦の中心から
人影が、飛び上がった。

白いドレスの、ブロンドの髪の女性。
両の腕を広げ、ゆっくりと目を見開く。
その口元も、青い瞳も
幸福と歓喜の笑みで、彩られていた。

誰もが言葉を無くして、その光景に目も動きも奪われる。
クロードが、震える声で呟く。

「オーロラが……目を覚ました…」

その言葉にウルフがはっとする。

天空に舞い上がった女性…ジョセフィーヌは
なおも遥か上空に昇り続け、吸い込まれるように空に消えた。
周辺に舞っていた羽根も、黄金色の光も消えて
リュウとルードヴィッヒの姿も、見当たらなかった。

暫し呆然としている中、ウルフがクロードの頭部に銃を突きつけて怒鳴る。

「貴様ら!!ルードヴィッヒ様を何処へやった!?」

クロードは動揺もせず、銃を突きつけられたままウルフに顔を向ける。
むしろその様子に、ウルフが気押されする。

「そんなもん突きつけられなくても、今から教えてやるよ」
「……」
「オーロラ姫の、正体をな!!」
「な…」

驚くウルフを尻目に、クロードは屋根の端に歩み出ると、バルコニーで呆然としているミレーヌとジタンダに叫んだ。

「話したい事がある。今からそっちへ行く!」

別荘の大広間。
そこに集った全員の表情は重かった。

ジョセフィーヌコレクションの前に座るミレーヌ、壁にもたれかかっているウルフ。
キャット・ホーク・シャークの三人も、事情を聞いて黙して椅子に座っている。
クロードは、ミレーヌと向かい合わせの席に座った。

「ジタンダ、お茶を入れてきて…」

静かなミレーヌの声に、はっとする。

「は、お茶…」
「そう、貴方も飲むなら、7人分ね」
「えっ?こいつの分もですか?」

そう言ってクロードを指差す。

「よろしく、変な物入れないでくれよ」
「……入れたろか…」

不満そうにジタンダが茶を入れに行き、クロードは深く息をつくと口を開いた。

「Short Movie」

全員が、疑問の表情を向ける。

「ショートムービー…リュウが、超能力の開発途中で、偶然身に付けた能力だ」

顔を上げて、ミレーヌを見て話す。

「読心術の一種らしいんですが、リュウが対象の相手と接したとき、その人間の願望が目の前に映し出される…具体的に言うと、俺の願望がリュウと接したとき、俺の目の前にもリュウの目の前にも、同じビジュアルが見えます。つまり、俺の役目は投影機と観客、リュウの役目はスクリーンと観客です」

そこに、ジタンダが茶の仕度をして戻ってくる。
ワゴンに乗った紅茶の一つを、クロードは手に取った。

「あ、どうも」

えっとするジタンダに、変な物無いよな?と念を押した。
それで…とクロードは続ける。

「リュウは前に、一度ルードヴィッヒ相手にShortMovieを出してます。あの、兵器工場での一件ですね」

ミレーヌがはっとして、ウルフは苦虫を噛み潰した表情になる。

「ただ、俺も疑問なのが、あの時リュウは完全に気を失っていた。なのにShortMovieの能力は働いた。そして今…」

クロードは、バルコニーに目を向ける。

「見えるはずの無いものが、見えてしまった」
「え…?」

疑問に顔を上げるミレーヌを見て続ける。

「俺も経験があるんですが、ShortMovieは対象者とリュウにしか、そのビジュアルは見えないんです。それが…皆の目にも見えた。ありゃショートじゃないですね、もう大スペクタクルワイドスクリーンですよ」

ウルフが耐えかねて声を荒げた。

「冗談と講釈はもういい!!ルードヴィッヒ様は…」
「まだ分からないのか?」

クロードは、厳しい目をウルフに向けて言った。

「ShortMovieが映し出すのは、対象者の願望のみだ。そこにリュウの意志はない…つまり」

全員を見て語る。

「2人は、ルードヴィッヒが最も行きたい場所。ジョセフィーヌとの、思い出の場所に飛ばされた…分かるか?」

クロードは全員の表情を見た、誰もが困惑と落胆の顔になっている。

「やっぱ、分かりませんか…」

深く溜息をつくクロード。
ミレーヌが、何かを思い出したようにはっと顔を上げた。

「ジタンダ」
「はっ、はい!!」
「貴方は、ルードヴィッヒがネクライムに来る前からのお付きでしょう?何か分かる事はない?」

そう言われて、ジタンダは盆を抱えたままじっと俯いて小声で語った。

「…キャッツバーグのご令嬢さんとお付き合いがあった時、ルードヴィッヒ様は大学のためミュンヘンに下宿しておられました。私はお屋敷の方で働いてましたので…その…」
「分からないのね、いいわ」

納得するミレーヌ。だがジタンダは声を荒げた。

「私ゃ、キャッツバーグ家の人間は嫌いどす!」

全員はっと顔を上げる。

「金持ちだかなんだか知りませんが、人の家を小馬鹿にして…かと思うと、壷売ってくれ壷売ってくれって毎日しつこく電話してきて…挙句の果てにはルードヴィッヒ様を悪党だの人殺しだの…!!…」
「…ジタンダ」
「ご令嬢の方が熱を上げてたんですよ!!それなのに一方的にルードヴィッヒ様が…!」
「ジタンダ!もういいわ」

強く咎められて、ジタンダは言葉を止めた。
ミレーヌはクロードに語る。

「という訳で、貴方の知りたいことは、ここでは得られないようね」
「そのよう、ですね」

腰を上げるクロード。

「それじゃ、俺は帰ります。俺達は俺達で、なんとかリュウの足取りを突き止めますよ」
「待て!!ただで帰れると思うな」

銃を突きつけるウルフに、同じく銃口を向けるクロード。

「ここで、あんたと俺がやり合っても、何にもならないでいすよ。お互い、大将が不在なんだ。それなら、居場所を探すほうが有効だろ?」

頬が引きつるウルフ。
ミレーヌは呟いた。

「いいわウルフ、帰してあげて」
「しかし…!」
「クロード…」

ミレーヌは静かにクロードの背中に問いかける。

「敵地に入って来てまで、情報を得たいっていう事は…貴方方にとっても不利な状況なのね」
「ええ。でもそちらも同じ…ですね」

ミレーヌはこくりと頷く。

「どうやら、どちらかが早く探し当てたほうが、勝負の分かれ目という事かしら」

クロードは頷き、大広間を後にした。
ミレーヌとクロードは、胸中で同じ考えを抱いていた。

(そして、どちらかが先に目が覚めたほうが、勝負に勝つ)と

広間から足が遠ざかり、クロードが別荘から出たのを音で確認してから
ジタンダが、ぽつりと呟いた。

「コート…ダジュール…」

えっと、全員が目を向ける。

「夏休みでルードヴィッヒ様がご自宅に戻られたとき、コートダジュールにある、キャッツバーグの別荘に行くと、言われた事があります。飛ばされたのがそこかどうか分かりませんが、私が知っているのは、それだけです」
「ジタンダ!良くやったわ!」

全員が明るい顔になって、腰を上げた。
ミレーヌが次々と指示を出す。

「ホーク・キャット、キャッツバーグの別荘地を調べてきて、ウルフとシャークは、ベアーとクロウをフランス方面に戻す手配をして」

その指示に、隊員は慌しく動き始めた。

大広間での、そのやり取りは
全て、クロードの耳に入っていた。
スポイラーに乗り込み、ジュネーブに向かいながら権藤と連絡を取る。

「あ、おやっさん。大変です、リュウとルードヴィッヒが消えました」
「な、どういうことじゃ?」
「詳しい話は後でします。二人が行った先はおそらくコートダジュール、キャッツバーグ家の別荘の可能性が高い」
「どうして…」
「やつらのアジトに、盗聴器を付けて来ました。奴ら、ルードヴィッヒがいなくなってかなり動揺してますから、盗聴に気付かないでしょう」
「分かった。別荘の場所を今から調べる」
「それと、スティンガーたちもコートダジュールに向かい始めてます。主要道路に検問、あと空の警備も行った方がいいです。やつら見境なくなってますから、コートダジュールが火の海になりかねません」

通信の最中に、ソフィアが出て来た。

「クロード、私がやってみるわ、コートダジュールね」

彼女は、南フランス方面の地図を表示させると、手に力を込めて地図をなぞった

「きゃあああっ!!」
「なに?何じゃと??」

ソフィアが地図に触れた瞬間、黄金の光と、そこから白い羽根が溢れ出た。
大量の羽根に取り巻かれて、ソフィアは床に倒れる。

「おやっさん、どうしたんです?」
「羽根が…ソフィアが触れた途端、光った羽根が地図から飛び出てきたんじゃ」

床に倒れたソフィアが、うわ言のように語る。

「だめ…近づかないでと…拒否されてる…3人…に」

そうして意識を無くすソフィア。
権藤は、言葉の意味を掴めず呆然とした。

「おやっさん?」
「ソフィアが…気を失った…『3人に拒否されていると』言って」

その言葉を聞いて、クロードが深く溜息をつく。

「まいったなぁ…」

3人目が誰かは、すぐに予想がついた。

「俺、オカルトは専門外なんですけど…」



モントルーの別荘。
陽は、西に傾きかけて、オレンジ色の夕日が湖面を照らす。
大広間にも夕日は入り込み、ミレーヌは深く沈んだ表情でコレクションと時計が置かれている前に座っていた。
そこに、紅茶を運んできたジタンダが入ってくる。

「ミレーヌ様、こちらをどんぞ…」
「ありがとう」

受取って一口飲み、また思いつめた表情になる。
ジタンダがおろおろしながら、口を開いた。

「しっかし、ルードヴィッヒ様、何処へ行かれてしまったんでしょうか…早く見つかると…」
「銀幕の…向こう」
「え…?」

突如語りだしたミレーヌに、ジタンダは顔を向けた。

「捨てようと思って、開いた本を読み返してしまい、昔の思い出に浸る
 部屋の隅のアルバムを開いて、当時の記憶がよみがえってしまう
 あるいは、街を歩いていて偶然見つけた、古い映画のリバイバル上映…
 スクリーンを見入っているうちに、過去の記憶に浸ってしまう…」

ミレーヌは、金色に輝く時計を手に取った。

「でも…でもそこには、もう何も無いのよ。全て、過ぎ去ってしまった物ばかり…」

声が震え、目が滲む。

「気付いて…ルードヴィッヒ。そこから得るものは…何もないのに」

金色の時計を握り締め、ふらりと立ち上がった。

「ミレーヌ様…」

ミレーヌは、テーブルの上に並ぶコレクションの数々を見つめる。

「これは…開けてはいけない箱だったのかも…しれない。そして…」

時計を片手に、力の無い足取りでバルコニーへと向かう。
緩んだ時計の中から、一枚の写真が剥がれ
床に、落ちたことも気付かずに。

「これは、もっと早くこうするべきだったのよ…!!」
「ミレーヌ様何を…!」

時計を握った手を大きく振り上げ
湖に向けて金時計を遠く、放り投げた。

「ルードヴィッヒ、帰ってきて…私達の所へ…」

バルコニーに顔を伏せるミレーヌ。
突然、時計の落ちたあたりから
羽ばたきの音が聞こえた。

  
Follow me   (私に、付いてきて)

その音に顔を上げると、大きな白い鳥が空に舞い上がった。
それは白鳥なのか、白鷺なのか分からないが
白い翼が、呆然と見上げるミレーヌの頭上を旋回しながら高く上がり
もう一度、大きく羽ばたいて別荘の周辺を回ると
真南へと、飛び去って行った。

 
 to a land across the shining sea (光り輝く海を、渡り)
  Waiting beyond the world      (私達の知る世界を越えて)
  we have known         


鳥は、紺碧のレマンを過ぎ去り
南へ南へと、真っ直ぐ飛び続ける
その先にある、ヨーロッパ最高峰のモンブランを始めとする
標高、4000メートルを越える白峰の数々を越え
広がる雲海の彼方を越え、南へと
 
  
Beyond the world the dream could be (夢の世界をも越え)
   And the joy we have tasted.      (かつて無い、喜びの世界へと)


連なる山脈を越え、雲の向こうに見えるものは
鮮やかな、紺碧の水平線
白い砂と、白亜の建物が連なる
コードダジュール、ニースの都

 
 Follow me               (私に、付いてきて)
   along the road that only love can see (愛のみに見えるこの道を通り)
   Rising above the fun years of the night(楽しい歳月の彼方へ昇る道を)


鳥は、夕暮れのコートダジュールの海岸を旋回し
朱に染まる、オープンカフェへと吸い込まれていった

  
Into the light beyond the tears  (涙を費やした時間を越え)
   And all the years we have wasted (光の中へと続くこの道を)


カフェの椅子に残された、暗い色のネクタイ
遠ざかる二人の恋人は、港へと向かう

  
Follow me                 (私に、付いてきて)
   to a distant land this mountain high (高い山を越え、遥かな国へ)


港から船が出航し、肩を抱いた恋人二人が
遠ざかるニース街と、遠くの白峰を仰ぎ見る

   Where all the music that        (胸に抱いてたあらゆる音楽が)
   we always kept inside will fill the sky (空を埋め尽くす国へ)


船上で、シャンパンを傍らに置き
真夏の陽光の下
深く口付けを交し合う
船はそのままニースから離れ
別の、港を目指した。

 
 Singing in the silent swerve (静寂なる逸脱の中で歌えば)
   a heart is free         (心は、開放され)


船が辿り着いたのは、こじんまりした港町
そこにある、青い屋根と壁の小さな別荘
満点の星空に抱かれて
ベッドの上、二つの腕が絡み合った。

 
 While the world goes on turning and turning (その間も世界は回り回って)
   Turning and falling                 (回り続け、落ちていきます)


夜を彩るミルキーウェイを背景に
二人の男女は、固く抱きあい
ベッドの上、熱く絡み合ってシーツを乱した。



モントルーの別荘。
スティンガー達は、数台のマシンを使用してニースの別荘を探していた。
ホークが声を上げる。

「見つけました!キャッツバーグが過去契約していた別荘がニースにあります」
「ニースか…」

ウルフは、モントルーからニースまでの地図を広げた。

「最短で行けば200kmだが…難しいな」

キャットが眉を潜めて言う

「標高4500メートル級の山々が続くわ、天候も悪い…」
「よし、リヨンの東10kmでベアーたちと合流、そこからマルセイユ方面に向けて、空と陸から行く」
「ニースまでの距離は…500kmくらいね、一晩かかりそう」
「よし!!俺はティルトローター、キャットとホークは陸から行ってくれ」

スティンガーの対話は、全てクロードが傍受していた。
メカ分署に戻る最中も、車の中から権藤に連絡を取る。

「おやっさん!!やつらリヨン郊外で合流し、そのままA7ルートを通るようです。バランスの街まで行かれるとやっかいだ。検問と、攻撃可能なヘリが必要だ」
「分かった!!カイゼルに言って、フランスの警察隊と空軍に頼んでもらう」
「あと、リュウたちはどうもニースに行ったようです」
「…ニース」
「そこに、キャッツバーグの別荘があったはずです。地元の警察に調べさせて下さい」

クロードのスポイラーがメカ分署に着き、クロードは足早に中へと入った。

「おおクロード、戻ったか?」
「…ソフィアの様子は?」
「この通りじゃ」

ソファに寝かされてぐったりとしているソフィアの顔には、血の気が無い。
さっきの透視で羽根に絡めとられ、能力を拒否されて意識を無くした。

「クロード…リュウは…?」

その問いに、厳しい顔を向けて一度首を振るクロード。

「もう大変ですよ、奴の能力のWindShot、ShortMoive…加えてテレポーション能力まで一気に出ました。もうあれは『暴走』ですね」

だから…とクロードは続けた。

「あれだけの能力を一気に、最大規模に出しちまったんだ…タンナ、リュウの身体も精神もかなり負担がかかっているでしょう」
「な…」

クロードは机に手を置き、強く握りながら語る

「今のリュウは…ルードヴィッヒが先に目を覚ましたら、勝てないかもしれない…」



スティンガー部隊と、他の隊員達は
陸と空の両方からコートダジュールのニースに向かっていた。
リヨンの街を抜けて、国道のA7に入ろうとしたとき隊員が叫んだ

「ウルフ様!!凄い数の検問です!!」
「空からも、数機ヘリが向かってきてます」
「何?!」

壁のように敷かれた検問、獲物を狙うようなライトを向けたヘリにウルフは驚愕する。

「怯むな!!ヘリ隊はミサイルランチャー用意。地上は閃光弾と煙幕を張った後、ガトリングを使え!!」

ウルフの指示通り、ヘリからはミサイル弾
国道の検問には何発もの閃光弾が打ち込まれ、煙幕の中ガトリングを打ちながら検問を破壊するように突破する。

通り過ぎた後、クロウが数個の爆弾を後方に投げた。

「置き土産だよ!!」

数台のパトカーは大破し、ヘリは2機が墜落した。
後を振り返りもせず、スティンガー部隊は南へと向かった。
ウルフがふと疑問に思う。

(しかし…俺達の行く先が何故わかった…まさか!!)

別荘にいるミレーヌに連絡をした。

「どうしたのウルフ!!」
「先回りされていた!!あいつ…クロードは何か仕掛けて行ったかもしれん」

側で聞いていたジタンダが、クロードのいた辺りの椅子とテーブルを探り、一個の盗聴器を見つけた。

「あんちくしょう!!」

怒って盗聴器を踏み潰す。
ミレーヌはマイクに叫んだ。

「…盗聴されていたわ!!この分だと、私達がニースに行く事も知っている」
「何だと?」
「ウルフ、ルートを変えて!!一度体制を整えてから別ルートを探して」

ウルフは怒りを押さえ、地図を確認する。

「よし、ヘリ隊だけで山岳地域を行く!!地上隊、東のルートに切り替えて行け」

指示を出した後、ちっと舌打ちする。

(ニースへの到着が遅れるか…)

彼らは、それでも前進を止めなかった。



マグナポリス、メカ分署。
そこに、一本の連絡が入る。

「ご指摘のとおり、ニースの元キャッツバーグ家の別荘に向かいました。ですが、誰もいないとの事です」
「なに?」
「現在その別荘はレンタル扱いになっており、シーズンオフなので予約もありません」

クロードが溜息ともに呟く。

「暗礁に、乗り上げちまったか…」



深夜。
港町は、深い闇に沈黙していた。
街を照らすのは、鮮やかな満月の光だけ。

ルードヴィッヒは、バルコニー側のベッドに寄りかかり気を失っていた。

「…う…」

目が開き、眼前の光景を見る。
一階部分の屋根を改造した広いバルコニー
ロングチェアーとテーブル、パラソルが、青白い月光に照らされている。
ふらりと立ち上がり、バルコニーに出る。

白亜のタイルを歩み、バルコニーの柵に手を掛け、月に照らされる光景を一望した。

覚えている。
ジョセフィーヌと、初めて一夜を過ごした場所だ。

その街の名はマントン。
ニースから20kmほど東に位置する街で、イタリアの国境付近にある
コートダジュール、最東端の街。

あの日、ニースを出たクルーザーは、夕刻近くになりマントンへと舵を向けた。
キャッツバーグの別荘では、二人が出会ったことが知られてしまうから
ジョセフィーヌは、マントンの別荘を借りた。

二人しか知らない、秘密の場所。

ルードヴィッヒはバルコニーに立ち、昔の思いを巡らせた。
もしかしたら、自分は過去に戻ったのかとも思った
だが、夜空を見てはっと気が付く。

あの日は、星の輝きが冴えていた新月の夜。
ミルキーウェイの夜空の下、二人で求め合った。

しかし眼前の夜空に存在するのは、満月。
純白に輝く月光が、白い建物を青く染める。
時間は、動いている。

ルードヴィッヒは踵を返して、室内へと進んだ。
ベッドが見えてきて、そこで驚き足を止める。
月光に半分ほど照らされたベッド
その影の部分に、横たわる者がいる。

ウラシマ・リュウ。
赤いアンダーウェアだけで、うつ伏せ気味に横たわって気を失っていた。
床に散らばるバトルプロテクター
ふと、ベッドの側に銃が落ちていることに気付いた。

リュウの銃、マグナブラスター。
ルードヴィッヒは銃を拾い上げ、セーフティーを外して
銃口を、リュウの頭部に向ける

 
 Follow me                  (私に、付いてきて)
   to a distant land this mountain high  (高い山を越え、遥かな国へ)


その瞬間、眼前の光景が金色に輝き
そこには、一糸纏わぬ姿で横たわるブロンドの女性
気付いたように起き上がり、胸を手で覆ってルードヴィッヒに微笑みかける。

「…!!」

銃を握る手が震えた。
目の前のジョセフィーヌは、穏やかな笑みのまま
銃を握っている白い指に、柔らかな指を添える。

 
Where all the music that          (胸に抱いてたあらゆる音楽が)
   we always kept inside will fill the sky  (空を埋め尽くす国へ)


(まだ…私の目は覚めないという事か…この幻影が無くならない限り、リュウを倒す事は出来ないという事か…)

ルードヴィッヒは銃を下ろし、ベッドの傍らにあるチェストを見る。
チェストの引き出しは3つ
2つ目の引き出しに銃を収めた。

(これで、向こうが先に目を覚ましても、すぐに銃は探せない)

ルードヴィッヒはベッドに近づき、その上に乗り上げると
柔らかい笑みを浮かべたジョセフィーヌの頬を撫で
その唇に、深く口付けた

そのまま、衣服を脱ぎ捨て
縺れるように腕を回し、
初めての時のように、互いの身体を求め合う

  
Singing in the silent swerve (静寂なる逸脱の中で歌えば)
   a heart is free         (心は、開放され)


(ルードヴィッヒ…)

頭の中に、彼女の呼びかける声が響く

(思い出して…私を慈しんでくれた日々を)

その言葉に誘われるように、温かく柔らかい皮膚に頬を寄せ
背中を堅く抱いて、滑らかな肌に唇を寄せた。

 
 While the world goes on turning and turning (その間も世界は回り回って)
   Turning and falling                (回り続け、落ちていきます)


満月の夜、深夜の別荘で
月明かりを背景に絡み合う二つの身体。

椅子の背にかかるのは、脱ぎ捨てられた白いスーツ。
床に落ちているのは、赤色のアンダーウェア

 
 Follow me  (私に…付いてきて)

コートダジュールの海上には、海軍の戦艦が集い始め
戦艦の上には攻撃用ヘリが並んでいる

 
 Follow me  (私と共に来て…)

満点の星空、きらめくミルキーウェイを背景に
二人の男女が、固く抱きあい、口付けを交わす

 
Follow me  (私と一緒に来て…)

闇の中を低空で走り抜けるティルトローター
近づくヘリを次々と爆破して、ニースへと進む

 
Follow me  (私と、共に…) 

星空の下、互いの背に手を回したまま、
ベッドの上で熱く求め合う

 
Follow me  (私と、一緒に…)

海岸へと近づく、数隻の戦艦
そこからヘリが次々と離陸を始める

 
Follow me  (私と、来て…)

二人は、体中の熱を一気に解放し
同時にベッドに沈んだ。


暫しの間、ルードヴィッヒの胸に頬を寄せていたジョセフィーヌが、
身を起こして彼を見下ろした。

「ジョセフィーヌ?」

彼女の青い眼が、悲しそうに滲む。

「あの日…言ったことは…本当だったの?」

震える唇がそう呟き、眼から一筋の涙が落ちる。

「…ジョセフィーヌ…」

涙を抑えるように、ルードヴィッヒは彼女の頬に手を添え
そして、口を開いた。

「もう、過ぎた事だ。だから、言い訳にしかならない」
「…それでも、教えて…悲しい答えでもいいから…」

ルードヴィッヒは辛そうな表情で一度目を閉じると
ゆっくりと目を開け、語りだした。

「君の父上に、皮肉めいた事を言って…鼻を明かすつもりだった」
「……」
「君は、部屋にいるはずだと、思っていた」

ジョセフィーヌは、自分の頬に添えられた手に、自分の手を重ねて
悲しそうに目を閉じた。

「私が……貴方を、信じ切れなかったのね…」
「言い訳は、したくなかった」
「分かってる。分かっていたつもりだったのに…」

ジョセフィーヌの目から、大粒の涙が流れた。

「結局、貴方を理解しなかった…私の間違い…」
「そして、太陽を手放した、私のミスだ」
「ルードヴィッヒ?」

辛そうではあるが、真っ直ぐな目をジョセフィーヌに向けた。

「君は、私の太陽になる…女性だった」
「……」
「それなら、迂闊な事は口にするべきではなかった」

彼女の蒼い瞳を見つめ、ルードヴィッヒは一つの言葉を発した。

「すまない」
「……ルード…ヴィッヒ…」
「もう取り返しはつかないが…本当に…」

詫びようとしたルードヴィッヒの言葉を遮るように、彼女は幾度も首を振った。

「謝らないで…お願い。もう謝らないで…」

そのまま、ルードヴィッヒの胸に頬を寄せ泣きじゃくった。

「泣かないでくれ…」

ブロンドの髪を撫で、小声で囁く。

「もう、泣かないでくれ。私の太陽」

涙に塗れた頬を胸に抱きこみ。
愛しい彼の身体を抱きしめ
二人はそのまま、穏やかな眠りに付いた。

 
満月の空の下
堅く抱き合って眠る、二つの身体。
ルードヴィッヒの肩に頬を寄せていた者の目が、一度開く
丸い黒い瞳は涙で滲み、目を閉じると頬を流れ落ちた。
そうしてまた、ルードヴィッヒの背に回した腕の力を
少し、強める


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