第1章
「Crystal Knights Return」


2050年12月24日

リュウが、市民栄誉賞を授かったその日、ルードヴィッヒを初めとするクリスタルタル・ナイツ・ネクライムの生存が判明する。

その後彼らは「クリスタル・ナイツ」を名乗り、ネオトキオから姿を消した。

だが、総統ヒューラーとマグナポリスにより、その活動資金の殆どを失ったクリスタルナイツは表舞台には立たず、上海に拠点を移し、カジノの運営から始まりマフィアと提携して暗殺や破壊工作を行い、少しずつ勢力を上げていった。

権藤は、クリスタルナイツが表立った行動に出られないうちは捜査も困難と判断し、リュウとソフィアに再び超能力の修行に出るよう命じる。
修行先では、二人の能力が的確な精度を持つことに目的が置かれる。

超能力一族の長老は一通りの基本を通して、リュウが優れていたのは物体を動かすサイコキネシス。それと運動性の高さに注目した。
俊敏な動きと念動力を併せて大気を操る。
小型の竜巻を起こし、空気を濃縮させて銃のように撃つ技を身に付け始めていた。
 
一方ソフィアは、予知能力の精度を高め、予知時にも精神を安定させるための修行を進めていた。
結果、最長で一時間程前に起こりうる事を予知し、それが起きる地点も予測できるほどになった。

2051年6月

修行から3ヶ月経ったある日のこと。リュウは夜、滝の側で修行を続けていた。
大気の流れをかなり操れるようになったとはいえ、その威力はまだ弱く。
一度に撃てる回数も限られていたため、より実践に見合う力をつけようと夢中になっていた。

その間、ソフィアは夢を見ていた。

華やかな大劇場、舞台ではバレエ「眠れる森の美女」が演じられていた。

同じ頃、上海。

豪奢な劇場では、「眠れる森の美女」第二幕が演じられていた。

劇場のボックス席のソファにもたれて、二人の男女が鑑賞している。

女性は、濃い紫の艶かしいチャイナドレスを纏った、黒い髪をアップに下妙齢の美女。
オペラグラスで熱心にバレエを鑑賞している。

男性は長袍(チャンパオ)と呼ばれる、丈の長いゆったりした中華衣装を纏っていた。
上質な白絹の長袍。その肌も、白絹の同じほどに白く
黒眼鏡をかけた横顔は丹精に整っており、ダークブラウンの髪をオールバックに撫で付けていた。

二幕が終わり、盛大な拍手の中ボックス席に3人の男が入ってきた。
全員、黒の長袍に身を包み、サングラスに覆われているが表情は険しい。
一人は均整の取れた屈強そうな男。
一人は長身、一人は恰幅の良い体系をしている。
白の長袍の男の耳元で何かを囁き、ボックスの二人は腰を上げ退出した。

三幕を待たずして一行は劇場を後にし、リムジン仕様のエアカーに乗り込んで上海の街へと消える。
バレエの三幕が開始されようと、幕が半分ほど開いた時
劇場のボックス席の列全てが立て続けに爆破した。

幾つもの爆音と、崩れ落ちる客席。
会場に響き渡る悲鳴



「はっ…!!」

ソフィアは、小さく悲鳴を上げて飛び起きた。

「何…今の夢」

リュウに知らせようと、そっと寝所を後にする。



上海の街を走るリムジンの、カーラジオから緊急ニュースが流れ、劇場が爆破された旨を告げる。
白い長袍の男が、口を開いた。

「クロウは、上手くやったようだな」

傍らの黒い長袍の男が軽く頷く。

「部隊に入って始めての仕事です…多少気合が入りすぎましたが」

窓際の女性は煙草に火を付け、溜息混じりに大きく煙を吹いた。

「不満そうだな、ミレーヌ」
「出来れば…第三幕まで見たかったわ」

窓越しに上海の街を眺めながら、また溜息を付く。

「またの機会にな。安心しろ、踊り子に被害は無い」

薄笑いを浮かべて、帽子を深く被った。
リムジンの一行は高層ビルの駐車場に入り、迎えの者に連れられて最上階へと向う。
豪奢な応接室に通され、そこに初老の男が部下を伴って入ってくる。
初老の男は、白の長袍の男を李(リー)と呼んだ。

「李、噂には聞いていたが、中々の仕事だったな」
「お褒めにあずかり光栄です、張大人。これで金鍾ファミリーのヘッドは、全て壊滅しました」

張は満足気に頷いて、部下にアタッシューケースを出すよう命じる。

テーブルの上に乗せられたケースを開けると、相当な量のドル札。

「しかし今時キャッシュでの支払い希望とは、古風すぎるな」

李は、ケースを締めながら薄く笑って応える。

「今時だからです。電子上のやり取りでは、足が付きかねませんから」
「ふむ…」

それではと腰を上げ、部下にアタッシュケースを持たせて室内から出る一行の背中に
張の部下達が、銃を向けた。

「ウルフ!!」
「はっ」

命じる声と同時に、機関銃の音が鳴り響いて張の部下達を容赦なく打ち抜いていく。
へたり込む張大人に、ウルフは冷酷な声で告げた。

「欲をかきすぎると、身を滅ぼすぞ」

無数の銃声と共に、張の悲鳴が響いた。
その騒ぎに、張の部下達が次々と応接室に駆けつける。

「ルードヴッイヒ様、ミレーヌ様、こちらへ!!」

ウルフは二人を入り口から最も遠い奥へ避難させた。

「ベアー、入り口を塞いで天井を落とせ!!」
「おぅ!!」

大柄な男が、ミサイルバズーカを取り出して、入り口へと目掛けて一発打ち込む。
天井が崩れ落ち、入り口が塞がれる。
立て続けに、バズーカで天井を狙い何発もミサイルを撃ち込んだ。

大きく崩れ落ちる大理石の天井、クリスタルで彩られたシャンデリアが当たりに砕け散る。
部下の一人、シャークが瓦礫からルードヴィッヒとミレーヌを守るように手を広げる。
天井が全て落ち、そこから夜空が覗いていた。
ミレーヌは空を見上げ、事も無げに言う。

「あら、今日は…満月だったのね」

ルードヴィッヒは、瓦礫に足を掛け、空を見上げた。

「いい、月だ」

三つのカイトが、夜の上海に舞い上がった。

ウルフは、ルードヴィッヒを抱え
シャークがミレーヌを
ベアーは、アタッシュケースを抱えて、夜の街を飛行していた。
ルードヴィッヒの足元に広がる、上海の摩天楼。

「見ろ、この美しさを。人の欲望と羨望が作り出す、一千万ドルの宝石だ」

ウルフが薄く笑いながら返す

「この光から無数の欲が漏れて、そのお零れを頂戴しても」
「気づかない」

シャークと共に飛ぶミレーヌは、眼下のより明るいネオンが付いている円形状の建物に目をやる。

「あそこね、ジダンダのカジノ。上手くやってるかしら」

上海の、クリスタルナイツが買収したカジノは、その日も大盛況であった。

「いやーははははは、皆様本日も楽しんで下さいましよー」

オレンジの中国服姿で帽子を被り、鯰髭を生やしたジダンダが、カジノ中央で機嫌良さそうに笑う。
周囲の客を見回しながら独り言を続けた

「悪銭身につかずなんていう奴は、要領が悪いだけでごぜますよ」

ルードヴィッヒは、上海の街を旋回しながら呟く

「人は、悪徳に金を出したがる、それは果てしなく湧き出る泉のようなものだ」

ジダンダは、大量のコインを抱えてカジノの奥へと歩いていく

「所詮水物ですからね、塞き止めればすぐに溜まりますですよ」

「少し流れを変えてやれば、思う方向に行く」

「それの方法を思いついて実行できるのが、王者になれるのだす。ルードヴィッヒ様はその術を心得てらっしゃる方どすです」

ホクホク顔でカジノを回るジダンダの胸の電話がなった。

「はいはいこちらジダ…げふ。いえ、仁(ジン)でごじぇます。え?ルード…ととと…李さまがもうじきお戻りですかぁ?分かりました、私も向いますですどす!!」

上海郊外の、工場地帯へ続くハイウェイ。
ルードヴッイヒたちはそこに降り立ち、間もなく迎えの車が着く。
運転手は、これも黒い長袍姿の巻き毛の金髪の女性。キャッツである。

「ご苦労」
「はっ、お怪我は?」
「無い。ただ」
「はい」
「…身体が冷えた。急いでくれ」

黒のリムジンは、工場地帯の闇へと高速で消えていった。



ソフィアは、真夜中の山道をリュウのいる場所へと走っていた。
滝が見え、暗がりの中リュウを探す。

「リュウ、リュウどこ??」

その時、小さな竜巻がソフィアに向かって、長い修行着の裾を巻き上げる。

「きゃっ!!…リュウねもうっ」
「へっへっ、悪い悪い、今そっちへ行くよ」

リュウは、川の向こうから石を転々と軽やかに飛んで来た。
暗闇の中でここまでの体技が出来るまでに、勘が冴えていたのである。

「どうしたんだい?」
「あの…」

ソフィアは、夢の出来事を告げた。
華やかなバレエ公演、爆破される客席
それと、白い長袍姿の色白の男と妖艶な女の姿。

「ソフィア、それはもしかしたら…」
「うん、もしかしたらもしかしてだから。長老に頼んで、権藤警部と連絡をとってみるわ」

二人は、夜の山道を足早に抜けて行った。
長老のいる場所は、山頂付近の険しい場所なため、勘が冴えた二人でも慎重を要する。

「ソフィア…ここは気をつけろよ」
「…うん」

崖に沿った細い山道。一歩間違えれば谷底に落ちるしかない。
突然、ソフィアの足元の崖が崩れた

「キャァッ!!」
「まずい、掴まれ!」

リュウが腕をつかみ、間一髪で転落は免れる。

「いま…引き上げる…んー、重いなぁ」
「何よ!!ここに来てから3キロ落ちたのよ!」
「…じ、冗談だよ。それっ!!」

リュウが思い切ってソフィアを上げたとき、勢いがつきすぎて互いの額同士がぶつかった

「いたぁっ!」
「いてて…!あれ?」
「ん?えええ?」

なんと二人は、雲の上にいた

「リュウ、何これ?」

真っ青な空の下の一面の雲の上で二人、目をきょろきょろさせる。
ふと、天井から金色の光のが注がれてきた。
光を見上げるソフィアの目が輝く。

「ああ、神様だわ…!!」
「はぁ?」

黄金の光は、リュウの目にも映っていた。
ソフィアは感慨深げに手を組んで祈りを捧げ始める。

「おいおいソフィアちゃん、そんな場合じゃ…」

とリュウが立ち上がったところで、全ての情景が消えた。
二人がいる場所は、先ほどと変わらず、山道の途中である。

「リュウ、何だったのあれ??」
「俺に聞くなよ…ソフィアこそ何なのあれ」
「私に聞かないで、さ、まずは長老のところに急がなきゃ」

ソフィアは立ち上がり、膝を払った。
山頂付近の、小高い崖の上。
そこに長老は座禅を組んでいた。

「ほう、二人ともどうした」

振り返りもせず、岩のように動かず問いかける。
二人は、ソフィアが見た夢の話をして、クリスタルナイツが動き始めたのではと思い。
修行の途中だが権藤に連絡をとるため一時下山させて欲しいと願った。

長老は「よかろう」と小さく頷いた。

「それと…」

リュウが、長老に近づいてくる。

「ん?」
「俺、どうももう一つ目覚めたみたいで、試してみたいんですけど」

ふむと頷く長老の額に、リュウは軽く手を当てた。
その瞬間、足元に広大な宇宙空間が広がる

「わたたたたた!!」
「ほう、これは見事だ」

慌てるリュウとは反対に、長老は感嘆して足元の宇宙を見渡す

「いやー、さっきソフィアと偶然見つけて、ここに来る途中に色々試したんです。結果、どーも俺が相手に触れると」
「そいつの考えが見える、お前にも、相手にも、というわけか?」
「はい。しかし長老のお考えはやっぱグレートでワイドですねぇ〜」

長老の話によれば、それは一種の読心術だろうという事だ。
ただ、相手の考えを分かる能力者は過去に何人か存在したが、それを一つの世界として相手にも見せる…という能力は初めてだという。

「その能力が何を意味するか、わしにも分からんが、人の役に立つことを願っておる」

その言葉に、リュウは深く頷いた。



マグナポリス、38分署。
警部とクロードは、朝食の席でワールドニュースを見ていた。
昨日起きた上海の劇場爆破とマフィアのボスが殺された事件である。

「お隣さんは、物騒ですね」
「うむ。主犯は色々憶測が上がっていてな。東部を仕切る金鎮グループとマカオの首領、王催氾の配下の争いとも言われているし、龍叛と言われるマフィアが漁夫の利を狙っての事と噂も上がっている」
「共倒れにして…どちらのテリトリーも頂こうって事ですかね」
「だろうな。しかしこの手口、彼と良く似ておる」
「ん?」
「二つの勢力を争わせ弱らせて、我が物にする…」
「おやっさん、またそうやってすぐネクライムに結びつけて、それで何度肩透かし食らってますか」
「やかましいわ…少しでも疑いがあればトコトンまで追う、それが」
「刑事のカン、ですか」

その時、通信機のコールが鳴った。
モニターに、ソフィアとリュウが映っている。

「おお、ソフィア、リュウどうした?まだ下山許可は出しておらんぞ」

警部の言葉を切って、ソフィアが続ける。

「それどころじゃありません、長老に許しは得ました。話を聞いてください」

真剣に話すソフィアの背後で、リュウが笑顔でピースサインを向ける

「あいつ…全然進歩してなさそうだぜ」

クロードは呆れたように、コーヒーを一口傾けた。



その夕刻、二人は3ヶ月ぶりに38分署に戻ってきた。

「だだいまー、いやー、懐かしい我が家だねぇ」

伸びをして入ってきたリュウに、クロードが突っ込む。

「お二人さーん、超能力村魅惑の秘境ツアーは楽しめましたかー」
「クロード、そんな余裕言ってられる場合じゃないのよ、警部」
「うむ」

ソフィアは、自分の見た夢の話を始めた。

「なんだと?!」

腰を上げた権藤の口から、煙草が落ちた。

「ええ…髪の色こそ替えてましたが、あの肌の色、顔立ち。そして隣の女性…間違いないと思われます。確かに、客席にいました」

リュウが得意げに続ける。

「100日に渡る修行で鍛えられたソフィアちゃんの予知夢は百発百中ですよ」
「きゃっ☆うーれしい」

クロードがリュウを冷たく見る。

「で、お前さんはどっか進化したの?額の面積が広くなったとか」
「うっせぇ、まだピチピチの美少年リュウちゃんが、警部みたいに髪の毛後退するかよ」
「やかましぃわ!!しかし重要な情報だ。今から上海警察に連絡を取る。あの白い服の男の素性について調べてくれとな」

権藤は通信機を取ろうとして手を止めた。

「あ、そういえばリュウ?」
「はい?」
「お前の方は、何か特技は…?」
「え、もバッチリ!!」

親指を出して、得意気に頷いた。


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